第3話 この悪魔、返品不可なり



 アスディウスは僕の前で威風堂々としているけれど、ついさっきに起こった〝召喚陣詰まり事件〟からにわかにこの人からそこはかとなくポンコツな雰囲気が漂っている。


 もしや僕は不良物件的なものを掴んでしまったのでは……いやいや性格は悪魔としては人当たりがキツくなさそうだし、それに多少抜けてても実力があるなら許容範囲で済ませられる。ガッカリするのはまだまだ早い。


「えーと、アスディウス。きみを召喚したのはこれから僕が旅をする上での護衛も兼ねたパートナーとしての役目があるんだ。そういうわけだから、きみの悪魔としての力を見てみたい」

「力を見たいですって?……ふふん、良いわよ。大悪魔の実力の一端をその眼で特と拝むといいわ!」


 というわけで僕らは洞穴から出て、広い場所に移動する。彼女はやる気に満ち溢れてるけど、どの程度であるのかしっかり見極めないといけない。


 些か、不安になって見つめていたけど腕を掲げただけで濃密な魔力球を生み出してみせたアスディウスの行為に僕は舌を巻いた。

 自分の魔力を結集して放つこれは人間の場合だと詠唱なり溜める時間なり、予備動作が必須なのにワンアクションで行えるなんて……そばで見てる師匠も「ほぉ…」と感嘆したような息を溢していた。これは期待が持てそうだ。


「行くわよ、これを見てアタシをとくと拝め称えるといいわっ。バイオレンスショット!」


 技名らしい叫びと共にアスディウスが手に浮かぶ魔力球を的である木に向けて放つ。あの魔力量からしてその威力が高そうだと判断した僕は衝撃に身構える。


 その予想通り、魔力球は盛大な爆発を引き起こしたーーただし、木に着弾して起こったわけでなく手から放たれずにアスディウス本人を中心に爆発したのだ……え、どういうこと? まさかの自爆技なの今のはっ!?

 僕の狼狽えをよそに煙が晴れてアスディウスが全身を焦げ付かせながらも健在な姿を現す。


「……よっし、見事に決まったわ。どうかしら? アタシの実力の程は大したもんでしょ」

「いやいやいやいやっ、まず一言ツッコませてほしいんだけれど、今のはなにっ? きみを中心に爆発したんだけど、今のは失敗なのかな」

「し、失敗じゃないしっ!? 今のはえ~と……そうっ! アタシを中心に周囲を攻撃する秘伝の大技〝ミナホロボス〟よ! 頑健で頑強な肉体を持つ悪魔でしか出来ない一子相伝の秘技なのよ」

「技名が擦り変わってるんだけどっ!? 最初はなんとかショットとかって言ってたよね?」

「なんとかショットじゃないっ、バイオレンスショットよ!」

「ほらっ、違うじゃんっ!」


 そう指摘したら「……あ」と墓穴を掘ってしまったことに気が付いた素振りをしてから、明後日のほうに視線をずらしてすっとぼけるように白々しい口笛を吹き始めた。

 こんなあからさまに分かりやすいシラの切り方をするとか、これで誤魔化せるとでも思ってるんだろうか。


「ひ、ひゅす~、ひゅっふす~。な、なんのことかしら~? バイオ某なんて技は知りませんけど~? ひゅすすっ、ひゅるっひゅ~」

「吹けてないしっ! 誤魔化しも下手なら口笛も下手ってかっ!?」


 もうこれは口笛でなく、息を吐いてるだけだこれ。いや口笛の下手上手さはどうでもいいよ、問題なのは今の爆発が意図せずして起こったことだ。

 まさか自分の魔力をコントロールする技能が低いんじゃないかと推察してると、師匠がおもむろに指先に炎を灯してみせた。


「……おいアスディウス。貴様、このように火を起こせるのは可能か?」

「火? アタシをおちょくってんのかしら、そんなのチョチョイのチョイチョイよ。そんな児戯に等しいことなんて目を瞑ってても出来ちゃうし、ほら!」


 言った通り目を瞑ったまま、師匠のように指先に炎を灯してみせて……いやちょっと待って、灯すなんてレベルでなく火柱のように立ち上がってるんだけど!? 

