後編⑸ 朝食!

 朝食はパンケーキ。

 外はすっかり朝日が満ちてポカポカだ。アタシも上着を脱いでいつもの格好になっていた。


「そう言えば、街の中に外のニオイが入って来ないですね」

「外の? あぁ、花を驚かせてしまいましたか。ここは『花の街』ですからね。花粉やニオイを吸収する素材が、街の外壁や家にも使われているんです。何よりも入り口に森に向けて風車が回っていて、ニオイの侵入を防いでくれてます」

「ここって花の街って名前だったのね」

「あはは、看板凍ってたからやっぱり気づいてなかったね」


 ズーズーがニオイが来ないことを不思議がりながら、もう何枚目か分からないパンケーキに手を付けている。

 彼の前にはお皿の塔に、飾られていたさくらんぼの種の山。


 賑やかだった朝食会もずいぶんと落ち着いて、今ではズーズーのお皿積み上げチャレンジに変わっていた。沢山あると言った沢山の量が本当に山のようで、ちょっとした大会のよう。

 街のにとって朝がどれだけ待望だったのか、それだけでよく分かった。


 ポケット達もみんなでテーブルを囲んでいるけど、食べてる途中でもウトウト眠ってしまいそうだったから、家に帰ってママ達と二人の時間を過ごした方が良さそうだ。


「これからは朝寝坊もおやすみも、一緒に迎えてあげてよね」


 アタシは最後にそうお願いする。

 子ども達の様子も落ち着いて街のみんなが朝食会の準備に戻った後、アタシ達は暗幕カーテンが開いたママ達に、街で初めてポケットに出会ってからの出来事を話した。出発前にはポケットしか出会わなかったけれど、置かれていた状況は他の子ども達も似ていたと思う。


