第50話 最終回 ふたりきりの閉架書庫

 10月上旬の水曜日。

 唐竹部長と瀬名先輩は印刷会社へ行っていて、閉架書庫で森口くんとふたりきり。

 わたしは快調に発電中。

 こんなとき、百人級発電ユニットだったらよかったのになあ、とつくづく思う。

 すでにわたしの十人級蓄電機は満杯で、発電の無駄遣いになっている。


 十人級を超える大容量発電ユニットはまだ安全確認中で、装着手術はできない。

 世界に数人いた千人級発電ユニットの持ち主も、十人級への交換手術を済ませたそうだ。実にもったいない。クリーンエネルギー発電が後退し、世界は化石燃料発電に頼らざるを得ない状況がつづいている。

 各国政府は安全安心な大容量恋愛発電ユニットの開発に補助金を投入し、力を入れているが、まだ成果は出ていない。

 安全な百人級が完成したら、わたしはまた装着手術を受けたいと思っている。


 川尻唯ちゃんが死んだとき、もしかしたら恋愛発電は正義ではなく、人を死なせる悪だったのでは、と思ったりもした。

 でも、そうではないはずだ。恋愛して、発電する。環境に負荷をかけず、エネルギーをつくる。

 これが正義でなくてなんだと言うのか。

 わたしは信念を取り戻し、今日も発電に励んでいる。

 十人級なのが、かえすがえすも残念だ。

 早く安全な百人級をつくってほしい。

 いつかは千人級を装着できるようなスーパー発電マシンになりたい。


 唐竹部長は『幕府海軍戦艦大和』というSF歴史小説を書き、瀬名先輩は『頭突き少女カンナ』という喧嘩漫画を描いた。

 森口くんが書いたのはミステリー小説で、タイトルは『全方位殺人事件』。

 3人の作品を読ませてもらったが、どれも面白かった。

 森口くんの作品が特に良くて、おとなしそうな性格なのに、小説の内容はぶっ飛んで過激なミステリーで、かなりびっくりさせられた。

 わたしの小説は例の『発電天使』。

 それらの作品のデータを持って、先輩たちは部誌の印刷を依頼するため、印刷会社へ行っている。

 表紙は瀬名先輩が描いたイラスト。

 わたしたちの高校の校舎を背景に、4人の文芸部員が校庭に立っている絵。


 デジタルイラストで、ノートパソコンの画面で見させてもらったが、かなり美しい仕上がりだった。

 わたしの整形後の顔が、麗しく描かれている。ちょっと恥ずかしい。『発電天使』と合わせて、黒歴史となるのだろうか?

 いや、この顔のことは卑下したくない。

 勇気を振り絞り、痛みや腫れと戦って手に入れた美貌。

 これはわたしの勲章なのだ。


 今度の文化祭で頒布する部誌『月の裏側』は記念すべき第50号。

 わたしの稚拙な作品でけがれているのは残念だが、他の3人の作品の出来が高校生の小説・漫画としては佳作揃いなので、良しとすべきだろう。黒歴史ではなく、記念号に参加できた良き思い出になればいいなあ。


 閉架書庫で森口くんはパイプ椅子に座り、村上春樹の分厚い新作長編小説『街とその不確かな壁』を読んでいる。

 読み終わったら貸してもらう約束をしている。

 わたしが読んでいるのは村田沙耶加の『地球星人』。

 恋愛要素があるが、これを恋愛小説と呼んで良いのかどうかわからない。まもなく読了するところまで読み進めているが、仰天するほど奇妙奇天烈な名作だ。

 芥川賞受賞作品の『コンビニ人間』も沙耶加節炸裂の個性派小説だったが、『地球星人』はその斜め上をゆく。

 面白すぎる。

 相当に不道徳な描写も含まれているので、真面目な人は読まない方が良いかもしれない。

 ちなみに森口くんはかなりの読書家で、村田沙耶加も守備範囲。

 同じく個性派純文学作家の藤野可織をふたりとも好きなこともすでに判明している。

 人が死にまくる長編小説『ピエタとトランジ』、人が死にまくる短編小説『スパゲティ禍』の話で盛り上がったこともある。

 わたしと森口くんは気が合う。

 早く告白してくれないかな。

 恋愛に関しては慎重派のようだから、わたしから告らないと、恋人同士にはなれないかもしれない。


 わたしは『地球星人』を読み終えた。

 こんな純文学があっていいの?と思うような変態的作品だったが、めちゃくちゃ面白かった。

「飲み物を買ってくるよ。森口くん、なにがいい?」

「レモンアイスティーを頼んでもいいかな?」

「了解だよ」

「じゃあ、これで買ってきて」

 森口くんはふたり分のコインを渡してくれた。

「いつも奢ってもらっているから、今日はわたしが出すよ」

 コインを返そうとしたが、彼は頑として受け取らなかった。


 自動販売機で買ってきたレモンアイスティーのペットボトルを森口くんに渡す。

 わたしはミルクアイスティーを選んだ。

 彼は本を机の上に置き、冷たい紅茶を飲んだ。

「ねえ、森口くんは小説家になりたいとか思ってるの?」

「うーん、なりたいとまったく思っていないと言ったら嘘になるけど、僕には無理だね」

「無理じゃないよ。森口くんが書いた『全方位殺人事件』はかなり面白かったよ」

「いや、たいした小説じゃないよ。ミステリーと呼ぶのが恥ずかしいハチャメチャな作品だし」

「そのはっちゃけぶりが良かった」

「ありがとう。でもまあ、プロはきびしいよ。アマチュア作家として小説投稿サイトで趣味として小説を発表して、少しの人でもいいから読んでもらえたら満足かな。職業は堅実で趣味の時間も取れそうな地方公務員になりたいと思っているんだ」

