ユラギ

あの子を『助けた』日から2、3日は寝ても寝ても寝足りず動くのさえもままならななくて、週末を挟んで月曜も学校に行けなかった。母は心配して、毎日病院に行こうと言った。原因はおそらくあの黒いモヤ。あの日の夜、母に言われて気が付いたが、あのモヤがふんわり明るくなったのは、きっとその一部を自分が引き受けたからに違いない。病院じゃなくて、お祓いにでも行くのが正解なんじゃないか、と思って、あの声の主を思い出した。

『あれ?神様、って言ってなかったけ…?お祓いする側だよね。えっ、もしかして神様じゃなくて、…アッチの方だったりして…?。』

そうだ。あの声は自分を神だと言っていたけど、あくまでも自称だ。普段聞く『自称』は、大抵は胡散臭い人たちを指して使う言葉じゃないか。アッチってどっちだろう、と考えて…閻魔様?…と思い付いた単語に、苦笑いした。『それって、仏教か…。』


月曜の夕方、母を安心させるために、病院に診てもらいに行った。街行く人の纏う色が心なしか濃く見えて、その色に心が反応する度に生気が流れ出すような気がして思わず目を反らした。草木に目を移すと自然と心が落ち着いて呼吸が楽になる。『そうか。人を見なきゃいいのね。』

そうして、病院までの道のりは緑を探し探し進んだけれど、病院に着くと、周りは人ばかり。平日だと言うのに待合室の椅子は大方埋まっていて、世の中にはこんなに病気の人がいるのか、と思うと気が沈んだ。中でも一際ひときわ目を引いたのはちらほら見かける色が揺らがいで定まらないモヤを纏った人達だ。

『珍しいな…。外で見ないって事は、病気と関係あるのかな…?』、と思った側からスーッと身体から力が抜けるのが分かった。ハッとして、すぐ目線を落とすと、そこからはできるだけ床を見ながら歩いた。

目的の循環器内科に辿り着くと、窓の近くの空いた席に腰かけると酸素を求める様に外に緑を探した。案外近くにモコモコとした濃い緑の塊が見えて安心した。

「ねえ、ママ。あそこの木が一杯生えてる場所って?」

「え?あー、公園の中の蛍が見られる所よ。ほら明日叶も幼稚園の頃蛍の幼虫の放流したじゃない?あそこよ。」

「う~ん。よく覚えてないなぁ。」

「7月に入ったら蛍の夕べとか何とかってイベントがあったはずよ。今年行ってみる?」

「うん。行く!」

そんな会話をしている内に順番が回ってきた。

割と最近に集中治療室を経験していたから、お医者さんも、念のために、と色々検査してくれた。でも思った通り特に異常は見つからず、少し脱水気味で貧血の気もある様だからと点滴だけしてもらって帰って来た。点滴が効いたのか、それともただの気のせいか、いずれにせよ、その夜には少し体が軽くなっていた。


あくる日の朝、気分は随分良くなっていたけど学校に行く気にはならなくて、もう一日休む事にした。仕事に出かける母をベランダから見送った後、爽やかに晴れ渡った青空に、昨日母が教えてくれた蛍の場所を見てみたくなった。ちょうど返却日が近くなっていた本もあったから、図書館へ行くついでに、とサッと身支度して外に出た。


図書館は目当ての公園の端にあって、普段は近道の道路沿いの道を通っていくから滅多に公園を通る事はなかった。いつもと違う道を歩くだけで、ちょっとした冒険気分だ。小さな子供が二人、三人と遊ぶ遊具の側を通り、『ひょうたん池』と書かれた小さな人工池の真ん中に据えられた飛び石を跨いでいくと、密に生えた木々が見えてきた。『あそこかな?』、と近づいていくと、赤いベンチに女性がボンヤリと座っているのが目に入った。

「あれっ、あの女性ひとの、揺らいでる…。」

病院で見かけた揺らぐ色だ。お日様が出ている日は、普通モヤはあまりはっきりとは見えないのに、彼女のは遠目に見ても分かる位だった。気になって近づいていくと彼女の前は少し離れて子供位の大きさの妙にギラつくユラギがあって、

『何アレ?』、と思った瞬間そのユラギが目の前まできた。

『去れ!』

聞き覚えのある声。

「えっ?しばらく声しないな、と思ってたら、今度はあの人についてるの?」

『アレは今のソチの手には負えぬ。去れ!』

凄い剣幕に、身の危険を感じて、急き立てられる様に走り出すと追い風に乗る様に身軽に速度が増して、気が付くともう家の前まで戻っていた。少し上がった息を整えながら考えた。

『何だったんだろう。手に負えないって…、あの人も助けを求めてたのかな…。」

それにあのギラギラしたユラギ。声はやっぱり耳の中でしていたけれど、あのユラギと声は確かに連動している様だった。もしかして、あれが『神様』の正体なんだろうか。

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夢現 やまとピース @yamatopiece

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