少年ガンスリンガー

柳明広

本文

※現在、全面的に書きなおし、最後まで書く準備をしています。

※書きなおした作品をカクヨムで公開するかどうかはわかりません。

※掲載されている作品は、そのまま残しておきます。もし、書きなおされた作品が日の目を見ることがあったら、ちがいを楽しんでいただけると幸いです。




 荒川省吾は、祖父・浩一郎が住んでいた一軒家を訪れた。

 玄関から縁側を通り、祖父の自室を通りすぎて、家の一番奥のドアの前までやってきた。ポケットから鍵を取りだす。

 ──私に何かあったら、開けなさい。

「今がそのときだよね、じいちゃん」省吾は鍵を見ながらひとりごちた。

 失踪宣告。

 七年間、生死不明、行方不明の者に対して、法律上死亡したものとみなす制度。祖父にその制度が適用されたのは、四日前のことだ。

 昨日、省吾が風呂あがりに廊下を歩いていたら、リビングから父と母の声が聞こえてきた。

「昔から、ふらっといなくなることが多い人だったな」省吾の父親はため息をついた。「困った人だよ。一週間も帰ってこないことがあったんだから」

「でも、生活は成り立っていたんでしょう?」省吾の母親が言った。

「自由人でね、自称冒険家だったよ」父は苦笑した。「どこかから金目のものを持ち帰ってくる。それだけでうちは食うに困らなかった。それどころか、裕福とも言えた」

「お義母さんは何も言わなかったの?」

「さあ。何か知っていたかもしれないけど、もう亡くなってるからね。墓の下じゃあ訊きようがない」父は頭をかいた。「親父も、今度という今度は、もう駄目だろうな」

「じいちゃん、死んだってこと?」

 廊下で偶然、二人の会話を聞いてしまった省吾は、リビングに入り、二人を見おろした。

 中学一年生の省吾だが、小学生のころからバスケットボール部に所属していたせいか、背は高い。

 父は省吾をじろりと見あげ、「もう、年だからな」

「七十代なんて、まだ亡くなるような年じゃないよ。今は長生きなんだから」

「どうだろうな。帰ってこないってことは、突発的に認知症を起こしたのかもしれん」

 父はそう言ったが、そんなことがあるのだろうかと省吾は疑問に思った。

「とにかく、変な人だったよ。父さんが小さいころから。友達から馬鹿にされたもんだ。お前の親父はまともな仕事してないってな」

「じいちゃんのこと、変だなんて言うなよ」省吾はかたい声で言った。「じいちゃんはいい人だよ。優しかった。少なくとも、俺には」

 父は省吾を無視した。「まあ、失踪宣告が成立したんだ。これでひと安心だ」

「あなた、省吾の前でそんな」母が言った。「省吾はお義父さんのことが大好きだったんですよ」

「いいんだよ」吐き捨てるように父は言った。「父親らしいことはせず、ずっとほっつき歩いてたんだ。天罰がくだったんだよ。厄介払いができてせいせいしたくらいだ」

「じいちゃんのことを悪く言うな!」

 省吾が怒鳴ると、父が立ちあがった。椅子が派手な音を立てて倒れる。二人の背丈はほぼ同じだが、大人と子供では目つきがちがう。

 省吾と父は反りがあわないところがあった。反抗期を迎えたことで、対立が顕在化することが多くなった。こうやってにらみあうこともよくある。

「あなたっ」母が制すると、父は落ちつきを取り戻したのか、椅子を戻した。

「近いうちに、実家も整理せんとな」父はため息とともにつぶやいた。

 省吾は黙って自分の部屋に戻り、ベッドに腰かけた。スマホには、友達からのメッセージがいくつも映っていた。くだらない、返信するのも馬鹿らしい文字の羅列。友達と呼ぶのもはばかられる、脳天気な連中といっしょにいると、こっちまで馬鹿になってしまうような気がした。

 友達のことなどよりも、実家の整理、という言葉が気になった。整理されたら、すべてがなくなってしまう。

 幼いころ、省吾はよく祖父の家へ遊びに行っていた。お菓子を食べながら、祖父は旅をしていたころの話をしてくれた。冒険家ではなかったかもしれないが、家をよくあけていたのは間違いないようだ。

