玲瓏なる剣鬼、セイメイに弟子入りする~ウチのお師匠様は超物理系陰陽師だけど強くなれるって本当ですか!?~
龍威ユウ
第1話
例えるのだとすれば、それは正しく闇がもっとも相応しかろう。
時刻は午前0時をちょうど。漆黒の空にぽっかりと浮かぶ白い三日月は、氷のように冷たくも神々しい。
彼――
日中の活気は、決して嫌いではないけれど。あまりガヤガヤとした騒がしさはどうも体質的に合わない。
一方で夜ならば、活動する人間などたかが知れている。
夜勤などにも左右されるが、基本人……もとい、生物は夜は眠るものだ。
今日も相変わらず、心地良い静謐に心が安らぐ。
その中で、悠は改めて己が置かれた状況に意識を向けた。
むしろ、あれこれと雑念に思考を巡らすこと自体無意味であると、彼を知る者がいたならばそう口にしていたかもしれない。
(それで、ここはいったいどこなんだ?)
悠が今、身を置いているのは鬱蒼とした森の中である。
木々が生い茂り、夜行性の獣らしきものの声が遠くから聞こえてくる。
これだけであればさして、なんの疑問を抱くこともなかった。
強いて言うのであれば、夜の森の中はひどく薄気味悪い。
視界のほとんどは闇によって支配され、月明りだけでは三寸先を見るのもままならない。
故に本来、サバイバルなどに置いては明かりが不十分な時に移動するのは危険行為である。
ただでさえ、視界が悪いのに明かりもなければ方向感覚すらも失ってしまう。
万が一、負傷した際にはそれこそ命取り。夜の森を侮ればもれなく獣の餌になろう。――そうなるのだけはごめんだが。
一頻り周囲を一瞥して、悠はちょうど背を預けるにはよかろう、大木へとどかっともたれるようにして腰を下ろした。
夜が明けるまで下手に行動するべきではない。そう彼が判断するのは至極当然であるし、その傍らで胸の内にいくつか言葉を残した。
――ここは、地獄……ってやつなのだろうか?
確かに、生前善行をたくさん積んだかとこう問われると、素直にはいそうです、と答えるのはいささか難しい。
どっちかと言うと、悪いことの方が多い。きっと。多分。
だからおれは地獄に堕ちた、のだとしても特になんの感慨もない。
ここが本当に地獄だとしたならば、おそらく他と比較してずっとマシな方だ。
血の池も針山も、今のところはなし。単なる不気味ささえ我慢すれば、こんなにもきれいな月を無料で拝めている。
他に亡者がいないところも、ポイントが高い。
幸か不幸か、ここから見える月は正に最高の特等席だ。
「…………」
特にやることもなく、悠は一人静かに沈思する。
そもそも、何故森の中に身を投じているのか。それは、肝心の彼自身が実はよくわかっていない。
齢はまだ21と若くて現役だし、若年性アルツハイマー型認知症を患ったという診断も受けておらず。
至って健康優良男児と自負しているからこそ、突然見知らぬ場所にいる、この状況について未だ受け入れられずにいた。
前後の記憶は、しっかりとある。
最新の記憶は、罪人の一人を斬ったことぐらいか。――後はその足で飯を食いにも行っている。味もうまかった。
それより先の記憶が、まるでない。霞がかかったように、という表現があるがあれは身に憶えがあってはじめて成立する感覚だ。すっぽりと完全に記憶がない場合はそれさえもない。
「夢じゃ、ねぇよなぁ」
古典的な方法なのは否めず、それでも物は試しと己を頬をぎゅうっと強くつねる。
感覚は――正常だ。もっと言えば、加減すればよかったという後悔が悠の胸中にて渦巻く。
じんじんと痛みを熱を帯びた悠の頬は赤みを帯びていて、時間と共に腫れもわずかにだが目立ち始める始末である。
こうまでして痛覚が正常に稼働したのだ。夢と言う可能性はこの瞬間をもって完全に消失し、となればやはり現実だがあまりに非現実的すぎる。
ともあれ、今は何をするにしても状況が芳しくない。
日の出と共に活動する。そのためにも今は、休息を取ることを悠は最優先とした。
(今日はさすがにどっと疲れたからなぁ……)
牧村悠は、歴とした人間である。
彼を超人やもしくは鬼神、とこう比喩する輩は少なくはないが元を正せばごくごく普通の人間にすぎない。
疲労も感じるし、蓄積されれば休息したいとも思う。
襲いくる睡魔は、耐え難い心地良さとなって悠を夢の中へと優しく誘う。
それにあえて拒む道理もなく、あるがままに身を委ねてそっと瞳を閉じた。
それを――。
「ちょっとそこの君、そんなところで眠っていると風邪を引いちゃうよ?」
「……誰?」
予期せぬ声に反応する悠の表情は、お世辞にも穏やかとは言い難い。
