第10話 来客

 それは、不思議な風景だった。朝露農園の縁側に紫門夕子が座って鉄仮面の男を接客していた。中東の遊牧民のような、全身アイボリーホワイトの美女が、冷たい紅茶を運んできて、客に勧める。

「なるほど、今のが紫外線避けの制服なんですね。ほう、これが噂の天山紅茶のアイスティーですか。氷も入っていないのによく冷えてますね。へえ、井戸水の冷たさですか…。ううむ、なぜかホッとしますね。心が豊かに満たされて落ち着く味だ。」

 ダークサイダーの総統は、お茶を一口飲んで微笑んだ。蝉の声が降り注ぐ昼間だが、木陰とすだれのおかげで、この縁側は結構涼しい。総統はさらに紅茶を一口飲むと続けた。

「すべては、あの刑事さんのおかげなんですよ。有名な格闘技のチャンピオンやロックバンドを紹介してくれて、そのおかげで関わっていたイベントがうまく行きましてね。ぜひ、お礼をと言ったら、ここを紹介されまして…、ここで祝杯をあげませんかってね。でも、本当にいいところだ。山があって、川があって、豊かな農園が広がっていて…。こんな素敵な場所が近くにあるなんて思いませんでした。」

「ここは十年ほど前までは荒れ果てた畑と、廃屋があるだけの寂しい土地だったんです。私の亡くなった主人が、朝早くから夜遅くまで走り回って築き上げた農園なんです。あのころは、自然農法も白い目で見られ、協力者もほとんどいなくて、なんでこの人はこんなに苦労する道を選ぶのかって、そばにいて、ずーっと思っていました。でも、主人は私の思っていたよりもずーっと大きな人で、細かい苦労や問題など、あって当たり前って顔で、いつも笑っていたんです。でも、彼がいなくなって、ここからみんないなくなるかと思っていたら、ますます協力者は増えるし、実際に売り上げもこの地域全体で伸びているんです。あの人は、たくさんの人々の夢も一緒に育てていた、その結果が今ここで花開こうとしているんです。あの人は、もう、この農園の土になってしまったけど、だからこそ、いつも私と一緒にいるって思って…。だから小さいことにくよくよせず、笑って生きていこうかと思って…。」

「笑って生きる…か。それは私ども芸人すべての夢ですよ。みんなが笑って豊かに暮らすことのお手伝いができれば本望です…。そのためにはどうしたらよいのか、まず生きざまから変えなくちゃいけない、そう思って、いつも自分に問うているけど…、道はどこまでも遠いですね。」

 総統は、遠くを見ると、急に大きな声を出した。

「おい、戦闘員一号、おいしい紅茶だよ。君もこっちに来てごちそうになるといい。」

 すると、仕込んであったのか、戦闘員が、飛び出してきた。

「ちょっと、総統。美人のおかみさんと、縁側でほのぼのお茶かなんかして、なんですか? そのしみじみトークは! 悪の組織の総統が嘆かわしい。いい加減にしてください、世界を悪に染め上げるという初心を忘れたんですか?」

「す、すまん、一号よ。」

「なあんちゃってね。はい、紅茶、ごちそうになりまーす。」

「やあだ、今のコントだったんですか。やだ、面白い。」

 紫門夕子の笑顔を見て、総統は満足して、また紅茶を一口飲んだ。

 するとそこに、がやがやと人影が近付いてきた。

「おお、総統さん、早いお越しで。イヤー、本当に来てくれましたね。」

 流石が叫んだ。ウタポンも悲鳴に近い声を出した。

「本当だ、本物だ。ねえ、そのお面の中は、ウザキモなんですか。」

「はいはい、それはあとのお楽しみじゃ。」

 曽根崎は、おかみさんに質問した。

「もう、蛍は終わっちまいましたかね。」

 すると、夕子はニコニコして答えた。

「まだ、今夜は少しは見れますよ、きっと。天然の平家ボタルですけど…。」

「よっしゃ、ロマンティックな夕べになるぞ…。」

 だが、その時、遠くから、テテテテと騒がしい足音が聞こえてきた…。

「編集長、探しましたよ、取材なら取材と行ってくださいよお。」

 ウタポンがうなり声を上げた。

「ムー。」

「清水、おまえ、木陰から走ってくると、新種の妖怪みたいだぞ。おどろいた。」

「モー、妖怪だなんてこんなかわいいレディーに対して失礼な。って、あれ、総統と戦闘員が、げげ、本物、本物なの、著凄い、え、なんでなの?」

「はいはい、細かいことは気にしない。みんなで、おいしいものでも食べようや。」

蝉の声に負けない笑い声が、縁側亭に響いたのだった。

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天然刑事Ⅱ ~華麗なる証言者~ セイン葉山 @seinsein

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