その日、青天白日

飛鳥つばさ

1994年5月1日、F1サン・マリノGP

今日はレースを走りたくない。

アランとの関係が悪化した時も、戦闘力の劣るマシンで苦戦していた時も、そんなふうに思ったことはなかった。

1994年5月1日。

サーキットの雰囲気は、一昨日昨日と続いた惨事のせいで最悪だった。

ルーベンスのクラッシュが、そもそもこの悪夢の週末の始まりだった。

そして昨日、予選。

ローランドの身に起こった出来事は、否応もなく周囲の空気を暗く、重くしていた。


いや、周りがどうこうじゃない。

そもそもシェイクダウンでこのマシンに初めて乗った時に、僕はなんとなく気づいてしまっていたのだ。

このマシンに乗ってシーズンを全うすることは考えられない、と。

それほど、僕があれほど望んだこのマシンは、神経質ピーキーだった。

少しでも集中力を切らすと、即明後日あさっての方向にすっ飛んでいきそうだ。

開幕からわずか二戦で、その予感ははっきり現実のものとして現れていた。

予選首位ポールポジションこそ取れるものの、決勝レースでは完走がない。

正直、乗り込むたびにその予感は大きくなるばかりだ。

僕がこのマシンから降りることは、もう無いのかもしれない、と。


それがこの週末の悪い出来事が続いて、確信に近いものになった。

ああ神よ。今からでもこのレースを中止にしてください。

コックピットにおさまってステアリングを握りながら、僕はそればかりを考えていた。

でも無情にも時計は進み、フォーメーションラップが始まる。

ペースカーよ、できることならずっとそこにいてくれ。

そんな僕の言葉は届くはずもなく、グリッドは整い、シグナルがレッドからグリーンに変わる。

気持ちとは無関係に機械的にクラッチをつないだ背後で、誰かがクラッシュした気配を「見る」のとも「聞く」のとも違う感覚で知った。

間を置くことなくコースサイドでは黄旗イエローフラッグが振られ、ふたたびペースカーがコースインする。

アクシデントはJ.J.と……ペドロか。二人の体に大事がなさそうなのを見て取った僕は、内心彼らをうらやましく思った。

どんな形であれ、この忌まわしい一戦から身を引くことができるのだから。


ペースカーよ、今度こそずっとそこにいてくれ。

出来ることなら、赤旗レッドフラッグになってくれ。

しかしそれも聞き入れられることなく、6周目に再びシグナル・グリーン。

実質二回目のタンブレロは、この上なく恐ろしかった。

特に路面を補修した跡。

神経質ピーキーなこのマシンは、わずかな段差ギャップで跳ね、明後日のほうに向かおうとする。

それを渾身の力で抑え込む。横Gで血流が偏り、コーナーの内側イン見えないブラックアウト

全開のままヴィルヌーヴ。ローランドの運命の場所だ。そこを通過した時、僕の脳裏にひらめくものがあった。

僕が再びここを通ることはない、と。


悪夢のような一周が終わり、7周目に突入。

背後にはマイケルがぴたりと付けている。

前の二戦、背後からひしひしと感じていたプレッシャーが、なぜかこの周回ラップでは不思議と気にならなかった。

そして三度目のタンブレロ。

ひたひたと高まるGに抗うべく、腕に力をこめた瞬間。

異様な音が聞こえて、いきなりステアリングの手ごたえが消失した。

そのままマシンは、狂ったように右側のウォールめがけて直進する。

エスケープ・ゾーンが狭すぎる! スピードを殺せ――


衝撃と共に、なにか熱い塊が頭を貫き通した。


ウォールから跳ね返る自分を知覚しながら、僕はもはやそのことを悟っていた。

ああ神様、結局そういうことだったのですね。

貴方がそれをお望みなら、僕は御心に従います。


ああ、マイケルが僕を見て驚いている。

無理もないよ。僕のこんな姿を――

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その日、青天白日 飛鳥つばさ @Asuka_Tsubasa

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