第20話  密談

 会津藩の公用方・秋月様から、新選組に出動命令がでた。

大阪から帰ってきたばかり、また出動とは

「どういうことで?」

 お伺いをたてに京都守護職、会津藩宿泊・金戒光明寺に行くと

家老の秋月様より、

「内密である。1月21日、家茂様が容保とお話をなさる。その容保様の往復の道中警護を頼みたい」

 と声を潜めて依頼をされた。

「え?将軍・家茂様と容保様の密談」

「誰にも知られてはならない」

 つい先日、帝と家茂様が会談されたばかりで、それが今度は家茂様と容保様の密談。

「何を話されるのか?」

 内容は当然、朝廷から幕府に突きつけられている攘夷奉納の件であるだろうとは思うが・・・

 拙者もそれついて推測したくなるが、武士たるもの、それを考えることは、さもしいと思え、口に出せない。

「新選組が重要な会談の警護。ありがたきお勤めです」


 現在、京の朝廷に対する幕府は、一ツ橋、会津、桑名の力が強い。特に会津の容保様は、帝も含め、家茂様の信頼も厚い。その容保を各藩は、疎ましく思っている。その容保様が動く。家茂様と密談だ。

 たとえ内密にと言ってもどこからか情報を得て暗殺を企てる者も出てくるやも知れず、警護は必要だ。

 秋月様からの依頼をありがたく頂戴して、すぐさま屯所に戻り、歳三に編成を託す。

京は歳三が一人で取り仕切っている。山南さんが大阪に行ってから歳三の段取りが上手くなった。だいぶ、副長が板についてきている。

「お忍びで移動だ。多くの人間は出せない。しかし少なくては警護を遂行できない。隊務を遂行できる隊士で隊列を組み、金戒光明寺から容保様を護衛して二条城へとお運びする」

 深く説明をせずとも何も言わず歳三がうなづく。理解も格段に早くなった。




 21日、新撰組は隊服をよういず、目立たぬように、会津藩の行列の人間を囲むように配置しながら警護して移動する。

 もし万が一の場合、新選組と判るように『誠』と書いた袖布をつけた。

これで人混みの中、乱戦になっても互いに隊士を見分けることができる。

 さらに安全を期して大阪道中の時の警護同様、会津小鉄にも街道沿いを見張りを頼み、二重の警護で無事に容保様を二条城にお運びする。短い距離なので、何事もなく終えることが出来た。

 そして拙者は、帰りの警護のために、門脇にある警護の陣にて待機していたが、そこに使者が来て

「控えの間に来るように」

と、秋月殿と本多殿に城中に呼ばれた。

「何事か?」

 お恐れながらと、二条城に上がらせていただくと、大広間の控えの間に錚々たる会津藩の重鎮が集まっておられた。

「よくきた近藤、ご苦労である」

「近藤、こちらに参れ」

 控えの間で秋月様が席を薦めてくれた。末席だが、席につかせていただいたのである。

 預かり身分の新撰組局長如きの拙者が、二条城の待機室に上がれるのである。とんでもなく栄誉なことである。

 前回の大阪警護にて新選組の存在が劇的に向上したのである。



 「幕府と朝廷が、各藩の揺さぶりで家茂様は迷っておられる。近藤は攘夷をいかに考える?」

 秋月様がお尋ねくださった。意見を求められた。

「攘夷は帝の願いです。攘夷は断行するべきかと存じます」

 と、僭越ながら発言させていただいた。

「しかし近藤、もう江戸は開港されているのだ」

 たしかに幕府も開国を勧める者が江戸には多いと聞く。それは外国の武器や技術を手に入れ、それで攘夷をするの体制を作るということらしいが、実情は外国のいいなりに、便宜を図っているとしか見えない。

「攘夷は帝の意見だが、朝廷は帝と共に将軍に神社で攘夷祈願の身印を奉納しろといっておる。もしそんなものを奉納したら、開港されている江戸の幕府と家茂様が分断することになるだろう」

「そうなれば、家茂様は江戸に戻れなくなるのはもちろん。そのお命さえ危うくなる」

 本多様もそこを案じている。

「秋月様、何故にそこまで、混沌としておりますのか?」

「それは・・・悲しいかな、もう帝は『祭り挙げられ』朝廷と分離している。そして幕府の方も家茂様と分離してしまって、勝手に外国と交渉している」

「どちらも単なる『象徴』にされてしまい、実権は朝廷と幕府が持ってしまっておる。故にその時々で意見が転がる。方針が変わってしまうのだ」

 と本多様が嘆く。

「しかし帝も、家茂様も意見を言ってくだされば、上からのお言葉です。それに従う者もいるはずです」

「近藤、その意見が下に伝わる前に、誰かに途中で書き換えられて、全く逆の意見になってることが頻繁しているのだ」

 そのための密談か。


 そこに硬い表情の老中の外島様が、会談の御側付き(書記的な者)から戻られた。

「どうですか外島殿」

 秋月様が外島様に聞くと、深くため息をつき、お答えくださった。

「家茂様の意志が、お決まりになっていない。・・・攘夷か開国か、それを容保様に問われたが、曖昧なのだ。・・・悲しいかな家茂様は、今までの幕府の意向を押し付けられて、心が翻弄されている。開港の利点と汚点をごちゃ混ぜに聞かされされ、結論が出せなくなってしまっているのだ。・・・せめて一つでも、ご自身のお心さえ決まっておれば、内々に手筈を進め取り計ら得るのだが、もしその途中にて心変わりでもなされたら、・・・会津藩も長州同様、追放になりかねん」

