第252話 首都観光に行こう!:1
今回のお話は時系列をぐっとさかのぼって、第一部幼少期の後半。
ゼニス10歳、ティベリウスの結婚式を無事に終わらせた後くらいです。
書籍では第2巻にあたります。
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登場人物紹介。
・ゼニス
本作主人公。10歳。ティベリウス(フェリクス当主)の結婚式を無事に終わらせて、ほっと一息ついている。
・ラス
一神教の国「エルシャダイ」の王子。7歳。アレクが友だちになってくれてとても嬉しい。
このくらいの年齢の時は大人しくてちょっと引っ込み思案だった。
・アレク
ゼニスの弟。7歳。ラスの学友役として故郷の田舎から首都に出てきた。
勉強は苦手だが運動は得意、おしゃべりで活発な性格。
・ティト
ゼニスの侍女。14歳。しっかり者。マルクスとは喧嘩友だち。
・マルクス
氷の商売でゼニスと知り合った少年。14歳。お調子者。
・ハミルカル
書籍第2巻のオリジナルキャラ。南部大陸の農場の奴隷だったが、利発さと誠実さをゼニスに買われて首都に連れてこられた。
今はラス・アレクの付き人として一緒に勉強したり運動したりしている。
真面目な性格の10歳。男の子。今はまだ奴隷だがいずれ解放奴隷になる予定。
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六月にティベリウスさんの結婚式が終わって、やっと落ち着いてきた。
今はもうすっかり夏である。
ユピテルの夏はあまり雨が降らなくて、お日様がカッと照りつける。
そのため出歩くと熱中症になりそうだけれど、毎日お屋敷に閉じこもっていても面白くない。
特にアレクとハミルカルは、今年首都に出てきたばかり。ずっとごたごたしていたせいで、あまり首都見物を出来ていない。
というわけで、私は言った。
「ねえ、みんな。明日、フォロ・ユーノまで観光しにいかない?」
フォロ・ユーノは首都ユピテルの中心地。首都で一番大きな
裁判所や公文書館もあって、いつも人で賑わっている。
というのも、ユピテルにおける裁判は一種の見世物なのだ。
人の不幸は蜜の味というけれど、異世界においても変わらないらしい。
ちょっとしたゴシップからけっこうな大事件まで、ユピテル市民は自分の目で見ようとして押しかけてくるのである。
とはいえ、裁判の日程などは調べていない。散歩がてら大きな建物を見学して、てきとうに帰ってくるつもりである。
その途中で面白そうな裁判があれば、見てこよう。ただし教育に悪いやつだったら却下だ。
「行きたい! 俺、首都はまだほとんど見てないんだ。いっぱい見物したい!」
と、アレクが飛び上がって言った。
「僕ももっとユピテルを学びたいです。でも僕はシャダイ信徒だから、異教の神殿には入られないのですが……」
ラスはちょっと困ったように言う。私は答えた。
「大丈夫、入れない場所は私と一緒に待っていよう。アレクとティトとマルクスと、ハミルカルで行ってくればいいよ」
「ゼニスお嬢様」
名前を呼ばれて答えたのは、ハミルカルだ。
「お嬢様を待たせて見物するなど、とてもできません。どうか一緒に待たせて下さい」
真面目か。
思わず私は言いかけて、慌てて口を閉じた。彼は本当にそう思っているのだから、からかっちゃいけない。
「ええと、見学はアレクのためでもあるから。この子についていってあげて。で、アレクは走り回ったり落ち着きがないから。しっかり見ていてあげて」
「……はい。そういうことでしたら」
不承不承、ハミルカルは引き下がった。横でアレクが不満そうな顔をしている。
「姉ちゃん、俺、どこでも走ったりしないよ! 毎日の勉強だって、ちゃんと椅子に座ってやってるもん!」
「どうでしょうねぇ」
やれやれ、と肩をすくめたのはティトだ。
「家庭教師から、アレク坊ちゃまが授業中に足でクルミを蹴って遊んでいて困ると苦情を言われたんです。駄目ですよ。授業はきちんと聞かなければ」
「えーっ。こっそり机の下で蹴ってただけなのに、なんでバレてんだ。先生がこっち見た時は、ちゃんとクルミを足で踏んで隠していたのに」
アレクはぷうっと頬をふくらませるが、ラスはクスクスと笑った。
「そりゃあバレますよ、アレク。クルミが何度か、先生の足にもぶつかっていたから」
「ええーっ。あの先生、もう年寄りだから、鈍くて気づいてないと思ってたのに!」
いくらなんでもそりゃないわ。
アレクにはもっと真面目に授業を受けるようお説教をするとしよう。
そんな一幕はあったが、明日のお出かけは決まった。
皆、楽しみにしている様子だったよ。
