三、妖怪とは
「そんなこともあったねぇ」
鰹節の出汁が効いた味噌汁を飲みながら、双六さんはしみじみとそう言った。ふと、半年以上前に妖界に来たことを思い返して双六さんに出会った時のことを話せば、そう言われるだけ。それ以外あるのではないかと心の中で思いながらも、私はレンジで温めた朝食を食べながら、彼の次の言葉を待った。
「まあ、スイちゃんはこちらの世界に来たこと、初めて見る妖怪に衝撃を受けただろうけど、その後もかなり強烈だったんじゃないの?」
「まあ、否定はしません」
遠回しに双六さんの言葉を肯定すれば、それが面白かったのか彼はにんまりと笑顔を浮かべた。
「花前上司も猪鹿にも、スイちゃん物凄く驚いてたしね」
そう言いながら目玉焼きの白身の部分を口に頬張る双六さんに、私は特に反論はしなかった。
花前さんと言うのは双六さんの所属する人間管轄本部の上司で、猪鹿さんは彼の後輩にあたる妖怪である。花前さんは蜘蛛の妖怪で、公園にいた子どものように何本かの脚を背から生やしている。また猪鹿さんは烏天狗で、背から黒い翼を生やしている上に、頭が烏なのだからどう考えても人間ではないことを一目見て理解した。
「そりゃ何も状況を理解できてない上で会えば、誰だって驚きますよ」
「でも、一番花前上司に驚いていただろう?」
「それは花前さんのキャラが濃かったからです」
面白そうに話す双六さんに、私は少しムスッとしながら返答をする。双六さんの言っていることに違いはない。ただ面白がって揶揄うように言ってくるのが気に入らないだけである。
花前さんは明るく元気のある方だ。ただ彼女の好みが強烈だったのだ。なんせ彼女は女性が好きなのである。私はそう言う系統の人に会ったことが無かったので、大層驚いた。しかし今考えればこの妖界ではごく当たり前なのだと改まった考えができるようになった。
この妖界、と言うよりも妖怪たちには性別と言う概念があやふやなのである。勿論、男女と性別の区切りはあるものの、中には性別がない妖怪もいたりする。何なら女だろうが男だろうが子どもを産むことが可能なので、そう言うのもあってか性別の括りに関して特に意識することがないのだ。
ともあれ、そんな世界などと知らなかった私は、花前さんの当たり前な態度でこの話をされた時、大層驚いた覚えがある。
「花前さんもですが、猪鹿さんにも多少驚きましたよ」
「まあ、花前上司程でもないけど、あいつの言動も初対面なら驚くよな~」
花前さんの件で印象は薄れてしまったが、双六さんの後輩である猪鹿さんにも少なからず驚いた。まあ原因は完全に双六さんなのだが。
双六さんはデスクワークが大の苦手だ。最低限の書類などは行うものの、できないと判断したものは後輩である猪鹿さんに放り投げる傾向がある。それ故に猪鹿さんは自分の分と双六さんの分の書類をやる羽目になっており、双六さんに書類をつき返そうとする。しかし双六さんはのらりくらりと受け取らず、最終的に猪鹿さんがいつも同じことを言う。
「いい加減にしないと、喰い散らかしますよ」
これが猪鹿さんの決まり文句である。そう言いながら嘴をガチガチと鳴らし、怒りを露わにする猪鹿さんを初対面で見たものだから私は彼に対してちょっと苦手意識があった。今はその苦手意識も払しょくされているが。
とにかく猪鹿さんは双六さんに対して、いつも何かあるとこの台詞を言う。しかし双六さんは猪鹿さんにこのようなことを言われても、上司の花前さんに注意されても、苦手なものは苦手だと言って逃げるだけである。 案外、こんな双六さんだから猪鹿さんとも上手くやっているのではと思うこともあったりする。
「にしても、スイちゃん」
「なんですか?」
「そろそろ行かないと遅刻するんじゃない?」
物思いにふけっていると、双六さんに声をかけられた。遅刻と言う単語が出てきて、私は思わず首を傾げた。今日は一限目から授業があるが、まだ遅刻するような時間ではない。そう思いつつ視線を時計に向ければ、時間は刻々と過ぎており、既に八時になっていた。
そこで私は漸く正確な時間を理解し、慌てて席から立ち上がって食器を台所のシンクに移動させる。バタバタと行動をし始める私を見て、双六さんは笑みを浮かべていた。
「洗い物とかはやっておくから、早く行きな~」
「二度寝しないでくださいね!」
「はいはい~」
双六さんの返事を信用できるかと言えば、そうでもない。以前二度寝をして仕事に遅刻しそうになったのを私は知っているからだ。それでも今は彼の言うことを信じ、急いで大学に向かわなければいけない。
そうでもないと、今度は私が遅刻をするからだ。
「行ってきます!」
「いってらっしゃい~」
何処か気の抜けそうな双六さんの声を背中で聞きながら、私はこの世界で通う大学に向かった。
奇々怪々な日常 結城 舞衣子 @kamiyuuko
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