 察するに意見がうまく、まとまらなかったように見受けられた。

本多様がため息まじりに話す。

「一橋殿(徳川慶喜)が幕府の要員を能無しと言われている。幕府との断絶が進んでいる」

「むしろ一橋殿は、倒幕したいと思っているのではないか?倒幕を見越した公武合体を望んでいるふしが見受けられる」

 ・・・外島様が・・倒幕を口にする?

「たとえそうだとしても、頭の良い一橋様の画策は、世間には複雑すぎて理解できない」

「しかしそれを考え出す頭の良さが一橋殿の良いとこでもある」

 会津藩も次期の将軍は『一橋様(慶喜)』じゃなきゃ務まらないと考えているようだ。

「今回は攘夷祈願はした。そして終えた。これ以上の朝廷が言っている『奉納』を残すという形は、従えないということだ」

 秋月様が結論を口にした。本多様も外島様もうなづく。

「そう、この攘夷の宣言が形(刀の奉納)に残れば、言いがかりでをつけて、詰め寄る輩がでてくる可能性がある」

「福井か?水戸か?」

「受け取り方は、どいうでも解釈つけることができるからな」

「人の考えは人の数だけあるということだ・・・」

「しかしでござる。お恐れながら、・・・それをまとめて進むのが、長としての役目ではないですか?どんな形であれ、家茂様が公で発言されれば、それで動かずにはいられなくなるはずでは・・・」

 と拙者の気持ちを進言するが、

「近藤、言葉を慎め」

 外島殿に嗜められた。

「今、言えば家茂様のお命が危なくなる。慎重に運ぶことが必要なのだ」

「申し訳ありません」

「・・・しかしこのままでは、将軍様は何のために京に来たのか、意味がなくなってしまう。・・・」

 と、言いたかったが、慎めと言われたばかりなので、言葉を飲んだ。

 結局、容保様はそのまま、なんの解決策がたてらぬままま、二条城を出て金戒光明寺にお戻りになり、拙者たちも屯所に戻らざるを得なかった。





「不動門下の美濃屋っておぼえておるか?あれが三日前、燃えた」

 江戸から来た富沢政恕が言うと、長年、知り合いの井上の源さんが驚いて聞き返す。

「燃えた?火事か?」

「焼き討ちだ」

 美濃屋は、江戸の高幡不動近くにある有名な呉服問屋なのだが、それが『天誅』放火で燃やされていた。

「なぜにあそこが天誅だ?」

「外国相手に絹ものを出さずに値段を釣り上げて、暴利を貪っていたそうだ」

 屯所に戻ると、将軍の上洛で来た富沢政恕が、新選組の雄姿を聞いて、こちらまで訪ねて来てくれていた。

 富沢政恕は武州日野領蓮光寺村の名主で、日野にて知らない者はおらず、土方や源さんは、懇意にしていた仲である。

「そんな、あの店主がそんなことするはずないではないか」

「それが通らないのだ。一度、噂が立つと、誰かにやられる。今、江戸はそれほど疑心暗鬼で騒ぎ立てる」

 拙者たちが江戸を離れて、もう一年も経ってしまった。その江戸の現在の状況を、嘘偽りなく大っぴらに教えてくれていたのである。

「それほど江戸がひどいのか?」

 拙者も江戸の話を聞き、驚く。

「近藤局長。昼の明るいうちはいいが、夜の治安がめっぽう悪い」

 少々、多摩なまりだが、饒舌に話す富沢政恕。

「何故にそこまで?」

「薩摩藩だよ。薩摩藩の倒幕を叫んでいる奴らが、江戸で暴れているのだ」

「薩摩藩は公武合体を進めている。幕府とも関係は悪くないはずでは、ないのか?」

 疑問を聞き返す源さんに、火鉢の向かいに座る藤堂平助が答える。

「薩摩は昔から佐幕と倒幕が同居してるよ。変わる権力に合わせて、どちらもいい方に、動いている。幕府の代わりに長州藩は天下を取ろうと帝に近づき朝廷を操ったが、今はそれを薩摩がしようとしているじゃないか」

