第2話

 さっきから彼女が紡ぐ言葉は意味不明なのに加えて、ひどく中二病臭い。


 コスプレしているからなにかしらの役に熱が入りすぎで頭に異常を患ったと、そう思っても違和感が恐ろしいぐらいない。


 よくよく考えれば、少女の外見年齢は自分よりもずっと年下だ。――多分、ぎりぎり10代前半ってところか。若い。


 この娘がいうお母様は、さぞ苦労しているに違いあるまい。どこぞの誰とも知らぬ相手に、悠は心より同情した。


 同情こそするが、手を差し伸べる気は更々ない。


 他所の家庭に赤の他人が首を突っ込むのは無粋極まりなく、単なる冷やかしとも捉えかねない。


 ましれや、彼自身が心より支援したいという気持ちがないのだから、下手に同情することは返って不快感を与えかねない。見え透いた臭い演技ほど不快だ。



「――、あ。そう言えば自己紹介がまだだったよね」



 ふと、なにを思い出したかと思いきや。それこそ価値としては路傍の石に等しかろう。


 悠の心はすでに、さっさとこのコスプレ少女から離れたい気持ちでいっぱいいっぱいだった。


 頭がお花畑である以前に、年下の子供を相手にするほど心に余裕は兼ね備えていないし、なんならガキは嫌いだ。


 すぐ泣くし、ワガママで暴力にも遠慮がない。


 同時に叱れば虐待だと喚くモンスターペアレンツと、面倒臭いものがもれなく多々ついてくる。――クーリングオフできないなんて、クソ仕様にも程があるだろ。



「あ~いや。別に自己紹介とかしてもらわなくていいぞ」


「えぇー? どうしてそんなひどいこというのさー!」


「いや、言うだろ普通に。どうしてこれまでのやり取りで成立するって思ってるんだ?」


「む~……まぁいいや。とにかく君は今から余の弟子になるんだから、師匠としてちゃんと名乗っておかないとね!」


「はっ? 弟子? 師匠? いったいさっきからマジでなんの話を――」


「余の名前は安倍晴明霧子あべのせいめいきりこ。見てのとおり都の守護職につく陰陽師だよ!」


「……なんだって?」


「だから、余の名前は――」


「いや、それもだけどそこじゃないっつーか……」



 あぁ、やっぱりとんでもない輩だったと自己完結した悠の口から小さな溜息がもれる。


 長ったらしい名前なのは否めないが、前半については大変馴染みがある。


 安倍晴明あべのせいめい――歴史について詳しくない輩でも、この名前は一度ぐらいは耳にしたことがあろう。


 平安時代の陰陽師にして、陰陽道や占星術にて時の帝を導き、都を守護した存在。


 創作界隈においても、彼を題材とした作品はなかなか多く、悠もどちらかと言えば漫画や映画で知ったクチだった。――歴史は、あまり興味が湧かないし苦手だ。


 安倍晴明が名字とは、随分と変わった家系である。


 彼に由来する血族なのだろうか?


 とりあえず、やっぱり変わり者という印象が悠の中で変わることはなかった。


 仮にも陰陽師だと称するのであれば、出で立ちはもう少しどうにかした方がいい。


 最悪、彼女の意志ではなく。大本が下した決定事項だとすればその時は。警察に即刻通報すべきだろう。


 宗教に関して、牧村悠まきむらはるかという男は一切の関心を持たなかった。


 その在り方は無神論者ともいい、神仏の類はすべて架空だと公衆面前で断言すらした過去もある。


 露出度の高い衣装が正式な礼服だと宣うのであれば、悠にそれを否定する資格も気持ちもない。


 要するに、好き勝手にすればいい。ただし周囲が果たして黙っているか否かまでは、保証しかねるだけの話だ。



「まぁまぁ、とにかく早くここを離れましょ。ほら、早く立った立った!」


「あ、おい!」



 こちらの意志などまるでお構いなしに、グイグイと手を引いて先行するコスプレ少女――もとい、安倍晴明霧子あべのせいめいきりこの力は、その小さな体躯には似つかないほど強い。


 身体能力から年齢と、あらゆる要素において勝っているはずなのに悠は、なんの抵抗もできぬまま引きずられる始末である。



(いや、こいつ力強すぎるだろ!? なんなんだよこの力は……!)



