エンジェルデイズ

夢水 四季

天間葉月、今日から天使になります!

異世界に憧れていた。

 アニメや漫画で見るような剣や魔法の世界。

 現実の世界のことなんて忘れて、その世界の住人と冒険をしたりして楽しく暮らす。

 自分には不思議な力があって、魔法とか異能力が使える。

 物心ついた時から、だったらいいな、いつ異世界に召喚されるのかな、とずっと待っていた。

 そういう世界が、そういう不思議があると、信じたかった。




小学校の卒業式。

些細なことで、親友の、りんねとケンカをしてしまった。

せっかくの卒業式なのに、早く謝らないと……。


 いつもの本屋に寄り、好きな漫画の最新刊を買う。

 本屋の隅に、黒いもやもやが見えた。

「何、あれ……?」

 その、もやもやが私めがけて飛び掛かってきた。

 死ぬの? と思った瞬間、誰かが割り込んできた。

「大丈夫か?」

 その人物は、もやもやを払い去った。

「ただの低級霊だ」

「お化け……?」

「まあ、そんなもんだ」

 その人は白い制服を着ていた。どこの学校かは分からない。

「天間葉月だな?」

「う、うん」

「俺は如月快斗。天使だ」


「て、天使⁉」

「そうだ。……今から一緒に天界に来てもらう」

 快斗が私の手を取る。

「行くぞ!」

 快斗に羽が生えて、飛んでいた。

「天使、本当に天使⁉」

「ああ、手を放すなよ」



「お~、快斗。新人回収お疲れさん」

 20歳くらいの男性が、手を振りながら、待っていた。快斗と似たような制服を着ている。

「俺の名前はコノハ。お前らの上司みたいなもんだ」

「天間葉月! お前は今日から天使だ! おめでとう!」

「わ、私が、天使⁉」


「突然だが、今から異世界に行ってもらう!」

「え、それって最近流行りの異世界転生⁉」

「いや、異世界転移だな。死んでないし」

「わー、やったー!」

「早速だが、異世界でのパートナーを紹介しよう! モモちゃんだ。ベテランだから、まあ道中で色々聞いてくれや」

「そういう現場に丸投げなところ、変わってないわね」

 喋るモモンガだった。

「異世界にはこのトンネルを通って行くんだ」

「うん」

「ではグッドラック!」



 街角で一人の青年がため息を吐いていた。

「はあ、これでバイトもクビかあ。まあ一週間は食っていけるとして……」

「わ~~~~、落ちてる~~~~」

「ふぎゃっ」

 突如、頭上に降ってきたものに青年は潰される。

「ここが、異世界だね! すごい! ついに来ちゃったんだ~」

「葉月、踏んでる踏んでる」

 そういえば、やけに柔らかい地面だなと思って足元を見る。人間だった。

「ひゃっ、ご、ごめんなさい、降ります!」

 青年は腰をさすりながら立ち上がる。

「……何だ、女の子か。まさか空から女の子が降って来るなんて、ハハ……」

 青年は乾いた笑いを浮かべつつ、空を見上げる。雲一つない青空が広がっていた。

「……超高速で飛んでる飛行機から飛び降りた?」

「えっと、何て説明すればいいんだろ」

 葉月は後方を飛んでいたモモちゃんに声をかける。青年はそこで初めて見る生物の存在に気付く。昔、生物図鑑で見たような覚えがあった。

「まあ軽く自己紹介すればいいんじゃない?」

「え、そいつ喋るの⁉ あっ、もしかして君、魔法使いか何か⁉」

「う~ん、当たらずも遠からずね」

「魔法⁉ やっぱり魔法があるんだね! すごい、さすが異世界!」

「え、異世界……?」

「あ~、もう、順を追って説明するから、とりあえず自己紹介しなさい!」

「えっと、天間葉月です。よろしくお願いします」

「俺はノイン、旅人だ。こちらこそよろしく。……テンマハヅキ、この辺では聞かない、変わった名前だな。葉月って呼べばいいか?」

「はい、それで大丈夫です」

 先ほどまでは異世界に来てテンションが上がっていた葉月だが、元来の人見知りが顔をのぞかせてきたのだった。

「私は葉月のパートナー、モモンガだからモモ。モモちゃんとか、まあ好きに呼んで」

「あー、そうだ、モモンガだよ。思い出した。北の方の森とかに住んでるやつ」

「ここの世界と葉月の世界の生物とかは大体同じよ。説明が簡単な方で助かったわ」

「この世界にしかいない生物とかもいるの? ユニコーンとかドラゴンとか」

「ええ、いたはずよ」

「わー、すごい! 見てみたい!」

「そうね。いつか会えたらいいわね。……じゃあ、とりあえず立ち話も何だから、どこか落ち着いて話せる場所に移動しましょうか」

「そうだな。案内するよ」

 ノインはまだ聞きたいことが色々とあったが、とりあえず「異世界人」達を近場の安いカフェに案内する。

(こいつら、金とか持ってるのか……?)