 子どもだけで家で待っていたこと、探しに出ようとして街の大人に止められてたこと、アタシとズーズーが街に着いた時に、ポケットが飛び出してきて助けを求めてきたこと。

 ズーズーのリュックはアサの花の下に置き去りで、ノートはなかったけど、それくらいは覚えていた。


 やっぱり、ママ達はみんな暗幕になったことをよく覚えていなかった。

 でも、子ども達へまっすぐ向けられなかった感情が、暗幕を閉めることに繋がったことは分かったみたい。


「迷惑かけてごめんなさい」


 そして、朝だけどおやすみとポケット達を見送ろうとしていたアタシに、そうママ達は頭を下げた。


 ……アタシはこういう時、怒る。


 だって、朝食会が終われば、収穫者のアタシ達は街を離れる。おやすみなさいなら、もう会わない。

 アタシの好きな物語の主人公は、こんな素敵な朝食を食べたなら笑って最後のページを迎えるんだから。

 だからアタシは席から立ち上がり、腰に手を当て胸を張って言うんだ。


「ねえ、おやすみなさいの前に聞いて? アタシの名前はピッカ。ピッカピカのピッカ! アタシが嫌いなモノが何か、当ててみて?」


 ポケット達もママ達も不思議そうに首を傾げた。

 アタシは茎が二つくっついたさくらんぼを指で摘んで、額の前にかざす。


「わかるかしら?」

「ピッカねーちゃん、さくらんぼがキライなの? いっぱい食べてたじゃん」

「ブー、さくらんぼは好きよ? アタシが嫌いなのは、このくっついたさくらんぼの茎みたいなカタチに曲がったマ・ユ・ゲ、よ!」


 ふんすと鼻を鳴らす。隣のズーズーがおかしそうに噴き出すのが聞こえた。

 彼はポケットに「わかった?」と声を掛けているけど、ポケットの頭にはハテナが浮いて見える。クスクス笑いながら、ズーズーは近くの子にそっと耳打ちした。


「あー!」


 パッと目を輝かせて、子ども達同士がヒソヒソと伝言を回し、最後に自分のママに伝える。

 ハッと瞳をを大きくした後は今度はママ達も笑っていた。


「ありがとう、ピッカちゃん」

「ありがとう! おやすみピッカねーちゃん、ズーズーにぃちゃん」


 そのセリフに満足し、アタシはニッと頷く。

 そう! 嬉しい時は笑ってないとダメ、アタシはそう思う。


「どういたしまして」

「大団円、だったかしら? これでこそよね、ズーズー」

「ふふ、言わせちゃうのがピッカだね」


 二人顔を見合わせて笑う。

 子ども達は眠い目をこすり、ママ達にもたれかかりながら家に帰っていき、テーブルにはアタシとズーズーの二人になった。

 パパとおじいちゃんは早々に食べ終わって、外の様子を見にっている。もちろんマスクをつけて。

 これはそう、ちょっとしたチャンスだわ。


「ところでズーズー、アタシは手のケガが痛くて上手くフォークが握れないの……です」


 なんだが言いかけて恥ずかしくなって、使えもしない敬語が出るけど今は無視。

 顔を隠したくなって、手のひらをズーズーに向けてやっぱりなんでもないと突き出す。


「あー! 早く言ってよピッカ。まだあんまり食べれらてなかったんだね。クリームとチーズ、あとソーセージもあるけど、どれがいい?」


 最初は不思議そうな顔をしたけど、ズーズーは空いた皿を用意してアタシに聞いた。


「……クリーム」

「ちょっと待ってね、ちょっと薄めの……あった」


 それからズーズーは更にパンケーキを乗せ、クリームをトッピングする。

 アタシはもう上着は脱いでいるけど、冷えたジュースを飲み、氷をそのまま口に含んだ。顔が熱い。あ、氷が口に入ってたらパンケーキ食べられない。ガリガリとかみ砕く。


「そんなにお腹空いてたの?」

「違うわよ?」

「ふふ、すぐできるよ。薄めのパンケーキにクリーム塗って、フルーツ置いて、くるくるっと」


 くるくるっと?

 ズーズーはパンケーキを筒状に丸めて、ナプキンで手で持つ部分を包んでからアタシに渡した。


「はい、これなら手で持って食べられるから痛くないよ。クレープにするにはちょっと太いけど」

「……サッスガズーズー、アリガトウゴザイマス」

「なんだか変な声だけど、そんなに痛いの?」

「違うわよ」


 ホント、賢いのにバカなんだから。

 彼から手渡されたパンケーキは、果物がちょっと酸っぱく、でもクリームがとっても甘くて、美味しかった。





「お、片付けしてたのか?」

「ならちょうど良い。終わったら街を出るかぁ」


 食べ終わって、街の人達と片付けをしていると、パパとおじいちゃんが戻ってきた。

 セリフは当たってるけど、見ているのはまだ手付かずのズーズーの席。あのお皿は片付けるために重ねたんじゃないの。


 二人は花のところに置き去りになっていた彼の棚……になってしまったリュックや、外したアームなんかを回収してきてくれていた。

 中を確認すると、アタシとズーズーのノートも雪解けで濡れたりせずに無事だった。


「ありがとうパパ、おじいちゃん」

「あいよ。まぁ置きっぱなしにはできんからな。坊主、お前ぇさんこの棚どうすんだ?」

「……」

「めんどくさいヤツだな。リュックどうすんだ?」


 おじいちゃんが肩に担いできたをまだ棚じゃないと無言で主張するズーズーに、アタシもおじいちゃんもちょっと呆れた表情を向けるけど、リュックという訂正に彼は満足そうだ。


「一度家に帰って修理しますよ。ルドルフさんの攻撃受けて歪んだりしてますし」

「歪んだだけなのが異常なんだがな。なぁ、あの外れた腕貰っていいか? ワシも手甲の素材が必要なんだが、ちょうどいい」


 パパが持っているリュックに付いていたアームを指さしてから、おじいちゃんが手甲の外れた拳をゴチンと合わせた。

 その問いかけに、ズーズーはすぐには返事せずに考え込む。

 

「荷物、パパが大きい方持たなかったんだね」

「そりゃあ、豪腕のルドルフ様だからな」

「腰が痛いって持たされたんだよ」


 三人で話しながらズーズーの返事を待つ。ズーズーにとって大事な道具だもの、悩んで当然よね。


「……もう争わないのならいいですよ」


 そう考えていたら、彼の口から出た言葉は全然違った。アタシはその言葉に驚くけど、おじいちゃんはなんだか嬉しそうに笑っている。


「クハ、ピッカにワシを怒らせないように言っとけ」

「大丈夫よ、おじいちゃんなんだから!」

「ふふ、そうだね。なら外したサイドアーム二本は持って行ってください」

「ああ、ありがとうよ」


 ズーズーはなんでもないように頷いて、片付けに戻った。

 なんでまた争うのかしらと首をかしげていると、頭にポンとおじいちゃんが手を乗せた。機嫌が良さそうに見える。くしゃっと軽く撫でてから、何も言わずに作業に戻った。

 に触れて、少し痛かった。





 しばらくかかって、朝食会の片付けは終わった。

 賑わっているような気もしていたけど、終わってみると街の大人達もみんな疲れているように見えた。あくびをしている人もいる。

 やっぱり、ずっと朝が来なくて不安な日が続いていたのは、子どもだけじゃないんだろう。


「ごちそうさまでした! すっごく美味しかったわ!」

「すっごく美味しかったです!」


 長居するよりゆっくり休んでもらおうと、アタシ達は出発することにした。街のみんなに改めてパンケーキのお礼を伝える。

 まだアタシの服からも良い匂いがした。


「はっはっは! あれだけ食べてくれたキミたち二人がそう言ってくれるなら、こちらも腕に自信が持てるよ」

「ホントにそうね」


 大人達はアタシ達の言葉に満足そうだった。


「ご馳走様でした。アサの花が次のつぼみをつけるまで、しばらくは一日のサイクルが保たれるでしょう。でも、良かったのですか? 咲かせ方は自体は失敗だったのに、報酬がそのままで」