 尚も抗おうと四苦八苦していた悠に、霧子は――駄々をこねる我が子に困り果てた母親のように、あどけなさが残る顔をほんのかすかにしかめた。



「もう、さっきからいったいどうしちゃったの?」


「あのさ、お前周りから人の話聞かないとか強引な奴だって言われたことないか?」


「え? 余が? う~ん、特にそんなことを言われた覚えはないんだけどなぁ」


「それは……いや、なんでもない。とりあえずアンタは誰なんだ? ここはどこで、いったい俺に何の目的があって近付いてきたんだ?」



 敵でないだけにとてもやりづらい。


 このコスプレ少女からは、悠に対する敵意や殺意が微塵もない。


 いかに善意を装うとも、人間感情を完璧に殺すことなど不可能だ。


 事を成さんとする。その刹那、鳴りを潜めたはずの感情は必ず露わとなる。


 もし、牧村悠まきむらはるかの人生に害を成すのであれば。そこに例外は存在しない。


 そうと身構えていた己がなんだか恥ずかしい。そう感じてしまうぐらいに、コスプレ少女は終始純粋だった。


 さりげなく隙を晒した行動も杞憂に終わり、純粋無垢な……いささかすぎるが、好意を前にして、さて。いったいこれからどうしたものかと悠は頭をひどく悩ませた。



「目的はもちろんあるよ。だって余は占星術ですべてを見ていたからね!」


「占星術、ね。確か星を見て事象の将来なんかを見通すってアレだろ? たかが星を見ただけでそんなのがわかるもんなのか?」



 悠の言葉には、占星術に対しての軽蔑が込められていた。


 これは占星術だけに限った話ではなく、占い全般に対してで悠は軽んじている。


 占いのとおりに実行して果たして、そのとおりになった者がこのようにどれだけいるだろうか? 少なくとも周辺でそうなった輩を、悠は一人として目にした経験がない。


 星を見ただけで未来がわかるのであれば、誰しもが今頃夜空ばかりを見上げていよう。


 異様としか言いようのない光景に、自ら想像しておいて悠は鼻で一笑に伏した。


 なんとも馬鹿馬鹿しい。――占いが本当だったら、今頃億万長者だったのに。



「星を眺めていたらね、余にけ……じゃなくて、弟子ができるって出たんだ。余の教えを、そして力を受け継ぐに相応しい弟子」


「それが、俺だっていいたいのか?」


「そうだよ」



 あっけらかんと答えた霧子に、悠はより訝し気な視線を返した。



「君を最初に見た時、ビビって感じたんだ。他の人にはない不思議な強い魅力が君からは感じる……。例えるなら、そう! まるで太刀みたいに!」


「太刀って……いや、悪い気はしないけどな?」


「だから君は今日から余の弟子になってもらうよ。だから君も余のことは霧子様、もしくはお師匠様って呼ぶようにしてね!」


「いや、その意味がまったくわからん」



 当の本人が自らの意志で承諾しならばいざ知らず、悠に最初から霧子の言葉に応じる気など微塵もない。


 何故好き好んで、年下のガキに自分が従わなくてはいけないのか。ましてや奇天烈な恰好をした相手には特に。


 それ以前に、なんの師弟関係となるか。


 肝心な部分をこのコスプレ少女は語らず、悠も興味がないので尋ねる気も起きない。――コスプレの師弟関係なんぞ、こちらから願い下げだ。



「勝手に盛り上がってるところ悪いけど、俺はお前の弟子になるつもりは一切ないからな」


「えぇっ!? どうして!?」


「いきなり訳もわからない奴に弟子入りをしろって言われてはいそうですかって言う方がおかしいだろ! 俺はお前の弟子になる気はこれっっっぽっちもないし、そういうのはもう間に合ってるんだよ。とりあえずこれから向かおうとする場所には人がいるんだろ? だったらそこまで連れてってくれれば俺にはもう十分だ」


「駄目だよ! 君は余の弟子なんだからね! これはもう決定事項だから拒否権はないですー!」


「ふざけんなよこのクソガキが! こっちはこっちで色々とやることがあって忙しんだよ! これ以上――」



 お前のワガママに付き合っていられるか、と――そう紡ぐはずだった言葉は、予期せぬ乱入者によって中断させられる。


 それを目にする悠の目は、ぎょっと大きく見開かれた。


 同時に、胸中にて己が心情を遠慮なくぶちまける。


 ――おれは、夢でも見ているのだろうか?


 知識だけだったら、一応はある。


 とは言ってもだ。アレ・・は本物……なのか?


 見上げるほどの巨体も、ぎらぎらと黄金に不気味に輝く瞳も、そして――天に向かってにょきりと伸びた双角も。


 それらを総合して、悠の脳裏にはある一つの言葉がよぎる。


 仮にもし、同一的存在でないのだとすれば。もうそれ以上に相応しい言葉は思いつかない。



「鬼……」



 もそりと、悠はその怪物の名を口にした。

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玲瓏なる剣鬼、セイメイに弟子入りする~ウチのお師匠様は超物理系陰陽師だけど強くなれるって本当ですか!?~ 龍威ユウ @yaibatosaya7895123

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