スターバックス

西しまこ

第1話

 どうしようもなく好きだという思いと、もうこの恋は駄目なんだという諦念とがこころの中にあり、その狭間で、僕のこころはもがいていた。


さとし?」

「あ、うん。何? せい

「……いや、手が止まっていたからさ。休憩する?」

「そうしようか」


 僕は友だちのせいといっしょに図書館で勉強をしていた。せいとは小学校からの友だちで、高校は違う学校に行っているけれど、いまでもよく会う仲だ。今日は部活のない土曜日で、僕は星と図書館でいっしょに勉強をしていた。せいの学校も僕の学校も進学校だから、高校二年生も終わりに近づいているこの時期、受験勉強をもう始めなくてはいけない雰囲気だった。

 のだけど、僕は勉強が手につかずにいた。

 せいはそんな僕を見て、ちょっと勉強はやめて、外に出て休憩しようと誘ってくれたのだ。


「珍しいね。聡が集中出来ないなんて。なんかあった?」

 図書館を出たところで、せいが言う。

「……うん」

 でも、僕は胸のうちをせいに言うわけにはいかなかった。この恋は言えない、せいにも。苦しいからほんとうは言ってしまいたい。ぶちまけてしまいたい。でも、言えない。


「スタバ行く?」

「うん」

 スタバに行くまで、僕たちはあまり会話をしなかった。スマホを見たり、目に着いた何かについて短く話したり。

 せいには、僕が胸のうちを話せないことが分かっている。だから、聞かずにいてくれる。そういうところが、せいといて居心地のいいところだった。


 スタバで僕たちは二人ともコーヒーを頼んだ。中学生くらいまでは、何か甘い飲み物を頼んでいたような気がする。二人とも、いつの間にブラックコーヒーを当たり前に飲むようになったんだろう? ふいに切ないような気持ちになった。小学生や中学生のころを思い出し、あのときは、僕はほんとうの悩みや逡巡というものを知らなかったのだ、と思った。


「聡、だいじょうぶ?」

「うん、ありがとう、せい。……僕たち、いつの間にコーヒー飲むようになったのかな、と思ってさ」

「ほんとだ。前は甘いもの頼んでいたよね」

「うん」

「でもさ、美月みつきは今でも、いつも、甘いものだよ? 美月、コーヒー飲めないんだ」

「え? そうなの」

 美月は、せいの彼女で、同時に小学校からの共通の仲のいい友だちだ。僕たちはあと二人合わせて五人で、ずっと仲良くしている。


「そうだよ」と、せいは笑って言った。「美月は、そういうとこ、あんまり変わっていないんだ。相変わらず、小さいし」とせいが言って、僕はその台詞で、せいが、中学のとき美月とつきあいはじめて、そして今も変わらずずっと美月が好きなのだと分かって、なんだかほっとしたような気持ちになり、同時にあたたかいものが胸に広がった。


「今度、いつみんなで会う?」

「やっぱ、春休みかな?」

「予定が合うといいね」

「うん」


 変らないものと変わってゆくもの。

 幼いころからの仲のいい友だち二人が、ずっと仲良くつきあっているのを見ると、僕は、僕の終わっていく恋を前にして、ほんの少し慰められる気がした。

 今日のコーヒーはなぜかいつもより苦く感じられた。




   了



一話完結です。

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◎ショートショート(1)

https://kakuyomu.jp/users/nishi-shima/collections/16817330650143716000

◎ショートショート(2)

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