「確かにその通り、なかなか藤堂君は物知りだ」

「そのためだろう。薩摩は京で公武合体だが、江戸では倒幕。だから京で力を持つ会津が、邪魔になっている」

 うなづくみんな。

最近、平助は独自に友人を増やしている。やはり北辰一刀流のつながりで、新しい隊士が、平助を頼るせいで、色々な情報を得ているのだ。

「長州を追い出したら、今度は薩摩か。メンドクサイ奴らだ」

永倉がため息をつく。

「いばり腐った幕府が悪いんだが、長州に踊らされて、土佐も肥後も倒幕を叫んで、うるさいんだよ」

 隣の火鉢でタバコを吸いながら聞く原田が、面倒くさそうに言い放つ。

京で生きると誰もが、京での社会情勢に無頓着ではいられなくなる。


「元は、横浜の生麦村で、薩摩藩の行列で馬から降りないイギリス人を無礼討ちして、いざこざが起きた。その責任を取らせるため、イギリス軍が多数、兵を上陸させ脅そうとしたのだが、それの対抗した薩摩藩士が江戸に行き、双方で睨み合いだ」

 元々、原田は横浜で幕府に雇われて見回り隊で働いていたこともある。開港と外人街については結構詳しく、それを身近で見聞きした原田は不信感を持っている。

「そう、その薩摩を止める幕府。そんな幕府に薩摩が怒るのも当然だ。今までやっていた礼儀を守らない者を無礼打ちしてなにが悪い?礼儀を知らないイギリス人はこの大和には必要ないのだと息撒いている」

 富沢政恕はそう返す。

確かにこの話を聞くたび、拙者も怒りが沸く。

「しかし幕府はその衝突を押さえるためイギリス人たちを守っているのだよ。薩摩や不逞の輩にイギリスの商店とかを焼かれないように警備している。それを今、新徴組を使って守らせているだ」

「新徴組は攘夷だったろ。攘夷をさせずにイギリス人を守るなんて間違っている」

 平助も怒る。

「幕府は、大和の薩摩より外国のイギリスが大事なのか?」

「その通りなのだ藤堂殿。何のための攘夷だ。薩摩は幕府を見限り、焼き討ちや暗殺を繰り返す。それに怯えてる江戸の市民は、幕府に抗議し、幕府は陸軍奉行を作ろうとして動いている」

 富沢政恕はそう教えてくれた。


「すまないな。政恕」

「まあ江戸のことは掴めないだろうと思っていた。拙者の知ってるとであればなんでも聞いてくれ」

 江戸の貴重な話を教えてもらった富沢政恕に源さんは丁寧に礼を述べた。

拙者はあまり酒は飲めないので、歳三と源さんに富沢政恕の接待を頼み、島原に送り出す。

「江戸はどうなってしまったのだろうか?」

「どうした近藤さん、歯切れが悪いぞ」

 つい出てしまった独り言を永倉に聞かれた。

「拙者が一年前、京都行きを持ってきた時、近藤さんはすぐに反応した。俺たちは行動が大事なんじゃないか?・・・虎徹を買った時もそうだ。俺たちはやらなきゃダメだ。悩まずすぐに動く。それが天然理心流の教えでもあるだろうに」

「そうだ。またず気を征す。永倉の言う通りだな。拙者も迷ってはいけないのだ」

 永倉に励まされるように局長室に戻り、今の現状を鑑みる。

「江戸が危ない。これは急をようすることなのだ。将軍は早く公武合体を進めないと危うくなる。そのためには、倒幕を叫ぶ長州を潰さなくてはならない。元凶である長州を早く征伐しないと火ダネがなくならんからだ」

 昔は幕府がいえば藩は取り潰すことができたが、幕府の御威光が下がった今は、長州は命に従わない。周りの藩に長州を攻めるように言っても何処も聞きやしない。それほど幕府はなめらている。

「ならば幕府自身の武力によってつぶすしかない。戦になるが、そうでもしなければ示しがつかない」

 冷静な気持ちになろうと考え、書をするため墨をする。

「最近の京には表立って『倒幕』をいうものは減った。が、しかし逆に大阪では盛り上がっていると聞く。京を出された長州が金をビラ撒き、倒幕を叫ぶ浪士を援助しているからだ。それが長州の進める『倒幕』に賛同する人間を増加させている原因がある。・・・長州を速攻潰す。長州が存続しているだけで幕府の威厳は地に落ちていく。一刻も早く、諸藩をまとめて、将軍は『長州征伐」を発令、実行するべきだ」

 落ち着こうと思っている気持ちと裏腹に、心は乱れる。

「やはり家茂様が京にいるうちに発令されなければ、効果が出ない。公武合体するためにはなんとしても家茂様に長州征伐を発言してもらわなくては」

 考えがまとまった。・・・深く息をつく。

「これは腹を括らなきゃいけない」


 巻き紙を広げ、筆をとる。

「心落ちつけば、熱が残った。・・・はからずもこれは建白書になることだろう。家茂様に目ざめていただけなくてはならぬ。それは拙者の命もかけても、発してもらわなくてはならぬ。・・・長州征伐は断行してもらわけなければならないのだ」

 拙者は建白書を書き始めた。

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壬生・新選組 近藤の虎徹 東方 文明 Tohbow Fumiaki @tohow

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