時空超常奇譚4其ノ八. 超短戯話/キツネの小判壺

銀河自衛隊《ヒロカワマモル》

時空超常奇譚4其ノ八.  超短戯話/キツネの小判壺

超短戯話/キツネの小判壺 

 昔々、狡猾なキツネに化かされて困っていた街の人達が若者に言った。

「何とかして、キツネを懲らしめてはくれんか」

 街一番の知恵者と評判の若者は得意げに答えた。

「そんなの簡単だ。賢いオイラがぎゃふんと言わせてやるよ」

 そう言ってキツネ退治に出掛けたがキツネの居場所がわからない。知恵者の若者は、慌てず孫子の兵法に従い焦らずに好機を待つ事にした。


 ある時、若者が裏山でキノコ狩りをしていると、罠に嵌って動けずにいるキツネの姿が横目に入った。キツネは痛々しそうに「救けてくれ」と言いたげな目で若者に訴えている。

 若者は「しめた」と思ったが、キツネに目論見を覚られずに且つ自分が優位に立つ為の作戦として「キツネだ。触らぬ神に祟りなし」と呟いて、急ぎ足でその場を立ち去る仕草を見せた。それに気づいたキツネは、驚いて即座に若者に語り掛けた。

「おいおい、そこのニィちゃん。ちょっと待ってぇな、頼みがあんねん」

 若者は、今度は「キツネの声なんか聞こえない」と声に出しながら一目散に走り出したが、キツネは逃してなるものかと再び言葉を投げた。

「ちょっと待ちぃや、ニィちゃん。ワシが呼んでんねんから、シカトはないやろ?」

 物言いだけが強気なキツネは、言葉とは裏腹に泣きそうな粒らな目で若者を見据えている。

 作戦は着々と進んでいく。更に若者は関心のない素振りを強調し留めを刺した。

「だってさ、お前キツネじゃん。人を騙すじゃん。関わりになりたくないよ」

「そんなん言わんと、救けてぇな」

「嫌だ」

「そんな事言ぅなや」

 キツネの懇願が続いた。こうなれば若者の勝利は間違いない。

「頼むわ。その代わりな、ニィちゃんの「願い事」何でも叶えたる。ワシは神様の遣いやから神の力があんねん、願いは何でもエエで」

「願い事?」

 若者の意志が揺れた。随分と柔らかいコンニャクのような意志だが、所詮は頼まれ事なので仕方がない。

 キツネの「願いを何でも叶える」の言葉はダイレクトに若者の興味を惹き、煩悩が大脳皮質の中を駆け回っている。キツネは神の遣いなのだから、願いを叶えるという事自体は嘘ではないのだろう。

「願いは叶えてほしいけど、こいつはキツネだから騙されないように慎重にしなければいけないな」と若者の本音が声となって漏れた。

「若いくせにエラい疑い深いな」

「当然だ。キツネに化かされた話はそこら中で聞くからな」

「まぁそれは否定せぇへんけど、今回はそないな事はせぇへんわ。救けてもろたら、恩返しせなアカンものやからな。ワシは約束は必ず守る主義やで」

 人を騙すキツネが恩返しをする?と言うのはどうにも胡散臭い話であるが、同時に当初の目論見を忘れそうになる程の破壊力を持っている。若者は身構えながらキツネに問い掛けた。

「おいキツネ、本当に願いを叶えてくれるのか?」

「ホンマやて言ぅてるやん」

 その俗欲の詰まった魅惑の言葉を跳ね返すのはかなり難しい。既にキツネを懲らしめる当初の目論見などどこかに飛んで消えてしまっている若者は、罠からキツネを解放した。キツネの言葉は若者の思考回路を抱み込んだままだ。


「ほんで、願いは何や?」

「えぇと……難しいな」

 欲に塗れた若者は、願い事を考えながら「願いを叶えてもらうという事が簡単なようで簡単ではない」事に気づいた。何故なら、叶えて欲しい願い事は1つではないし、神の力で願いを叶えてくれるのだとすれば1回こっきりでは余りにも勿体ない。出来る事なら、打ち出の小槌のように半永久的に願いが叶うアイテムを出してもらいたい。