見方を変えれば、野宿せんとしたところに現れたその少女は救いになる可能性も確かになくはない。
だが、善人であるという保証がどこにもないのも然り。
油断させておいて背後から、なんて日には笑い話にもなりはしないだろう。
少女の容姿は、その見た目の幼さに反して大人よりもずっと恵まれている。
出るところはしっかりと出ている。――何を食べたらそうなるのやら……。大きすぎるだろう。
心地良い眠りを邪魔されたとして、しかしせっかくの人と邂逅したこともあり、悠はやや不機嫌さを眉間のシワで示しながら改めて、件の少女を見やった。
「……は?」
悠の目がかっと見開かれた。
ただでさえ、この状況の非現実的さには目を見張るものがあった。
とはいえ、それに対する関心はすぐに彼の中で融解した。
現時点においてわかっている情報といえば、どこぞの森の中にいるという、この一点のみ。
森ならば、そう珍しいものでもない。都心で暮らせば、まぁ確かに珍しい光景なのやもしれぬが。生憎と田舎の出身者である悠にとって森は、大変馴染み深いもの。
それこそ遊び場代わりに利用したことさえもある。――今やれば、完全に不法侵入罪としてしょっ引かれるが。
少女の出で立ちは、はっきり言うなれば奇妙奇天烈――コスプレという、現代日本人にとってはもはやポピュラーな文化を知らなければ、そう認知していただろう。
白を主とした着物は煌びやかにして神聖さあふれる。デザインは巫女服のようでもあり、にしては肩を露出したり、レザーグローブやブーツと現代的な要素もミックスして元来のそれとはあまりにも似つかない。
そして――少女の頭と尾てい骨辺りからは、ふさふさとした大変触り心地がよさげな耳と尻尾がにょきっと生えていた。
だから悠がコスプレイヤーだと、そう錯覚したのは至極当然の反応で、それを素として町中に出歩くとなるとよほど肝っ玉が据わっているとすこぶる本気で思わざるを得なかった。
自分には、絶対に無理だ。さすがにそんな勇気はこれっぽっちもない。
「えっと……どちら様ですか?」
少女に尋ねる悠の言葉には、ほんのわずかなためらいがあった。
コスプレイヤーの知り合いは一人もおらず、ましてやコスプレイヤーから話しかけられるという経験が皆無とだけあって、どう反応を示せばよいかがわからない。――とりあえず、衣装でもほめておけばいいか?
軽く咳払いを一つして、悠は当たり障りのない言葉を選んで口にする。
「――、えっと……と、とりあえずその衣装似合ってますね。なんのアニメかは知りませんけど、うん。かなり凝っていていいと思いますよ」
「そ、そうかな? いやぁ君なかなか見る目があるね! でも“あにめ”って……なに?」
「え? アニメって……いや、普通のアニメだけど。もしかしてゲームの方だったか?」
「え?」
「ん?」
悠は、コスプレ少女といっしょになってはて、と小首をひねった。
どうも二人の間には、なにか食い違いがある。
しかしながら、それが何かまでは悠も皆目見当もつかない。
アニメもゲームを知らないとは今時珍しい娘だ、と悠はそう思うことにした。
誰しもが自分と同じ知識を所有している、とこれは身勝手な思い込みにすぎない。
「――、まぁいいっか。それよりもホラ、早いところいこっ! こんなところにいると怖い鬼に食べられちゃうよ」
「え? 鬼?」
「……さっきからどうしたの?」
「いや、むしろそれはこっちの台詞なんだが……」
この時点で悠のコスプレ少女を見やる視線は訝し気だった。――なんだか、とんでもない相手に絡まれたかもしれない。
記憶にない森から抜けられるのであればもちろん、それに越したことはない。
野宿は、特に抵抗感は一切ない。抵抗感がないだけで、本音を吐露すれば温かい布団で眠りたい。
あくまでも修練の一環としてこなしてきたから慣れているという話にすぎず。好き好んでサバイバルに没頭する趣味嗜好は、悠には欠片ほどさえもなかった。
「とにかく、早いところ都にいこ? ぐずぐずしてたら、こんな場所だもん。怖い鬼がやってきて君のことなんかバクッて食べちゃうんだから」
「いやだから、その鬼ってなんなんだって話なんだけど……」
「……あっ、もしかして君。かなり田舎の出身の方だったりする? 人里離れた場所とかだと今の情勢とか知らなくても当然かぁ……う~ん。こればっかりは育った環境のせいだから、仕方ないよね」
「はぁ?」
今度こそ悠は、コスプレ少女に対し遠慮なく嘲笑するような態度を取った。
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