ドラゴン退治

「さて、次はどこに行きましょうか?」

「とりあえず冒険者ギルドにでも行ってみるか?」

「わ~、やっぱりあるんだね! ギルド!」

「ああ、案内する」


ギルドの掲示板には、ドラゴン退治のクエストのポスターが大きく貼られていた。

「ドラゴン退治なんて、異世界っぽい!」

「おいおい、そんな危険なクエスト、俺は御免だぜ」

「え~、ノイン、剣持ってるのに~?」

 ノインの腰に差してある剣を見て、言う。

「これは、ただの護身用だよ」

「そういえば、あなた、剣の腕はいかほどなの?」

「学校で習った程度。成績も真ん中くらい」

「学校で剣の授業があるんだね!」

「ああ。葉月のところはないのか?」

「体育で剣道はやるみたいだよ」

「平和なもんだな」

「この世界は、普通に魔法があって、ドラゴンもいるんだよね」

「ああ」

「私の世界には、少なくとも私の周りでは、そういうのなかったから」

 葉月は笑顔で言う。

「だからさ、魔法もあるって知れて、嬉しかったんだ!」


 ギルドでは冒険者達が、ドラゴン退治のパーティを組み始めていた。

「私達も入れてもらおうよ!」

「本当にやるんだな、ドラゴン討伐」

「うん! やりたい!」

「ドラゴンと言っても、強さは色々よね」

「まあ、もっと情報が欲しいよな」


「先遣隊が戻ってきたぞ!」

 彼らによると、ドラゴンの種族はヒュドラ系。

 水辺に棲む毒蛇のような怪物だ。


 冒険者達を遠巻きに見ている集団がいた。

「ヒュドラ退治なんて無理だよぉ。死んじゃうよぉ」

「ほら、皇子! 頑張って!」

 彼は、この国の皇子のアレク。ヘタレである。

「皇子だって!」

「あ……」

 一応、お忍びで市中に来ていたのだが、葉月達に見つかってしまった。

 従者が、ずずいっと寄って来た。

「お静かに」

「は、はい」

「こうなったら、あなた方にも協力していただきます」

 この従者は従者の中でも偉い方、大臣であった。

「皆の者、控えおろう!」

「おっ、何だ何だ」

「こちらはアレク皇子である!」

「皇子! 皇子!」

 一瞬にして皇子フィーバーが起こる。

「これから討伐パーティを結成し、ヒュドラを退治する! そのパーティには我々、皇子も参加する! 我々加わる者はいないか!」

「おー!」

「俺はやるぞ!」

「皇子がいるんだ! 良い所をみせようぜ!」

 ギルドからは20人、皇子の軍隊から20人、それに葉月達が加わることになった。


 


