林檎が枯れた
「良い?貴方のような一介の騎士が私のシナリオを邪魔しないでちょうだい?」
就任式の後、姫に呼び出された。
恐る恐る呼ばれた部屋に入るも、中には騎士もメイドも居らず、姫一人だけ。
何が起こるかと少し震えていたが、第一声にお高そうな椅子に座り、指を強く指してこちらを睨みつけるその姿は確かな支配者の血を感じて、思わずフェリクスの口から息が漏れる。
「何よ!貴方!」
椅子から勢いよく立ち上がった姫は、カツカツと足を鳴らしてフェリクスの正面まで歩く。
その身長はフェリクスの胸元までしかなく、睨みつけられても畏怖を感じない。
(むしろ可愛らしい?)
そんなことを胸の中で思ったフェリクスは、口元を抑えながら静かにその場に膝をつく。
「姫、それが私の生き方なのです」
「はぁ?」
フェリクスは、眉をひそませながら自分を見下す姫の瞳と視線を絡ませると、小さな子供と話すように戯けた口調で口を開く。
「おや?姫様には生き方がわからないのですか?そんなでは大人になれませんよ?」
フェリクスは、この言葉に姫は激昂して近衛騎士をクビにしてくれるのではないかと思っていた。
フェリクス自身この昇級は嬉しいものの、我儘お嬢様の世話をさせられるんじゃ堪ったものじゃない。
だが、その言葉に対して姫がとった行動は全く違った。
姫がごとりと音を立てて膝を柔らかいカーペットにつける。
「そう..それが足りないのね..」
姫は真っ赤なカーペットをじっと見つめて、なにやらぶつぶつと呟くと、髪が崩れるのではと思うほどに勢いよく顔を上げる。
「ねぇ、貴方は生き方があるのよね」
「まぁ..」
急な質問に対するフェリクスの曖昧な返答に、姫は高笑いをしながら立ち上がる。
「貴方!私に生き方というものを教えなさい!」
びしり、とまだ成長途中のふくふくした指を呆然としたフェリクスの顔面に指す姫。
約束よ!とご機嫌に言った姫は、最初に座っていた椅子に座ると、下がりなさい、と手をしっしっと犬でも扱うように振る。
これが、僕と姫の出会い
――――――――――
私は熱で記憶を失ってしまったが、最初に目を覚ました時の記憶を鮮明に覚えている。
薄暗くてボロボロの部屋の中、薄い布団を掛けられた体が最初の私の視界。
酷く痛む頭と焼けるような痛みが這う喉が、これが自分の体なんだと伝えてきていた。
「ここは..」
つい上げてしまった声に、ベッドの隅からん..と返事が返ってくる。
返事の方へ視線を向けると、椅子に座った茶髪の青年がベッドの敷布団を枕にして眠っていた。
「あの、ここは」
声をかけると、青年は勢いよく頭を上げる。
「エリザ、目が覚めた!?」
「..え?」
起き上がった青年は私と随分仲が良かったらしく、私の体をぺちぺちと触って夢じゃないか確認してきた。
「あの、誰ですか?」
記憶が無くって..と遠慮がちに問うてみると、体を触っていた青年の手が、私の両腕を掴んだ姿で止まる。
青年は、ゆっくりと目を見開いて私の顔を見つめる。
その顔は、記憶がない私でも分かるほどに"格好いい"という言葉が合っていた。
暫く私の顔を見つめて現実を受け入れられたのか、青年は私の腕から手を離すと、優しい微笑みを浮かべる。
「エリザ、俺は誰だと思う?」
「え?」
「いや何、ただの質問だよ。ちょっと気になってね」
演技っぽく大仰に手を動かした青年は、人差し指を立ててなーんだ?と笑う。
「えっと」
男女で同じ部屋に居て、こんなに心配してくれて、きっと甲斐甲斐しくお世話もしてくれたのだろう。
この姿が表すものは..
「お兄ちゃん?」
首をこてんと倒した私の返答に、青年は少し固まると、体から力が抜けたように下を向いてしまう。
「え、あの、違いましたか?」
青年が下を向いて全く動かないので、そんなに違う間違いをしてしまったのかと肩に触れようとすると、青年ばっと勢い良く頭を上げて前髪をかき上げる。
「あはははっ!そうか!お兄ちゃん!」
青年は椅子から落ちそうな程体を揺らして大笑いすると、瞳から出た涙を拭きながら、首を縦にこくこくと振る。
「そう!俺は君のお兄ちゃんのフラーテル!」
ようやく名を名乗ったフラーテルは、やっぱお兄ちゃんオーラが出てしまうか〜と手を大きく広げて上を向く。
その姿に呆然として固まっていると、フラーテルはこちらを見ながらチッチッと指を振る。
「親はいないけど、仲良し兄妹だったんだぞ」
その演技じみた動きがなんだか面白くて、思わず少し笑ってしまう。
そんな私の姿を見た兄が、なんだよ〜と口を尖らせて拗ねたように指を弄っていた。
それが、"私"の最初の記憶
雨包む林檎のような ににまる @maruiyo
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