 地面にはタイルが敷かれ、洋館が立ち並んだ異国情緒溢れる街を葉月は目を輝かせながら歩いている。


 この世界では、ありふれたカフェに到着する。値段も手頃だ。

 メニューも葉月の世界のものと大差ない。ノインはコーヒーを頼み、葉月はオレンジジュースを頼んだ。モモちゃんはテーブルの上に乗っている。

「では、改めまして、天間葉月です! 天使です!」

「ああ、天使ね、……って天使⁉」

「そう、天使よ。……葉月は、あなたの守護天使」

「守護天使、ええ何、俺を守ってくれるの?」

「私が守るの?」

「……順を追って説明するわ」

「よろしく、モモコさん」

「……その呼び方はやめて」

「さっき、好きに呼べって……、じゃあ普通にモモちゃん」

「それで頼むわ。……葉月は、こことは違う世界から来ているわ」

「本当に異世界とかって、あるんだな」

「ええ、あるわ。……あなた、旅人って言ったわよね」

「ああ」

「葉月と私は、あなたと一緒に旅をするの。守るっていうか、まあ普通に一緒にいる感じ」

「何か特別なことはしないのか?」

「ええ」

「守護天使なのに?」

「実は、まだ見習いなのよね」

「そうなんだ!」

「本当に何も知らないまま来てるから……」

「色々と大変そうだな、モモちゃん」

「あいつが説明を全部、私に丸投げするから……」

「あいつって誰?」

「葉月の上司」

「上司とかいるのか」

「ええ、いるのよ。天界は縦社会よ」

「ご苦労様って感じだわ」


お金の話

「それと、俺は貧乏一人旅だから、お前らの分の食費とか出せないぞ」

「問題ないわ。私達の分は、私が出すから」

「モモちゃんが?」

「ええ。貯めたお金があるから大丈夫よ」

「へえ、すごいね! さすがベテラン」

「それを聞いて安心したぜ」

「あなた、そんなに金欠だったかしら。もらった資料と微妙に違うことが多いわね」

「資料なんてもらってたんだ」

「一応、ね」

「そっちの資料には何て書いてあるんだよ?」

「まず名前がノインじゃくてアイン。職業が旅人ってのは一緒」

「落ちていくべき先が、そのアインさんだったりってことは?」

「それはないわね。トンネルの行き先が間違ってたなんて、今まで聞いたことないもの」

「じゃあ、葉月が俺の守護天使ってことは間違いない訳だ」

「ええ」

「良かったあ」

 葉月が、ほっと胸を撫でおろす。

「あと、やらなきゃいけないことがあるのよね」

「何?」

「エンディングノート、っていうものを書いてもらうわ」

「終活のやつ?」

「微妙に違うけど。……この世界でやりたいこととか、現世でやりたいこととか、どのように生きていきたいかを書いてもらいたいのよ」

 モモちゃんは普通のA4ノートのようなものとペンを葉月に渡す。

「異世界に行くって夢は叶ったんだよね。だったら冒険がしたい!」

「この世界では冒険ね」

「ちょっと待て。その冒険に俺は巻き込まれるのか?」

「私達だけで行かせるつもり?」

「アンタらは天使、俺は一般人」

「適性なクエストを私がちゃんと選ぶから問題ないわ」

「クエスト! 受けてみたい!」

「後でね」

「じゃあ、現世でやり残したことは?」

「う~ん……」

「ほら、結婚とか」

「結婚なんて考えたことなかった」

「そういえば、葉月って何歳なんだ?」

「12歳だよ! もうすく中学生!」

「学校に通ってる年齢か」

「葉月の国では15歳まで義務教育」

「へえ、俺のとこは12歳なら働いてる奴もいたな」

「とりあえず、現世の義務教育は終わらせなさいな」

「現世に戻ったりするの?」

「ええ。たまに」

「そうなんだ……」

「葉月が、こっちにいる時って、向こうではどうなってるんだ? 行方不明扱い?」

「いいえ。『ダミー』という人形が代わりを務めるわ」

「へえ」

「葉月っぽい受け答えをしているはずよ。だからバレる心配もいらないわ」

「そうなんだね」

「安心だな」

「で、現世でやり残したことは?」

「えっと……、友達とケンカしちゃってて……、仲直りしたいかな」

「じゃあ、それを書いておいて」

「うん」

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