「願いは何でもエエで」

「本当に何でもいいのか?」

「エエよ」

「嘘じゃないだろうな?」

「ひつこいな。何でもエエて言うてるやん。願いは何やねんな?」

 若者は執拗に念を押した後で、願い事を言った。

「願い事が沢山あり過ぎて、1つだけなんて難しくて言えないんだよ。取りあえず、好きな時に好きなだけ願いが叶うってのを叶えてくれ。打ち出の小槌みたいな半永久的なアイテムを出してくれるだけでいい。それがオイラの願いだ」

 神の遣いは嘆息したた。

「若いくせに、随分欲張りやな」

「違う。現実的で賢いだけだ。何せ、オイラは街一番に賢いからな。それとも神の遣いなのに不可能なのか?」

 若者は猜疑の目で見下げるように神の遣いを凝視した。神の遣いに不可能などある筈はない。

「まぁ出来ん事はないけどやな、余り欲を掻き過ぎるとエラい目に遭ぅたりするで。大欲は無欲に似たりて言葉知らんか?」

「煩い。偉そうに言うな」

「まぁエエわ。この『キツネの小判壺』をお前にやる。打ち出の小槌のように幾らでも願いを叶えるちゅう訳にはいかへんけど、これは3つの願いが叶うアイテムや。この壺の中に3枚の小判が入っとる。1枚で1つの願いを叶えてくれるんや」

「何だよ、それ?」

「ワシらキツネが人間を化かす時に使うアイテムや」

「なる程、聞いた事がある。昔話で、小狐が手袋を買いに行って使ったやつか?」

「あれは葉っぱやけど、まぁ似たようなもんや」

 能々よくよく考えてみれば、神の遣いが何故人間如きの仕掛けた罠に嵌るのか、何故自力で外せないのか不思議と言えば不思議だが、俗欲の若者はそんな事には興味を示さず、唯只管に3つの願いを叶えられる壺に興味を示している。


 最後に、キツネは念を押すように言った。

「但し、取説事項を二つだけ言ぅから良ぅ聞きや。一つ、キツネの小判で同じようなアイテムを出すのはアアカン。AIが重複要目おなじものやと判断したら反応せん。もう一つは、その壺から出したものは全て1時間で消えてしまうから、そのつもりで慎重に願いを言わなアカンで。絶対に例外はないからな」

「1時間で消えるのか、ケチ臭いな。もっと・」

 若者の愚痴など聞く事もなくキツネは姿を消した。


 若者は『キツネの小判壺』を家に持って帰り、じっと眺めながら考えた。半永久的でないとは言え、3つの願いが叶うのだ。男は、それならと金を出してみようとしてやめた。壺から金を出しても1時間で消えるのだ。時間制限とは何ともケチ臭いが、 願いを叶えるにはその条件に従うしかない。しかも1時間で消える金を無闇やたらと使ったら詐欺罪で逮捕される事は目に見えている。時間制限ありで上手く使う事は出来ないものか、慎重に考えなければならない。それにしても、無から有を生むというこの小判壺の理屈は物理学上どう説明されるのだろうか。

 興味津々で壺の中を覗いてみた。中は極端に狭い空間で、そこに3個の黒く丸い塊が置いてある。きっとそれがキツネの言っていた『小判』なのだろう。

 若者は何に使おうかと熟考した末に、「決めた」と呟き「壺よ、1億円を出せ」と叫んだ。一旦はやめてみたものの、やはりまずは金を出すに限る。本当なら1兆円と言いたいところだが、小判壺から出したお金は1時間で消えてしまうのだから、1兆円など出しても使え切れないに決まっている。


 男の叫びに呼応して、目の前に銀行の帯の付いた一万円の札束が現れた。札束は100個あり、調べたが一万円は本物のようだ。物理学に反している事はこの際だから無視する事にした。