 

「ほーら、こんなのお茶の子さいさいでーーあっつい!? アチアチっ、指が熱っ…きぃやーーーっ!! めっちゃ燃えてるーーっ、キャンプファイアー並みにーーっ!?」

「うわぁぁぁっ!? 指を振り回さないでぇぇぇっ、森林火災になるからぁぁぁっ!!」


 本人も意図してない炎上だったようで熱さから指をぶんぶんと振り回してパニック状態だ。

 危うく放射される火炎で僕や木々が焼き払われるところだったけど、師匠が水魔法で鉄砲水のごとき勢いの水流をぶっかけたのでどうにか鎮火できた。


「全く、森を燃やす気か。このポンコツ悪魔は」

「はらほろひれは~~……」


 ただ、水流の勢いが強すぎて打たれた当人のアスディウスは吹っ飛ばされた上に強かに岩に頭を強打して気絶してしまってた。とはいえ、常人だったら水流の勢いで骨折は不可避、岩に頭を強打した時点で死んでてもおかしくないところ、目を回してる程度で済んでるのは流石に悪魔といったところだけども。


 呆れとも感心ともつかない感想を抱く間に、師匠は倒れてるアスディウスに掌を翳して何かを調べていた。


「ふむ、魔力の保有量自体は私を軽く上回っているか。にも拘わらず、この体たらく……これは典型的なアレだな」

「あ、アレというと?」

「強大な魔力を持ちながら、それを扱う技能や練度が著しく釣り合っておらん。つまる話、せっかくの豊富な魔力を生かせていない宝の持ち腐れな奴ということだ」


 それを聞いて納得と同時に僕は愕然とした。師匠の見立て通りなら、この悪魔は師匠を上回る魔力を持ちながらもそれを十全にコントロールできない未熟者ってことじゃないか。

 せっかく召喚に成功したっていうのに、まさかこんな悪魔が来てしまうだなんて何てことだろう。

 

「……師匠」

「なんだ?」

「チェンジとかアリですかっ!?」

「生憎だがノーだ。悪魔召喚の場合は一方的な破棄は認められんし、別の悪魔と契約するのもお前の力量では不可能だからな……まぁ抜け道はあるが」

「その抜け道というのは!?」


 藁にも縋る思いで抜け道の方法を聞いてみたけど、その方法というのが契約してる悪魔を契約者が心身共に完全屈服させること……それも性的な手段で。


 師匠曰く、快楽で堕とす手法は悪魔がよくやる常套手段だが人間側からでも有効な方法であり、これで堕としたあとに通常の従属魔法をかけることで悪魔を完全に下僕にしてしまえる。これなら悪魔を繋ぎ止めるのに必要な魔力や精神力のリソースに余裕が出来るので、それで改めて別の悪魔を召喚するという裏技だったのだけれども、僕には荷が重すぎる。


「今ならそいつも気絶してるし、ヤりたい放題だぞ。なんならそこらの茂みで盛ってもいいぞ」

「いや流石にそんな強姦魔みたいな真似は……」

「及び腰な奴め。まぁ童貞のお前ではレパートリーも乏しいだろうし、どのみち無理な話か」

「余計なお世話です!」


 実に失礼な物言いだ!……ま、まぁ確かに今年で二十歳になるのにまだ未経験というのは本当だけれども、単純に修行漬けの日々で出会いが無かっただけだしっ。


 しかし、これはいよいよ困ったことになってきた。これから先の旅で師匠からの課題をこなしつつ、アスディウスの面倒も見なくちゃならない。しかも戦闘面だと確実に僕の足を引っ張るだろうし、ああ凄い憂鬱になってきた。


「う、う~ん…はら? なぜにアタシは地面に寝っ転がってんのかしら。うわっ、それに全身びしょ濡れなんですけどっ!? 一体なにがあったのっ?」

「ああうん、些細なことだから別に気にしなくていいよ」


 ようやくアスディウスが目覚めたけど、頭を打ったせいか前後の記憶が飛んでいるようだ。説明するのも面倒になったので適当にはぐらかしておこう。


「あらそうなの。それはそうとよっ! アタシの悪魔としての格の高さや実力には恐れ入ったかしら?」

「うん恐れ入ったよ(別の意味でね)」

「ふふん、そうでしょうそうでしょう。そんな偉大な悪魔を年若い少女のあなたが召喚できたことは生涯に渡って誇れる偉業よ、ドンと胸を張りなさい!」

「はいはい…ん?」

 

 半分ほど聞き流していた僕だったが、途中でおかしな単語があったように思えた。年若い、少女とかって言った今?


「アスディウス、今さ僕のこと少女とかって言った?」

「え、言ったけど? あっ、ひょっとして成人済みだったとか? 乏しい体型してるもんだから早合点しちゃったわ、けどまぁ顔はなんて言うのかしら? 十人並みぐらいには良いわよ!」

「……ククっ」


 フォローするように言うアスディウスの後ろで、師匠がおかしくて堪らないというようにほくそ笑んでいる。

 そして失礼or地雷踏みまくり発言に僕の中で強烈な怒りが込み上げてくる。いやそりゃね、自覚はしてるよしてますとも。自分の顔が童顔寄りなことはさ……だけどさぁ! 流石にさぁ!


「僕は……男だってーのっ、この大バカーーーっ!!」

「ひやぁ~~~っ!?」


 僕の怒声を浴びて、へっぴり腰でビビるこの悪魔がますます頼りない印象になっていったのは言うまでもなかった。



 

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