最終話
数日前、ある本を読み終えた。
騎士としての業務は山ほどあったけれど、わずかな移動時間や鍛錬の合間で一日に数ページずつ読み進めてきたものだった。
「久しぶりだね」
帝都から南に、馬を飛ばして丸三日。これまでの戦争で散っていった騎士たちが眠る共同墓地の片隅に、三つの木製の十字架が無造作に建てられている。周囲のものと比べればはるかに粗末な墓だけれど、彼女にとっては特別なもの。
並んだ十字架の前にしゃがんで、眠っている三人の名前を呼ぶも、返ってくるのは小鳥たちのさえずりだけだった。
「ねぇ、知ってる? 世界って、ひとつじゃないんだってさ」
静寂にいたたまれなくなって、ふとあの本の話をしてみる。
それが生まれる度に、並行世界は誕生する。
だとしたら。
「もしかしたら、みんなが生きている並行世界もあるのかな」
かつて四人は、同じ闘技場の剣闘士だった。『花の女剣闘士』だなんて呼ばれて、入れ替わりが激しい剣闘士の中でも長い期間、生き抜いてきた剣闘士たち。
しかし一度の闘技で、絆も仲間も消え去った。
生き残ったのは彼女ひとり。他の三人は死んだ。
「……私、何してるんだろうね」
あの闘技が行われたとき、隣国だった帝国騎士団の人が観覧に来ていたらしい。そして『花の女剣闘士』で、その中でも最強の称号を手に入れた彼女のことを帝国騎士団に招待した。提示された大金に目がくらんだ支配人は、迷いなく彼女を送り出し。
「今じゃ、帝国騎士団の副団長だよ……」
初の女騎士、そして副団長となった。
きっと闘技場で培われた剣技もその理由だろうが、他の騎士と圧倒的に違うのはその冷酷さだろう。戦場で、躊躇なく剣を相手に向けることができる。
息をするのと同じように、人を殺すことができる。
あの日を境に、大切な何かに気づいて、大切な何かを捨てた。ずっとそんな気がしているけれど、未だにそれが何だったのかはわからない。
あのとき、みんなと一緒に逃げだしていれば。
殺さなければ。
その大切な何かを、まだ大切にできていたんじゃないかって。
そんな叶いもしないことを夢見て、考えて、思って。
滴が頬を伝う。
「……ねぇ」
本の最後は、こう締めくくられていた。
『
「本当に、これが最良なの……?」
私だけが生き残って、みんなは死ぬ。
それが最良であるとは、どうしても思えない。
ぽつり、ぽつりと地面に落ちる涙をそのままに、膝立ちになって十字を切った。
拝啓、私ではない私へ。
お願い。
どうか、みんなを救って。
私ではない私へ @orangemarble
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