「1億円でブランド品を買い捲ってやろう」

 銀座のブランドショップを回った若者の家に、ブランド品が所狭しと並べられた。その殆どは、若者の趣味であるトレッキングのアウトドアブランド品。運ばれる品物の数に隣家の人々が不思議そうな顔をしたが、若者はそんな事など歯牙にも掛けずに「あと2つか……」と願い事を考え続けた。


 翌日、考えるのに疲れた若者はこれでもかと揃えたトレッキング用品を身に着けて、初級者向けの山登りに出掛けた。その山は、歩行距離約12キロメートル、標高約 900メートルの通常5時間程度の初級登山コースで、頂上付近では当然のように滝を見る事が出来る。

 若者は、新品のブランドトレッキング用品に浮かれ、初級者向けコースに油断してもいた。そのせいで、コースの山道から足を滑らせて崖から谷底へと滑り落ちた。突然の事故に気が動転し慌てたが、幸いにも崖に突き出た一本の木の枝に掴まり、片手で身体を支える事が出来た。

 谷は思ったよりも深く、落ちれば唯では済まないだろう。救けを呼ぼうにも人気ひとけは全くない。どんなに初級者レベルと言っても山に簡単なコースなどない。そんな事は百も承知だったが、こうなっては仕方がない。最悪は死を覚悟しなければならないだろう。若者がいつ谷底へ落ちるか、それは時間の問題だ。


 どうにもならない緊急事態の中で、若者はキツネの小判壺を思い出した。理屈としてはあの壺で願いを言えば必ず叶う筈だ。

 問題はその壺が自宅に置いたままで手元にない事。ここから願いを言って、果たして届くかどうかわからない。やってみる価値はある、何故なら願い事は未だ2つ残っているのだから。

「駄目だ……もう腕が限界だ」

 若者は壺の置いてある自宅方向にあらん限りの声で叫んだ。

「壺、救けて・」

 その2つ目の願いの言葉も空しく、若者は限界を超えて真っ逆さまに谷底へと落ちた。途中までは意識があったのだろう、生死を分ける極限の状態にも拘わらず、遠くに見える逆さまの山脈のロケーションが自棄やけに美しく見えた。後は覚えていない。

 

「ここは天国か?」

 若者は、どこにいるのかわからないシチュエーションで目覚めた。流石にあのまま地獄行きというのは余りにも悲惨だ。

 しかし、どうやらそうではないらしい。若者は未だ何とか生きているようだ。そこは、暗く極端に窮屈な空間だ。周りには何も見えず、そこがどこなのか見当も付かない。緊急事態は続いている。

 若者は見えないながらに周囲に目を遣った。暫くすると上空から光が差して来た。その光でその空間が見えた瞬間、若者はそこがどこなのかを理解した。数日前に覗いたキツネの小判壺の中だ。

 壺の中とは夢にも思わなかった。まさか壺に瞬間移動するとは驚きだが、何はともあれ救かったのは間違いない。

 壺の中には残り1個のキツネの小判がある。願い事は未だ1つ残っているのだから、それで外に出れば良いのだ。それが最後の願いになってしまうのは惜しい気もするが、所詮は貰ったものなのだから良しとしよう。

「壺よ、ボクを外に出せ」

 若者は、ようやくく自分の部屋に無事に戻る事が出来た。既に、部屋には『キツネの小判壺』の姿はなかった。願いを叶え終えて消えたのだろう。大変な思いはしたが、こうして戻れたのだから結果オーライだ。

 安堵感が全身を包む。自分の家とは思えない程の静寂の波が押し寄せる。冷静になっていく思考の中で、若者は何か大きな違和感に気づいた。キツネに何か大切な事を言われたような気がするのだ。

 神の遣いの声が蘇る。

『その願いで出したものは、全て1時間で消えてしまうから、そのつもりで慎重に願いを叶えなアカンで。絶対に例外はないからな』

「あっ・」と若者が叫んだ。


 遠くでキツネの声がした。

「4枚目の小判ゲットや。2つ目の願い事で必ず壺の中に移動するようにしてある事に気づく欲に眩んだ人間はおらんからな。人間はホンマにアホやな」


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