特異点
「じじい、あっちからなんかくるよ」
色とりどりの花が咲く光差す庭で、幼い少女が赤ん坊を抱えて、初老の紳士と会話をしている。いつかアンリが夢で見たような光景だった。
美しい白銀の毛色をしたケモノ耳の幼女は、追いかけて遊んでいたボールを足の間に挟んで止め、無表情で北西の空を見上げて紳士に伝えた。
「ノワールちゃん、頼むから、じじいはやめなさいってば……ん? なんかって何だろうね? 虫かな?」
「じじ……エリク。虫ではないな、この気配は『
「やべーやつ……? どこでそんな言葉を覚えて……」
エリクと呼ばれた紳士が困り顔でノワールの対応している目の前に、ミスティアから消えたアンリが、突然、不意に現れた。
「わー‼ ヤベー奴だ‼ えっ、なんっ、なに、誰なの⁉ 怖い‼」
本当に前触れも無く目の前に現れたのが、肌が死人のように青白く、顔が良く見えない程に黒紫の長髪を垂らした女だったから、あまりにたまげすぎて紳士らしからず、思わず目ん玉をひん剥いて叫んでしまった。
(……ここは?……っ、眩しい……)
アンリは、久しぶりの直射日光が眩しすぎて、目を閉じて、もたれ掛かれる場所を手で軽く探った。
「おねえさん、だいじょうぶ?」
「あっ、こら! 知らない人に急に近づいたらいけませ……」
ノワールと呼ばれた少女が、いつの間にかアンリの傍に寄り、探っていた手を掴むと──
「ぴやッ……‼」
接触した部分がバチン‼ と、大きな破裂音を立てた。アンリはその音と同時に、大きく1回痙攣すると、耳から一筋の煙を出して卒倒した。
『えぇっ⁉』
ノワールとエリクは同時に顔を見合わせて驚いた。当然だが、驚いただけで事態が好転することはなかった。
「なんだか……
屋敷の敷地内だからといって、朽ちて無くなるまで放っておける訳はないのだが、ノワールに話しかけるように言った。
「ジジィ待って。見て、ほら、誰にも懐かないノノアが、この人を見て笑ってる……」
「えひっ、えひぃっ!」
ノワールが脇の下に両手を差し込んで持っていた赤ん坊は、確かに喜び、えひえひと笑っていた。
「いや、ノノアちゃんは誰にでも懐くじゃないか! この子、適当言ってんなぁ〜!」
かくして二人は、突如として現れた不思議な行き倒れを『全能の魔女』とはつゆ知らず、屋敷内へと運びこむのだった。
Blanc␣Noir 石橋シンゴ @onshow_sin
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