 地方公務員! 安定してる。まずは恋人にしてもらって、いずれは結婚したい人材だ。


「もし、なにかの文学賞を受賞したら、どうするの?」

「仮定の話だよね?」

「うん、仮定の話」

「もし受賞できたら、そのときは死ぬ気でがんばって、プロ作家をめざすよ。本当に仮定の話で、実力的に無理だけど」

「無理かどうかなんてわからないよ。わたしたちはまだ高校生で、どれだけ伸びるか本人にも未知だもん」

「そりゃあそうだけどさ。だったら、相生さんもプロ作家になれる可能性があるよね?」

「わたしは絶対に無理」

「絶対とは言えないでしょう? 相生さんがさっき言ったとおり、僕たちはまだ高校生なんだし」

「だって、わたしには作家になりたいという欲が皆無なんだもん。なれないよ」

「皆無なの?」

「皆無だよ。そもそも文章を書くのは嫌い。面倒だよ」

「そんなに読書が好きなのに、書くのは嫌いなの?」

「嫌い。わたしは読み専なの」

「そうか」


 わたしはミルクティーを飲み、森口くんはレモンティーを飲んだ。

「相生さんは将来なにになりたいの?」

「教えてもいいけど、笑わない?」

「笑わないよ」

「本当に笑わない? 突拍子もない職業なんだけど」

「絶対に笑わないよ」

「じゃあ言う。わたしがなりたいのは『発電天使』だよ」

 彼が目を丸くした。

「は? もう1度言ってくれる?」

「『発電天使』だよ。たくさん発電して人類と地球環境を救いつつ、売電でお金を稼いで暮らすの」

 森口くんが声をあげて大笑いした。


「もう、絶対に笑わないって言ったのに! 嘘つき!」

「ごめん、ごめんよ。あまりにも予想外だったから。でも考えてみたら、売電で食い扶持を稼ぐのは、小説家になるより現実的だね。相生さんは発電力が人並みはずれて大きいから、きっと『発電天使』になれるよ!」

「まあ『発電天使』は無理だとしても、百人級を毎日フルチャージしていれば、かなりお金を稼げるんだよ。地方公務員の給料より多いかもよ?」

「そうだね」

「そのためにも、恋愛発電ユニット生成ナノマシンメーカーにはがんばってもらって、安全安心な百人級発電ユニットを完成させてもらいたいの」

「政府も補助しているし、近いうちにできるんじゃないかな」

「そう期待したい。それともうひとつ、必要なものがあるの」

 わたしは森口くんの瞳をひたと見つめて言った。

「なに?」

「発電するための素敵な恋人」

「恋……人……。そうだね、恋愛発電には、それが必要だね……」

「森口くん……」

 目力を強くして、彼をじっと見る。

「好きです。わたしとつきあってください!」


 彼はわたしを見つめ返した。わたしたちは無限とも思える時間、見つめ合っていた。

「僕も相生さんが大好きだよ。そっちから言わせちゃってごめん。僕なんか、相手にしてもらえないと思ってた。だって、相生さんはすごい美人だから」

「整形美人だよ」

「前からきみは美人だったよ。少なくとも、僕はずっとそう思ってた。もちろんいまはさらに美人になっているわけだけど」 

「つきあってくれる?」

「もちろんだよ。よろしくお願いします」

「やった! よろしくお願いしまーす!」

 わたしは森口くんを手に入れた。

 最高の気分。最高の日だ。


「相生さんとつきあえるなんて、夢みたいだ」

「夢じゃないよ、森口くん。呼び方を変えてほしいな。奏多って呼んでよ」

「奏多ちゃん」

「うん。わたしも誠くんって呼ばせてもらっていいかな?」

「もちろん」

「誠くん」

「奏多ちゃん」

「照れるな~」

「照れるね」

「どんなすぐれた恋愛小説を読むより発電できるな~。ドキドキだよ」

「僕も発電してる。ドッキドキだね」

 わたしはさらに強く誠くんを見つめた。

「ねえ、キスして」

「いいの?」

 わたしはうなずいた。


 誠くんが顔を寄せてくる。

 わたしは目をつむった。

 唇と唇が重なる。


 ボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボホボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボホボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボホボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボホボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボホボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボホボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボホボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボホボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボホボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボホボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボホボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボホボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボホボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボホボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボホボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボホボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボホボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボホボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボホボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボホボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボホボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボホボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボホボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボホボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボホボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボホボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボホボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボホボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボホボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボホボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボホボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボホボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボホボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボホボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボホボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボホボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボホボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボホボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボホボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボホボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボホボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボホボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボホボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボホボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボホボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボホボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボホボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボホボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボホボボボボボボボボボボボボ。


 わたしは本当に発電天使になれるかもしれない。

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恋愛発電 みらいつりびと @miraituribito

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