あーまみぇん

ひだり手

父の処刑

「今から父が処刑される。一緒に見ない?」


僕は意中の女の子にそう話しかけた。

有り得ない誘い方なのだけれど、夢の中では奇妙な自信と安心感があった。その子がその言葉を待っているような気もしたからだ。


ざんばら髪の隙間から覗く双眸は金色に輝いていて、鷹の目のようにも見えた。

それが柔らかに細まると同時に彼女の方から手を握ってくれた。

僕はとても驚いた。驚いていたような気がする。


彼女の指は五本だった気がするし、三本だった気もするし、指のように見えたそれは細い触手を束ねたもので、解け広がって僕の左手を手袋のように包んでくれたような気もする。

なんとなく覚えているのは、その時僕の胸中は幸福感と高揚感で満たされていたということ。


大願叶って彼女と二人で父の処刑を眺めた。父と言っても、今思えば全く赤の他人だったのだが。

父の背中側から鶏の足のような三又の槍が刺し込まれ高々と中空へ掲げられた。

父を貫いている中央の刃は役目を果たしているが、残りの2本はなんなのだろう?答えはすぐに分かった。

仰向けでバタバタと暴れる父の体が次第にずり落ちてきたが、残りの二本がそれを受け止めた。

なるほど。と思っていると槍の根本から小さな影が二つ。するすると澱みなく父の高さまでたどり着く。とその両腕を引きちぎり見せつけるように振り回した。


僕は反射的に目を細めた。残酷な光景のせいではない。その時にはそんなこと微塵も思わなかった。

その理由は断面から吹き出した血液。影が振るう腕から撒き散らされる血液。それらが眩い光を放ったからだ。


驚いたのは、その輝く体液は少しすると凝固し大小様々な真紅の礫となり、重力に従って落ちることなく空に滞留しているということ。

影の一人が掌で皿を作り、父の腕の断面から流れ出る輝血をそこに溜め、真上に向かって放り上げる。影の手を離れた赤い塊は光の尾を引きながら上昇し、爆ぜた。

一際強い光が一面に広がり、空が燃えるような赤で彩られる。


自分の仕事に満足したのか、影はサンダーで鉄を切るような笑い声を上げ(笑っていたと思う)

もう一人も同様に笑い。持っていた父の腕を雑巾のように捻り潰して撒き散らしより空を鮮やかにした。

彼女を見る。目をこれ以上ないくらいに見開いている。

彼女の金色の瞳に飛び込んだ真紅の光。それらは混ざり合い見たこともない美しい色になったかと思えば、水と油のように乖離して互いを追いかけるように、互いから逃げるように渦を巻いたりしている。

僕が彼女の瞳に見ている光は、彼女には見えているだろうか?

不意に、彼女の輪郭が崩れた。夢の終わりが近いと悟った。


「ありがとう」


僕がそう言った気もするし、彼女がそう言ってくれた気もするし、お互いが同時にそう言った気もする。


彼女は最後に微笑んでくれた。ような気がする。

その口は縦に裂けていたようなも気もするし、両の頬にそれぞれ小さくあったような気もするし、そもそもに無かったような気もする。

それでも彼女が笑ったと感じ、恐怖を抱かなかったのは夢の妙だろう。


目覚めてすぐ彼女の姿を思い出そうとしたけれど難しかった。

今思うととても恐ろしい...いや、恐ろしいとは感じないか。

語彙力と想像力の無さを痛感した。

言い表そうとすればするほど、姿を想像すればするほど。

それは僕の容量に無理なく収まるありきたりな物になっていく。

ここまで書いてきた夢の光景もそう。彼女の姿もそう。

夢の中で見たそれはもっともっと素晴らしいものであった。はず。

これは敗北した僕の書いた退屈な文章なのだ。


彼女は僕が生み出した夢想の産物なのか。あるいは眠っている僕の体にあるあらゆる入り口または出口を遡って入り込んできた不定形、若しくは精神的な何かだったのか。

そんなことは分からないし、考えたってしょうがないし、考えることに意味は無い。

だけど考えてしまう。そういう人間なのだ。

今まではこういった無意味な思考は外に出すことは無かった。幼少期、外に出して酷い目にあったからだ。

だから消えるまで身の内に留めるようにしてきたのだけれど、それに最近疲れてきた。吐き出すことにしたのだ。


ただあの光。金色の美しい光だけは不思議と覚えている。

あの光を携えることが出来るのは彼女だけであって欲しいと思う。

あの光=彼女と思うように僕の認識が歪められた可能性もあるが、それを思うと少し悲しくなるからだ。


だらだらと書き連ねてきたがここいらで。

読んでくれた方には感謝の気持ちと申し訳ないという気持ちがある。お付き合い頂き本当にありがとう。

最後に、最後に僕が夢から覚めた後に呟いた言葉で終わりにしたい。

その言葉が何を意味するかは分からない。

ありがとう。ごめんね。さようなら。またね。

その全てを内包しているかのような。

全然そんなことも無いような、不思議な言葉だ。


それでは。


「あーまみぇん」

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あーまみぇん ひだり手 @hantoumei6741

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