 その家がなくなるかもしれない。

 翌日、省吾はいても立ってもいられず、祖父の家に向かった。開けなさい、と言われた開かずの扉を開けるときが、今だと思ったのだ。

 ゆっくりと鍵穴に鍵をさしこむ。まわすと、小さな音とともにドアが開いた。

 昼間だというのに中は真っ暗だった。手探りでスイッチを探し、電気をつけると、暗いのは唯一の窓が雨戸で施錠されているからだとわかった。

 部屋には大きな本棚とテーブルがあった。テーブルの上には、日本では見かけない置物がたくさん置いてあった。頭が二つある犬、翼をはやした蛇、ライオンの身体に人の顔を持つ怪物など、異形のものばかりだ。そしてそれ以上に目についたのが、テーブル一面に散らばっている、紙だった。

 紙には地図らしきものや図面らしきものが描かれていたが、どこの地図なのか、何の図面なのか、省吾には見当がつかなかった。

 本棚から一冊取りだすと、それはアルバムだった。どこで撮ったかもわからない、外国の写真。祖父が現地の人と写っているものもあった。いつも笑顔で、陽気な、省吾がよく知っている祖父だ。

 本棚の半分はアルバムだった。あとは英語でもフランス語でもない、異国の言葉で書かれた本ばかりだ。

 自由人だった祖父は、父が知らないだけで、海外で仕事をし、生計を立てていたのではないだろうか。写真を見ていると、そんな気がしてきた。

 砂漠が広がっている。見たこともない遺跡が写っている。現地の人と肩を組んで、キャンプファイヤーのまわりを踊っている。

「凄いや、じいちゃん」省吾は父が急に矮小なものに思えてきた。「世界を飛びまわって、家族を養って……本当に冒険家みたいだ」

 世界にはいろんな人がいる。いろんな場所がある。アルバムにはさまれた一枚一枚の写真が、そのことを如実に語っていた。省吾は、急に自分の心の中が広く晴れわたり、清々しい気持ちになっていることに気づいた。

「じいちゃんは何でこんな部屋を俺に残したんだろう」ひとりごちると、

「そりゃおめえ、鬱屈したガキをなぐさめるためだろうよ」

 ぎょっとして振り返ったが、誰もいない。廊下に顔を出してみたが、人気はなかった。

「ここだよ、こーこ」

 室内から声がした。テーブルのあたりだった。

 省吾はテーブルを見わたしたが、置物と紙ばかりで何もない。もしやと思い、置物を慎重にどけ、紙束も椅子の上におろした。

 うわっ、と声をあげた。

 レンコンのような部品がついた、黒光りする拳銃が出てきた。たしか、リボルバーと呼ばれるもののはずだ。

「うわ、とはごていねいだな。お前、じじいの孫か?」

「じ、銃がしゃべってる!?」省吾は腰を抜かしそうになった。

 祖父の部屋から出てくるには、あまりに似つかない凶悪な代物であった。ひょっとして祖父は、映画みたいにこの銃で戦っていたのだろうか。

「銃だってしゃべるさ。そういう世界もある」けっけっ、と拳銃は笑った。「ちんけな世界観しか持たないガキに、世界は広いってことを教えてやるために、じじいはこの部屋を残したんだろうよ」

「広い、世界」

「ああ。アルバムを見ただろ? 世界は広い。お前の鬱屈なんか吹き飛ばすほどにな」

「鬱屈とか、別に」省吾は口を尖らせた。

「けっけっけっ。言うな言うな。お前ぐらいのガキは、世の中のすべてがムカつくもんなんだよ」

 省吾は言い返せなかった。祖父を厄介者あつかいする父には腹が立つし、クラスメイトはネットで有名になることしか興味のない馬鹿ばかり。教師はきれいごとばかり言って、本当のことを教えてくれない。いらだちばかりが募っているのは、事実だった。