そんなわけで翌日、私たちは午前中のうちにフェリクスのお屋敷を出発した。
メンバーは私、ティト、マルクス、ラスとアレク、それにハミルカル。さらに護衛の奴隷の人である。
マルクスは本当は屋台と公衆浴場の出店の仕事があったのだが、ティベリウスさんが配慮してくれて休みをくれたとのこと。
今日のお空は真っ青で、南国めいた雰囲気が出ている。湿気もあまりなくて爽やかだ。
フェリクスのお屋敷は小高い丘の上にある。
首都ユピテルにはこういう丘がいくつかあって、一番大きい丘の上には主神ユピテルの神殿が建っている。
でも、それ以外の丘はみな高級住宅地だ。神様の住まいである神殿を高所に建てそうなものなのに、ユピテル人はそんなことはしない。
これにはユピテルの気候が関係している。
ユピテルの夏は暑い。日差しが強烈である。
そのために少しでも涼しさを求めて、風通りが良くて湿気の少ない丘の上に住居が建てられた。
やがて首都の人口が増えてくると、貧乏人はだんだん丘から追い出されて下の方に家を持った。
低地は水はけが今ひとつ悪くて湿気もこもりがち。けれど土地が他にないものだから、人々は丘の裾のあたりに家を建てた。それも狭い土地になるべく沢山の人が住めるよう、高層化して建てたのだ。
だから丘を下って高級住宅地を抜けると、辺りはとたんににぎやかになる。
平民たちの雑多な喧騒に包まれて、道の両脇には七階建てにもなるアパート(インスラという)が立ち並ぶ。
インスラの一階はお店や工房になっているケースが多い。
面白いと思ったのは床屋さんだ。
ユピテル人の男性は短髪でヒゲも伸ばさない。
で、ユピテルの鏡は前世みたいなきれいなものではない。銅を磨いた銅鏡である。はっきり言って自分の顔もよく見えないレベルだ。
なので自力じゃヒゲ剃りができなくて、床屋が繁盛するのである。
マルクスが言う。
「床屋も腕のよしあしがあってさ。腕のいい奴ならきちっとキレイに剃ってくれるが、ダメな奴はちょいちょい失敗して顔に切り傷作るんだよ。そういうとこは料金が安いけど、良くねえよなあ」
職人の世界もいろいろあるようだ。
マルクスは「俺ももう少しでヒゲ生えてきたら、馴染みの床屋を作らねえと」と言って、ティトが「まだでしょ。何年後の話よ」とツッコミを入れている。
その横ではラスとアレクが、籐籠を編む職人のお店を見物している。
店先に積んであるカゴをアレクがふざけて頭にかぶったので、ハミルカルが慌てて取り上げて店に返していた。まったく、あの子は。
「ゼニス姉さま」
ラスがトコトコとやって来て、手に持った何かを差し出した。
見れば藤ツルを編んだブレスレットである。きれいな色の小石が編み込んであって、かわいいデザインだ。
「これ、差し上げます」
「え? でも、どうしたの? わざわざ買ってくれたの?」
私が問うと、ラスはもじもじと下を見た。
「はい。姉さまに似合うと思って……」
なんと! 男の子からプレゼントをもらってしまった!
こんなことは前世から通算しても初めてかもしれない。
いやあ、嬉しいものだわ……。
「ありがとう、ラス。嬉しい。……でも、お小遣いは大丈夫?」
彼は属国の第三王子だが、それほどお金持ちではない。国自体が質素倹約を旨とする小国なのと、王子と言っても三番目だからだろう。
「大丈夫です! ゼニス姉さまに似合うものをあげたくて、貯めていましたから」
け、健気……!
私は思わず感動して、彼をぎゅっと抱きしめてしまった。身長差があるので、胸のあたりで抱きかかえる形になる。
「ね、姉さま! いけません、未婚の男女が往来で触れ合うなんて!」
「あっ。ごめんね」
10歳と7歳の触れ合いだが、厳格なシャダイ教的にNGであるらしい。私はぱっと離れた。
ラスは真っ赤になっている。かわいい。
「ブレスレットのお礼に、帰りにフェリクスのお店でかき氷を食べていこう。それでいいかな?」
「はい!」
ラスの顔はまだ赤かったけど、嬉しそうにうなずいてくれたよ。
そうやってその辺を賑やかしながら、私たちは楽しく歩いた。
活気のある道を抜けて首都の中心へと足を運べば、やがてフォロ・ユーノが見えてきた。
続く。
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カクヨムコン9参加中の作品『終わりの大地のエリン』完結しました。
北欧神話×超能力×SFファンタジーという一風変わった作品です。
ゼニスのお話よりシリアス寄りですが、よければどうぞ。
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