第251話 コスプレイヤー異世界転生


 二十一世紀の日本を生きたある女性が、天寿を全うして死んだ。

 数年前に夫を見送り、息子と娘、孫たちに囲まれた幸せな最期だった。


 いい人生だった、と彼女は思う。

 仕事に趣味に、子育てに。両立は大変だったけれど、おかげで充実した時間を過ごせた。


 たった一つの心残りは、妹を若くして亡くしたこと。

 三人姉妹の末の妹は、過労の挙げ句突然死してしまった。

 もっと早く過労に気づいてやれば、死なせないで済んだかもしれない。そう思えば後悔は尽きなかった。


 けれどそれも、もう五十年以上前になる。

 時間はゆっくりと人の心を癒やして、古傷はかさぶたに変わり血を流すことは最早ない。


 彼女の葬式の葬送曲は、お気に入りのアニメソング。

 棺には一押しの同人誌が入れられた。

 彼女を知る人は皆、「あの人らしい」と苦笑していた。


 そうして彼女の肉体は火葬され、魂は消えた――







 はずだった。







「ヤバイ。私、異世界転生した!」


 とある都市、とある庶民のご家庭で。

 前世、オタク。衣装自作派コスプレイヤーだった彼女は、子どもの姿の自分を鏡に映して叫んだのだった。







「異世界転生とか、半世紀前のラノベのトレンドじゃん。本当にこんなのあったのねぇ」


 彼女は前世の名を美鈴。今の名前をリンという。

 リンが見る限り、この世界はギリシアとかローマっぽい文化のようだった。

 彼女は前世でギリシア神話をモチーフとした、特別な鎧をまとって戦う星座の戦士たちの漫画が大好きだった。この漫画はリンよりも上の世代の流行だったが、アニメが再放送していてハマったのである。

 前世のリンはもちろんこの作品のコスプレもしていて、ソフトボードで造形してエナメルを貼った鎧を身に着け、イベント会場を練り歩いた。懐かしい思い出だ。

 鎧の他に女神のコスプレもした。古代風のギャザーとドレープがたっぷりのドレスは、作っていてとても楽しかったものだ。


 というわけで、リンは古代風衣装も好きである。

 好きなのだが、今の世界はどこを見てもそれっぽい服ばかり。


 古代の服というのは、布の形が基本的に長方形。

 庶民が身につけている短衣チュニカも、長方形の布の脇を縫い合わせて、頭と腕が出る部分を開けただけ。

 女性用の服も長方形の布を巻いたり寄せたり、ブローチや紐で留めたりしているだけだ。


 前世で洋裁学校(※趣味で)に通っていたリンは大いに不満であった。


「立体裁断どころか、型紙もない! ミシンがないのはまぁしゃーないとして、なんでこんな服飾文化なの!?」


 リンが生まれ育った家は、庶民としてはまぁまぁ裕福であった。

 住んでいる都市はゼニアといって、魔法都市として名高い場所。ユピテル帝国の首都ユピテルにほど近い便利な立地である。

 大きな魔法学院が街の中心にあり、魔法使いたちが大勢暮らしている。

 リンは残念ながら魔力持ちではなかったが、あまり気にしていなかった。彼女としては服の方が大事だったのだ。


 リンの家は小さいレストランを経営している。

 何でも、首都の有名なレストランのゼニア支店の、さらにのれん分けした店ということだ。

 首都の本家レストランはかき氷とアイスクリーム発祥の店で、今でも大人気。初代店主のマルクスは貧しい平民から騎士階級まで上り詰めた人物として、商人たちの敬意を集めている。

 もっとも彼はもう百年以上も前の人だ。一応、リンのひいひいおじいさんらしいのだが、既に本家との付き合いはない。リンとしては関係ないと思っている。


「なんかさあ。この世界、先輩の異世界転生人がいそうだよね」


 アイスクリームとか、冷蔵運輸とか、文化レベルに不釣り合いな技術があるため、リンは疑っていた。


「このゼニスっていう人がそうかなぁ?」


 そう考えて、リンは道に立って上を見上げる。

 魔法都市ゼニアに入って程なく、街の玄関部分に大魔女ゼニスのブロンズ像が建っているのである。

 全長三メートル近い巨大な立像で、ホウキ(?)を片手にかっこいいポーズを取っている。

 ゼニスの像はブロンズや石像が街の至るところにあり、そのどれもがかっこいいポーズだった。

 色んなバリエーションがあるため、子供たちが真似して次々とポーズを決めるのが定番の遊びになっている。

 だからリンはゼニスを「かっこつけ魔女」と内心で呼んでいる。声に出して言うと「偉大なゼニス様になんてこと言うの!」と怒られるので、あくまで心の中で。


「異世界転生の先輩なら、なんでもっと服を工夫しないの、服を!」


 リンは内心で吠えていた。本気で不満だった。


「こうなったら私が作ってやる。洋裁の技術とコスプレイヤーのセンスを10000パーセント生かしたすごい服、作ってやるんだから!」


 こうしてリンの異世界コスプレイヤー道が始まった。







 ……と、書いておいて何だけど始まりません。ただのネタです。





+++


 ゼニス像は彼女を慕う魔法使いたちが、ゼニス不在時に勝手に作りました。

 かっこいいポーズの像を見たゼニス本人は頭を抱えて「なんでこんなの作ったの!」と叫びました。

 答えは「竜退治の時の石像が、すごくかっこよかったので」。


「ゼニス先生が不在ばっかりなのが悪いです」

「取り壊したい? 作るのにこのくらいお金がかかったんですけど、もったいないですよね?」

「喜んでもらえると思ったのに……(うるうる)」


 と、あの手この手で追い詰められ、取り壊しは実現しませんでした。

 それどころかゼニスが人間としての表舞台を去った後も像は増え続け、なんかすごいことになったのでした。

 そのうちミニチュアの像も作られて、お土産屋とかで売られることでしょう。グレンが喜んで買いそうです。

 そしてそれらが何百年後かに発掘されて、「このゼニス人形は材質と造形の特徴からユピテル帝国中期のもので~」みたいに博物館にずらっと陳列されると思います。


 長い寿命でそれらを実際に見ちゃうゼニスは、羞恥心のあまりひっくり返ったカブトムシみたいになってジタバタするでしょう。


 おわり。





+++


カクヨムコンに新作で参加しています。

カテゴリはSF、ジャンル的には一昔前の超能力系SFファンタジーでしょうか。

北欧神話モチーフ、ちょいと薄暗い感じでスタートします。

ゼニスの話とは雰囲気がだいぶ違いますが、よろしければどうぞ。


『終わりの大地のエリン』

https://kakuyomu.jp/works/16817330666421532110/episodes/16817330667180425384


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