「年上みたいなもの言いしやがって」ようやく省吾は言い返した「お前いくつだよ」

「約五十歳、てとこだな」

「作られて五十年? 銃の年齢なんか知らないけど、とっくにゴミじゃないのかお前」

「あっ、てめえまで俺を年寄りの厄介者あつかいすんのか。俺はまだまだ現役だ」

 どこが、と言いかけて省吾ははっとなった。今、自分は、父が祖父を厄介者あつかいしたように、この拳銃を年寄りの厄介者あつかいした。

 何てこった、と省吾はかぶりを振った。父と同じことをするなんて、最悪だ。

「……ごめん。ゴミは言いすぎた」

「お、おう」拳銃は戸惑ったように言った。「意外と素直な奴だな。お前になら、頼めるかもしれん」

「頼むって、何を?」

「じじいの捜索だよ」拳銃は言った。「あの野郎、お前は年だからもうついてくるなっつって、俺を置いて行っちまいやがった」

「行ったって、どこへ?」

「本棚の隣の壁をよく見てみな」

 壁に目を向けると、拳銃の言いたいことがすぐにわかった。壁に鍵穴がついている。

「じじいはそこを通って、〈砂塵の世界〉へ行っちまった」

「何、それ」

「〈夜の民〉が支配する、永遠に明けない世界だ」拳銃は言った。「じじいは俺といっしょにその世界を渡り歩き、何度も人間を〈夜の民〉から救ったんだ」

 一週間も帰ってこなかったことがあるという祖父。そのあいだ、〈砂塵の世界〉へ行き、人助けのために〈夜の民〉とやらと戦っていたというのか。では、あの写真はすべて地球上のものではなく、〈砂塵の世界〉で撮ったものか。

「じゃあ、じいちゃんが持ち帰ったものっていうのは」

「戦利品だな」拳銃は言った。「こっちでは結構な金になるもんばっかりだったみたいだ」

「この部屋の鍵で開くのか?」

「ああ。だが、向こうの世界へ行くには、それだけじゃ足りねえ」拳銃は言った。「鍵をさしたあと、俺を鍵穴に押し当てろ。そうすれば〈砂塵の世界〉への扉が開く。戻るときも同じだ」

「お前を置いていったら、じいちゃんは帰ってこれないじゃないか」

「押し当てるのは、向こうのものなら何でもいいんだよ。たとえば、そこの置物でもな」唾でも吐きそうな勢いで拳銃は言った。「相棒の俺を置いてよぉ、あのじじいは!」

 省吾は迷わず鍵を挿入し、まわした。

「おい、いいのか」拳銃はあわてたように言った。「地球の常識が通用しない世界だぞ。〈夜の民〉っつう化け物もいる。わかってんのか?」

「じいちゃんを捜す」省吾は言った。「絶対に連れ戻す」

 はっ、と拳銃は息を吐いた。「若いころのじじいそっくりだな。勢いだけはいっちょまえだ」

「捜すの? 捜さないの?」

「捜すさ」拳銃は言った。「年寄りの厄介者あつかいしたあいつに、がつんと言ってやらねえとな」

「じゃあ、行こう」悩んでいるだけ時間の無駄だ。

「おい、ちょっと待てよ」

「何だよ、急いでるんだ」

「先に言うことがあるだろ」

 省吾はしばし拳銃を見つめたのち、自分を指さし、

「荒川省吾」

「俺は……リボルバーでいいぜ。その方がシンプルだ」

 省吾はリボルバーをつかむと、鍵穴に押し当てた。壁が重い音とともに外側に向かって薄く開く。

 この先に、〈砂塵の世界〉があるのか。地球とはまったく異なる、見たことのない世界が。

「と、その前にだ」リボルバーが言った。「玄関行って、靴、持ってこい。裸足じゃつらいぞ」


 壁が開ききると、何もない砂漠が広がっていた。見あげると、かすかに星が見える。長袖を着ているが、それでも寒かった。

 完全に外へ出て振り返ると、そこは壊れかけた小屋であった。

「ここが、〈砂塵の世界〉?」白い息を吐きながら訊いた。

「運がよかったな。今日はあれてない」リボルバーは言った。「この近くに村がある。行ったことがある場所だ。俺の指示通りに歩け」

 省吾はズボンにリボルバーをはさむと歩きだした。

「ところでお前、体力に自信は?」

「ずっとバスケ部に所属してる」

「そいつはいい。これから十キロほど歩いてもらうぞ」リボルバーはけっけつと笑った。「言っとくが、鍵穴があるところとしか、もとの世界とはつながらねえ。じじいを捜すのをあきらめるならまわれ右しろ。捜すなら、気合い入れて歩け」

 なめるな、毎日どれだけ走りこんでると思ってるんだ、と省吾は心中で悪態をついた。

 が、すぐに前言を撤回した。砂に足を取られ、想像以上に歩きにくい。まるで、足に重りでもつけているようだ。

「ほーら歩け、歩け」

 リボルバーは気楽に言ってくれる。明らかに、省吾が苦しんでいるのを楽しんでいた。

 省吾はあえぎながら砂の上を歩く。あっという間に体温があがっていく。太陽が出ていないのが救いだった。

「今、太陽が出ていたら、て思っただろ」リボルバーは心を読んだように言った。「言っとくが、この世界に太陽にあたるものはない」

「え、何で」

「言っただろ、永遠に明けない世界だって。〈夜の民〉がそうしたからだよ。あいつらは日の光を遠ざけた。それだけの技術力を持ってるんだよ」

 「技術力を持った化け物」なんて、最強じゃないのか?

