きみのよこにはぼくがいてほしい

【短編】きみのよこにはぼくがいてほしい

「サイテー!」


パシンッ!


ある女が、俺の頬をひっぱたいて、屋上の扉を、まぁ、乱暴に閉めやがって…。


あ、これ、よくある浮気がばれた時の男女のいざこざの風景です。


「あんにゃろ…おもいっきしだよ…」


俺は、自分のしたことなど、なんの気もとめず、只、頬が痛いので、撫でていた。


片桐かたぎり君は、そんな恋愛ばかりしてるの?」


「うわぁ!」


そこには、同じクラス…(多分)の夜糸よいととか言う女子がいた。


「…んだよ。文句あんの?」


「ないよ。だって、私、関係ないもの」


「…じゃあ、なんでんなこと聞くんだよ?」


「んなこと?」


「そんな恋愛ばっかしてる…とか」


「だって、想っちゃったんだもん。想ったことは口に出さないと、気持ち悪いでしょ?まるで便秘みたい」


非情に、比喩能力のない人間だな、こいつ。と、俺は思った。


「勝手に便秘してろ…」


夜糸を置いて、俺は屋上を出た。…けど、なんでだろう?何だか、夜糸が、可愛かった。



夜糸は、変わっている…と言っても、それに気づいたのは、昨日のことだけど。昨日、屋上で『便秘』発言をされ、何となく、夜糸に目が行くようになった。


夜糸は、友達がいないらしかった。見てる限り、朝、登校してきて、挨拶を誰ともしていない。


でも、なんでか、楽しそうなんだ。


女子たちがj-popの話なんかをしていると、自分に話しかけられるわけでもないのに、楽しそうに、頷いている。そして、奴の病気が始まるんだ。


「その曲、私もすきだよ」


「「「え…」」」


聞いてないよ。って顔して、3人の女子が、凍りつく。


「だから、私も…」


「いや、アタシら、あんたと話してないから!」


「でも、想ったことは言わないと…便秘みたいで…」


「便秘って…あんたってさ、前々から思ってたんだけど、キモイ」


「…そか…ごめん」


(そうなんだよ…。キモイんだよ…。なのに、なんでだろう?俺、あいつ、嫌いになれない…。むしろ、そこらの女より喚かなくていいかも…)


俺は、自分が変人(変態?)かと思う。ここの所。と言うか、夜糸に話しかけられた、あの日から。






「サム…」


「じゃあ、中に入れば?」


「!…いたのかよ…」


「いたの。ごめんね」


「なんで謝んの?」


「私が話に入ると、みんな嫌がるから。でも…」


「便秘ね」


「そう。よくわかるね。片桐君、すごいね…」


「お前、それだけしか言ってないじゃん」


「そうかな?」


「そうだよ…くしゅっ!!」


「あ、風邪ひくよ?教室、戻りなよ」


「…夜糸は?」


「私は平気。いなくなっても、誰も困らない」


俺は、初めて、夜糸が、ずーっと便なんだと思った。本当は、もっと、言いたいことがあるんだ。もっと、伝えたいことがあるんだ。もっと、話したい相手がいるんだ。


「お前、1人、嫌いだろ?」


「…そうだね。出来れば…誰かいてくれたら、あったかいかもね」


「じゃあ、なんで寄ってかねぇの?」


「だって、私、キモイから」


「…それ、言われて直そうとか、想わねぇの?」


「う~ん…、ゲロ…吐きそうになる…。我慢しちゃって…。でも、言うと、キモがられる。私は、どうも、人間じゃないみたい」


「人間だろ」


「そうかな?じゃあ、教えて。片桐君。私、今、私、片桐君に何が言いたいか、分かる?」


「分からん」


考えることもせず、俺は言った。


「うん。やっぱり、それが人間だよね。でもね、私、言っちゃうの。私のこと、キモイって思ったでしょ?って」


「お前、やっぱ、痛快だわ」


「へ?」


「それだけ、自分の言いたいこと言ってられたら、便秘にはならん」


「…そうかな?でも、言いたいこと言うと、みんな、キモイって言うから、私、いつも何も言わないようにしてるけど…。これも、痛快?」


「いや?それは、便秘」


「だよね」


「でも、夜糸、俺の前では痛快じゃん。いつも、言いたいこと言ってる。俺、それ、聴いてる。キモイって言わない。思ってない。だから、俺も、便秘じゃない。だから、俺の前だけでなら、夜糸は便秘じゃない。痛快だ。違うか?」


「…そう…かな?でも、いつか、片桐君も、便秘になるよ」


「なんで?」


「私、可愛いから。知ってる。みんな…男の子、みんな、付き合いたいって1年生の時、1週間に1度くらい言われた。でも、みんな、キスしたら、どっか行った。みんな、私のゲロに、耐えきれなくなった。私も、便秘に、耐えきれなくなった。だから、屋上がすきになった。空気がいいから、ゲロは出ないし、誰の声も聴こえないから、便秘にもならない…。あ…ごめん。ゲロした」


「ゲロしてたの?今の」


「え?違うの?」


「それ、ゲロじゃない。悲鳴。夜糸の中でずーっとくすぶってた、悲鳴」


「そう…なのかな?私、悲鳴、だった?」


「じゃない?だって、泣いてる。便秘は、してたみたいだな。でも、出た?」


「…出た…。でも、こんな言葉、あんまり…言いたくなかったな…」


「夜糸が先に言い出したんじゃん」


「でも、片桐君は、私とは結局別の人だよ?そのうち、きっと、いやんなる。私のこと」


「そんなこと、お前が決めることじゃない。お前の横には、俺が居て欲しい」


「それは、片桐君が決めることなの?」


「嫌だったらいい。でも、ゲロして良いし、便秘もさせない…と思う。たまに、下痢の処理に困る時もあると思うから、夜糸といるのは、覚悟、要りそうだけどな…」


「下痢の処理…。そんな言葉、よく女の子に言えるね…」


「便秘。俺、最初に思ったんだわ。お前、比喩の才能ゼロだって。したら、俺もだった」


「あぁ…便秘…。1番、あの時溜まってた。片桐君…すきだったから…。聞きたかったんだよ…」






「教室…戻ろう」


『手、あったかいね』

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