 夜は王宮に近い広場で宴が催されていた。

 皆、明日は憎きヒュドラが討伐されることを信じて疑わない。

 皇子を除いては。


「あの、皇子様はどうしてそんなに泣きそうなの?」

「だって、明日、ヒュドラにやられて死んでしまうかもしれないんだぞ!」

「大丈夫だよ。こんなに仲間がいるんだから!」

「はい、最悪、こいつらを盾にすればいいんです」

大臣はブラックだった。

「何か作戦でもあるんですか?」

 ノインは大臣に聞く。

「人数で、ゴリ押します」

「それは作戦って言えないんじゃ……」

「作戦ならあるよ!」

 葉月が得意げにそう言った。


 今日は王宮近くの宿に泊まることになった。

「明日のヒュドラ討伐に向けて、渡したいものがあるわ」

「何何?」

「エンジェルフォン」

「わー、スマホだ! 私まだ買ってもらってないんだよね」

「ここから色々とアイテムを出せるわ」

「へえ、どんなの?」

「例えば、武器とか」

「それを明日使うんだね!」

「そう」

「弓? 天使っぽいね」

「使ったことは?」

「ないです」

「使い方は?」

「引けばいいんだよね。何となく分かる」

「じゃあ、明日、ぶっつけ本番だけどいい?」

「うん!」

「なら頑張って。……おやすみ」

「おやすみ~」


 次の日。 

 討伐パーティの点呼が終わると、隊列を組んで、ヒュドラの元へ出発した。

 国境の湖。そこにヒュドラが棲みついている。

「行くぞ!」

 5人ずつが1列になって、順に攻撃を仕掛けていく。毒を吐く素振りを見せたら後退する。

 決めているのは、それくらいだった。

「葉月、昨日、用意させていたのは一体なんだ?」

「フ、フ、フ、まだ秘密~」

 最後尾には葉月が用意させた壺を持った従者がいる。

「葉月達は武器ないのか?」

「初期装備があるわよ」

「はい、出しまーす」

 葉月はエンジェルフォンのアプリ、アイテムから「初心者の弓」を選択した。

「ジャーン、エンジェルアロー!」

 一列目の剣部隊の攻撃が終わると、葉月と弓部隊が構える。

「ようし、やるぞ!」

 弓は放たれ、ヒュドラの身体に刺さる、葉月のもの以外は。

「あ、あれ~」

 葉月の放った弓だけは見当違いの方向に刺さっていた。

「また特訓が必要なようね」

 その後も刀、槍、斧、ハンマー、銃、投石などが繰り返された。

 時々、吐かれる毒霧を避けつつ、攻撃を重ねていく。もし毒霧を浴びてしまったら、回復部隊から毒消しポーションを受け取る。

「攻撃、効いてるんかな」

 自身も剣部隊で戦っているノインが葉月達に話しかける。

「傷はついているわ」

「ゲームだったらHPゲージがあって分かりやすいのに」

「何だそりゃ」

「後どれくらいで敵が倒せるか分かるゲージ」

「それがあれば便利だな」

「残念ながら、ここは現実よ」

「皇子は後方でポーション配りしかしてねえし」

「まあ、それはそういう役割でしょう。皇子は冒険者じゃないし、実戦したことないのよ、きっと。それに、ポーションもらって声かけしてもらえるだけでも士気は上がるわ」

「ねえ、モモちゃん、そろそろ、アレの頃合いかも!」

「そうね」

「アレ?」

 葉月は後方の皇子と壺を持った隊に駆け寄っていく。

「壺をヒュドラの前へ!」

「「分かりました」」

 壺部隊は剣部隊に護衛されながら前へ進む。

「蓋オープン!」

 中には透明な液体だった。

「これでどうするつもりだ!」

「はい、飲んで飲んで飲んで~」

 葉月がシャンパンコールのように煽る。

「皇子も、皆もご一緒に!」

「へ?」

 モモちゃんも皇子の隣に飛んで来て言う。

「あれ、中身はお酒なんです。宴会の時、こんなコールをしませんか?」

「何だか、よく分からんが、とにかくやるぞ! 飲んで~、飲んで~」

 皇子につられて皆がシャンパンコールの大合唱を始める。

 この異様な雰囲気にヒュドラは攻撃を止め、壺の中を覗き込む。その甘美な薫りに、ぺろりと一口飲んだ。

 コールは止まない。ヒュドラは壺に頭を突っ込み、グビグビやっている。

「よし、今だよ! 皇子!」

「へ?」

「ほら、一斉攻撃の合図を!」

「あっ、皆の者、かかれい!」


そして、ついにヒュドラは倒れたのであった。

「これぞ、ヤマタノオロチ大作戦!」

「すごいじゃないか、葉月! どこでこんな作戦を思い付いたんだ?」

「日本神話から!」

「葉月の国の神話か!」



その夜、祝勝会が開かれた。

ヒュドラからの戦利品を分け合ったり、食事が振る舞われたりした。

勿論、一番の功労者として葉月は表彰された。

「葉月、ありがとう。これで隣りの国にも安心して行ける」

「隣の国に何かあるんですか?」

「あ、えっと」

 口ごもった皇子の代わりに、大臣が答える。

「皇子は隣の国のお姫様と文通をしているのですよ」

「ああ、それで」

「と、とにかく、ありがとう!」

「はーい」


 次の日、葉月達は盛大に見送られながら、アレク皇子の国を後にしたのだった。


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エンジェルデイズ 夢水 四季 @shiki-yumemizu

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