 小高い砂の丘をのぼりきると、建物らしきものが見えた。風に飛ばされないよう身を寄せあっているような村だった。

 体力に余裕はあったが、とにかく喉が渇いた。村に近づくと、「左だ」とリボルバーが指示を出した。「酒場がある」

 木と金属を積みあげたような建物から光がもれていた。やっと水が飲める、と扉を開くと、省吾は動けなくなった。

 大人の男たちの視線が、いっせいに省吾に突き刺さった。みんな毛深く、筋肉質で、肌が異様に白くボロは着ているものの、貧相な身体つきの者は誰ひとりとしていなかった。そしてひとり残らず、腰に銃を携帯していた。

「あ、あの」省吾は唾を呑みこんだ。「水を」

「坊主、店を間違えてるぜ」髭面の男が顎をしゃくり、「水は厩舎にある。馬といっしょに飲んできな」

 がはは、と笑い声が酒場に充満した。

 省吾は言い返す力もなく、すごすごと引きさがった。今は水を飲む方が先決だ。馬用だろうが何だろうが関係ない。

 しかし、

「おうおうおう、村を救った英雄の孫に対して、ずいぶんなもの言いだな!」

 リボルバーが声を張りあげると、笑い声がぴたりととまった。

 先ほどの髭面が、省吾の腰にささったリボルバーをまじまじと見つめ、「まさか、浩一郎さんの……?」

「他に何に見える!」

「し、失礼しましたぁ!」髭面は平伏せんばかりに頭をさげた。「浩一郎さんのお孫さんとは知らず、た、大変失礼な真似を」

「あ、あの、それはいいんで、水、いただけますか」

「はいぃ!」

 髭面は店のマスターに頼み、水を一杯持ってきた。省吾はゆっくりと、身体中を潤すように飲む。一息ついたところで、

「言葉、通じるんだな」

「俺といるからだ」リボルバーは言った。「リアルタイム翻訳してるんだ。感謝しろ」

 省吾は髭面を見て、「祖父のことを知ってるんですか」とたずねた。

「ええ、もちろん! 浩一郎さんはこの村を救った英雄です」酒場にいる全員がうなずく。「このあたりを牛耳っていた〈夜の民〉を始末してくれたんでさあ」

「けどなあ」と別の男が言った。「最近、新しい〈夜の民〉がやってきて、城に住みついちまったんだよなあ」

「お前ら、退治には行かねえのか?」リボルバーが言った。

「いや、今のところ実害はないし、それに俺たちじゃあ、なあ」髭面が同意を求めると、酒場の男たちがうんうんとうなずいた。

 情けねえ、とリボルバーは悪態をつき、「じゃあ、じじいは来てないのか?」

「もう長いことお会いしてません」髭面が言った。「なので、お会いしても浩一郎さんだとわかるかどうか」

 どうやら祖父がこの村を救ったのは、かなり前のことらしい。

「じじいが〈夜の民〉をほっとくとは思えねえ」リボルバーが言った。「城の場所はわかってる。行くぞ」

「え、ちょっと待ってよ、城に行くの?」省吾が言った。

「昔ならともかく、今のじじいひとりで〈夜の民〉と戦えるとは思えねえ」リボルバーは言った。「加勢が必要なんだよ」

「だからって、俺じゃあ戦えないよ!」

「根性のねえ野郎だな」リボルバーはあきれたように言った。「お前は走りまわって銃口を敵に向けりゃあいい。あとは俺が当ててやる」