「もちろんです。そもそも今までだって、すごいニオイで駆け込んでくる収穫者ワーカーはいましたし。それに今回は、あなた方が来てくれなかったら朝を迎えられなかったかも知れません。本当にありがとうございました」

「そうですか、ではありがたく頂きます」

「花の周辺は、まだ収穫のゴタゴタで地面が柔らかいところがあるから気を付けてくれ。ならしはしたが、一度雨が降って固まるまでは一人では出歩かない方がいい。もてなし、感謝する」

「分かりました。注意を促し、街の出入り口にしばらく人を立たせましょう」


 いざ出発となってから、大人たちの話は長い。

 見送りに来てくれていた人達との話もなくなって、ポケット達も寝ているし、なんとなくアタシとズーズーは入り口の近くで待っていた。

 ズーズーはリュックのバンドを付け直して、今は背負っている。


「まだ家を出てそんなに経ってないのに、リュック背負ってる方がズーズーらしいって思えちゃうわね」

「そう? 今回も大変だったからね」

「大変? ……そう、かもね」


 アタシは今回は助けられてばっかりだった。最期の最期、ポケット達のあの呼びかけだって、どうなっていたか分からない。

 振り返ると、たくさん下を向いた気がする。

 見上げると、高い高いアサの花が眩しく朝日を届けてくれていた。なんだか目に染みた。


 ぽつ、と中途半端な返答をしてしまったアタシに、彼が視線を向けているのを感じる。スッと目だけ向けると、絆創膏を貼ってくれた時と同じ表情。

 彼は、何も言わない。

 もう伝えたよって顔、それくらい分かってる。


「――もう!」


 パンッと、アタシは頬を叩いた。痛い! これも何度目か分からない。


「ええ?! ピッカ何してるの?!」

「いいの。ズーズー! 大人の長話を待っている暇はないわ! 行きましょう!」

「えぇ!?」

「おじいーちゃーん! いっぱいありがとう、またね! パパー! 先にズーズーの家に帰るわ! 行きましょう!」


 アタシは大声で大人達に呼びかけた。叫んだ後で、ポケット達が起きたかもと後悔したけど、無視。

 パパ達の反応も待たずに、そのままズーズーの腕を掴んで走り出す。

 一気に出入り口を抜けた。

 あ、臭い! 忘れてた!


「ピッカ、はい!」

「――! さっすがズーズー!」


 彼が空いた手で渡してくれたのは、マスク。二人とも素早く着ける。

 言葉の要らないやり取りに、気持ちが高揚する。


「ズーズー、また新しい朝に向かうわよ! そのために、準備をしっかりしましょう」

「ハハ! そうだね!」


 アタシは走り続けた。

 たくさん悔しかった。でも、最後は嬉しかった。


「思いついた! ズーズー、終わり良ければ全てヨシ!」

「ピッカそのセリフはもうあるよ! セリフじゃないかも!」

「あら? でも、それなら使うシーンは間違いないわね!」

「そうかも!」


 並んで走る足が軽い。マスクで少し苦しいけど、心地よい時間だった。

 単純かしら?

 隣の聞き慣れた足音で、もう次の朝が楽しみなのは。


「ありがと、ズーズー」

「マスク? こちらこそ。街で貰っといたんだ」


 リュックを背負ってアタシの隣を走るズーズーは、ちょっと苦しそうだ。

 少し速度を緩めると、ホッとした表情が目元だけで分かる。

 それが嬉しい。ありがとうの意味はちょっと違うけど。


 まだ二人で一人前。

 だから、また二人で朝を収穫しよう。

 ううん、一人前になっても、ずっと二人で朝を迎えるのだ。

 言葉にはできないけど、アタシはそう誓う。

 アタシの、アタシ達の願いのために。


 さぁ、次なる朝に向けてまずは準備ね!





 ――グッドモーニング・ハーヴェスト2 END――


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グッドモーニング・ハーヴェスト! 2 つくも せんぺい @tukumo-senpei

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