「でも……」

「じじいを捜さないのか」リボルバーの声は冷たい。「ならここでお別れだ。お前はとっとと帰んな。相棒はここで探す」

 省吾は腰からリボルバーを抜き、黒光りする表面を見つめた。情けない顔をしている自分が映っている。

 そうだ、俺は何のためにここに来たんだ。じいちゃんを連れ戻すために来た。ここで逃げて、どうする。

「わかった、行こう」

「その意気だ」リボルバーは言った。「すまんが、誰か弾持ってないか? こっちは装填してある六発で終わりなんでな」

 親切にも、あの髭面が弾丸を譲ってくれた。ていねいに、空薬莢の排出の仕方、弾のこめ方まで教えてくれた。

「浩一郎さんに会ったら、よろしく言っといてくださいよ!」

 村をはなれるとき、髭面が言った。酒場のみんなも「がんばれ!」「死ぬんじゃないぞ!」と応援してくれた。

「ガキに任せて高みの見物とはいい度胸だ」リボルバーは憤然と言った。「うまく持ちあげて、利用する腹だな」

 ははは、と省吾は苦笑いをしたが、死ぬ、という言葉が、重く響いた。

 銃を持つということは死ぬかもしれないということだ。今までまったく意識していなかったなんて、俺は何て馬鹿なんだろう。

「安心しろ」リボルバーは言った。「じじいの孫を死なせたりしねえ」

 風が強くなってきた。砂が舞いあがり、省吾は腕で鼻と口を覆った。

 城は、村からも見える場所にあった。

「あの城には、昔、じじいと〈夜の民〉退治に向かったことがある」リボルバーは言った。「城、とは言ってもたいした規模じゃないがな」

 城は高い壁に囲われていたが、門扉は開いていた。腰からリボルバーを抜き、壁に背中をつけて中の様子をうかがう。

「物音がしない」省吾は小声で言った。

「油断するな」リボルバーが言った。「じじいを殺して、次の獲物を待っている可能性だってある」

 省吾は唾を呑みこんだ。〈夜の民〉に無残に殺される祖父の姿が思い浮かぶ。〈夜の民〉の姿は曖昧で、死という概念すらも曖昧で、殺される祖父の姿は幻の中にあるようだった。

 ──自分は死というものがわかっていない。

「行くぞ」

 リボルバーが言うより早く、省吾は駆けだしていた。じいちゃん、じいちゃん、と心の中で何度も叫ぶ。

「とまれ!」

 城内に足を踏み入れたところで、リボルバーが怒鳴った。その瞬間、耳をつんざく音とともに、弾丸が省吾の一歩前の床に突き刺さった。

「防衛システムだ!」リボルバーが舌打ちした。「一度破壊したのに、復旧させやがったな!」

「ど、どうしたら?」

「柱の陰に隠れろ」

 言われるままに、柱の陰に身を隠す。ブーン、という音が建物の中から聞こえはじめた。

「機関砲が相手ならやりようはある。ひとつずつ破壊しろ」

「わかった」

「とにかく走れ」リボルバーは言った。「走って、敵の銃口をさけて、俺の銃口を向こうに向けろ。俺が当ててやる。間違っても足をとめるなよ。蜂の巣になるぞ」

 省吾は逡巡したが、それも一瞬、すぐに柱の陰から飛びだした。暗くてはっきりとは見えないが、ドローンのようなものが宙を舞っているのがわかった。ドローンの下部には機関砲がついている。

 城内は、城というよりは聖堂のように見えた。長椅子がいくつも並び、奥には宗教的なモニュメントが見える。

 省吾は走りながら、言われたとおりリボルバーの銃口をドローンに向けた。

「引金を引け!」

 省吾は言われるがままに人差し指に力をこめた。凄まじい反動が手首から肘、肩をはねあげる。狙いもろくにつけていない、素人の射撃だ。

 だが、弾丸はドローンを正確に貫いていた。

「次、斜め右だ!」

 斜め右にリボルバーを向け、再び引金を引く。ドローンが煙をあげて床へ落ちる。

 柱の陰にまわり、思いきり息を吐く。ここまで、無呼吸で走り抜けた。肺が痛い。緊張感もあいまって、バスケ部の練習とはけた違いの疲労感だ。

「弾を交換しろ。教わったとおりにな」

 落としたドローンは六機。リボルバーの残弾はゼロだ。

 回転式弾倉を横に振りだし、空薬莢をすべて排出する。一発一発、弾をこめる。

「落ちついてやれ。難しいことじゃない」

 そうだ、落ちつけ。省吾は自分に言い聞かせた。

 すーっと息を深く吸い、吐く。

 そして飛びだした。銃の反動で痛む腕に喝を入れながら、言われるがままに何度も引金を引く。

 時間としては、十分も経ってはいないだろう。わずか数分で、防衛システム……ドローンは、すべて床に落ちていた。

「ふん、俺もまだまだやれるな」リボルバーは言った。人の姿をしていたなら、胸を張っていたことだろう。「お前もなかなかやるな。あそこまで走れれば上出来だ」

「そいつは、どうも」

 リボルバーとは対照的に、省吾の緊張感は解けていなかった。

 まだ、祖父を見つけられていない。どこかに倒れているのではないだろうかとあたりを見まわしたが、暗くてよく見えない。

「おい」リボルバーが言った。

「何だよ」

「喜べ。ラスボスがいるぞ」

 省吾はとっさに柱の陰に隠れた。心臓がどくどくと脈打っている。ラスボス、と言われれば、ひとりしかいない。〈夜の民〉だ。

「奥に石像があっただろう」モニュメントのことを指しているらしい。「あの手前に棺があった。〈夜の民〉はあの中だ」

「棺って、吸血鬼みたいだな」

「あいつらにとって、人は餌だ。ただ、血だけを吸うなんてもったいないことはしない」

「というと?」

「頭から貪り食う。ぐしゃぐしゃとな」

 省吾は思わず口を押さえた。こんな状況下で、生々しい表現はやめてほしい。

 リボルバーのグリップを両手で握りしめ、あらくなる息をどうにか鎮める。目をぎゅっとつぶり、思わず「父さん、母さん」とつぶやいてしまう。

「ビビるな」リボルバーが言った。「言っただろ、じじいの孫を死なせたりはしないって」

 その言葉で、少しだけ気持ちがラクになった。

 柱の陰から、棺を見やる。

「蓋が閉まってる」省吾は言った。「寝てるの?」

「〈夜の民〉には、決まったサイクルがある。睡眠もそこに含まれているが」リボルバーは思案げであった。「寝ているとは思えない。寝ているなら、じじいが仕損じるはずがない。いや、じじいを倒したあと、眠りについたか?」

「防衛システムが生きてたけど、あれをかいくぐってとどめを刺した可能性は?」

「今のじじいにそんなことができるかはわからん。何らかの搦め手で防衛システムを無力化したのかもしれん」とリボルバーは言ったが、「ま、じじいは強かったからな。往年の力がなくても、あの程度の防衛システムなら難なくかわせただろう」とすぐに否定した。

 あの祖父が、そんなアクロバティックなことをするのか。庭の草むしりをしながら、「あー腰が痛い」と言っていた、あの祖父が? 想像できなかった。

「だとしたら、もう倒してるんじゃない?」希望的観測を口にした。

「蓋が閉まってるのが気になる」リボルバーは言った。「考えたくはないが、じじいがやられた可能性はある。どこかそのへんに死体があるかもしれん」

「やめろ!」省吾は小さく、しかし鋭く言いはなった。「そんなこと、考えたくもない」

「……悪かった」リボルバーは言った。「とにかく、あの蓋を開けてみないとどうしようもない。行けるか?」

 省吾はうなずき、棺に向かって駆けだした。

 黒い棺は重厚で、飾り気がなかった。何百年もそこに置かれていたかのような風格があった。

「俺を向けたまま足で蓋を開けろ。思いきり、蹴れ」

 省吾は迷わず棺の蓋を蹴った。

 リボルバーが火を噴く……はずだった。

「何だ、これは」リボルバーが呆然とつぶやいた。

 棺の中には、干からびた人間のようなものが入っていた。その胸と頭には、弾痕が穿たれている。顔は痛みに引きつり、間違いなく絶命していた。

「これが〈夜の民〉?」

「ああ」リボルバーは言った。信じられない、というような口調だった。「こいつは何で、蓋をしたまま死んでるんだ? じじいが殺したあと、蓋をしたのか? いや、そんなことをする意味がない。何だこの違和感は」

 リボルバーは省吾を無視して、ひとりつぶやいている。

 省吾はその場に、膝からくずおれた。敵は死んでいた。祖父がやったのか、それとも他の誰かがやったのかはわからない。だが、はっきりしていることはあった。

 ここに祖父はいない。

 どこへ消えたかもわからない。謎だらけだ。

「入れちがいになった、てことは?」

「だとしたら、じじいは村には行ってないな。お前も見ただろ、この城は村から見える。一直線に進んだとしたら、絶対にすれちがう。気づかないはずがない。だとしたら、他の〈夜の民〉のもとへ……」

 リボルバーの言うとおりだ。言うとおりだが、それ以上の言葉が、耳に入ってこない。緊張感が、完全に途切れている。

 ああ、肺が痛い。足が痛い。腕も痛い。身体が重い。

「おい、しっかりしろ! じじいの孫! 寝るな!」

 うるさいな、俺には荒川省吾って名前が──

 省吾の意識は、そこで途絶えた。


(了)

(本作は「カドカワ読書タイム短編児童小説コンテスト」へ応募した作品です。続きが出るかどうかはわかりません)


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