後編⑷ 収穫!
段々と耳鳴りがおさまってきて、アタシ達の走る音、
このままポケット達が待つ街まで連れ帰って、暗幕が開いたらすぐ会えるようにしてあげたい。
背中側から差す光が強くなってきて、アサの収穫がもうすぐなのが感じられる。
雪もいつの間にか止んでいて、寒さも和らいできていた。
けど、感覚が戻ってきていると同時に気づいたこともある。
「ねぇ! ちょっと臭くない?!」
「それもあるが、朝日で影が伸びてきて
「どうしてあんな風になるの?」
「知らん。ワシら
大人二人も問題なくアタシ達の横について走っていた。
さっきよりも背中側から伸びる暗幕の影が長くなっていて、パパとおじいちゃんが順にアタシとズーズーに注意を呼び掛けていく。
「あれが寝起きっていうだけで済ませるなんて、大人ってすごいね」
「そうかも。ズーズー達はどうやって下に飛び降りたの?」
「そのまま木の幹にしがみついて降りてたよ、信じられない」
ドコォー? と、さっきまで響いていた呻きも、今では悲鳴のような叫びに変わっていた。何度も振り向きたくなるけど、追いつかれるわけにはいかないから振り返らず速度を上げていた。
その様子をなんともないように寝起きと言ったり、足場から飛び降りても難なくケロッとしている一人前の収穫者に、ズーズーもアタシも驚いてばかりだ。ホント、信じらんない。
「マッテェ――――! マッテェー! アイシテェェェルーーー」
「ドォシテェェェェェ!」
「イヤァ……イヤァーーーー!」
そんな大人二人の余裕の表情に、アタシも冷静になって耳を傾けると、悲鳴のような叫びの中身は、最初と何にも変わってなかった。夜が深まっても、夜明けが近くても、根差した感情は同じ。
自分の子どもへの愛情と、ためらいと、向き合うことへの怯えだ。
「大好きなのに
それは愛があるからだと、ママが言った。
でも幕がかかる前に伝えればいいのにと思うのは、アタシが子供だから?
「見て! 街が見えてきたよ、ピッカ」
そんなアタシの耳に、彼の明るい声がする。街の灯りが見えてきてホッとしたのね。今の相棒は、背中にリュックがなくて、問題なくアタシ達の速度にも付いてきていた。
アタシの疑問に、彼なら何て言うだろう?
「どうしようピッカ」
聞いてみようかなと思ったら、それよりも一言前と全然違う彼の焦った声。
「なにが?」
「やっぱり、臭いよ! このままだと街までニオイが入っちゃう!」
……臭いわね。違う、マズイわね。
アタシの疑問を打ち消す大問題を、相棒は思い出させてくれた。
ホントに。感動の再会がこんなに素敵なニオイなのは、なんともいただけない。
「パパ! おじいちゃん!」
「……」
サッと、二人は目を反らした。
少なくとも一人は、格好良く言っていた。
「ニオイを出さないのがプロって言ってた!」
「言ってました親父殿!」
「ハウンド、お前まで便乗すんな! 悪かったよ、他に思いつかなかったんだ! 小さいのまで臭いなんてのは知らん!」
「ズーズーなんとかして!」
「ええ!?
「もう! でも、まずは街に無事に着かないと!」
何も解決しないまま、アタシ達は暗幕とニオイから逃げ続けるしかなかった。もう朝と呼べるくらいに明るくなっているけど、
目の前の木々に終わりが見えて、街の入り口が確認できるくらいに近づいてきていた。
「暗幕が開かないのって臭いからじゃないよね!?」
「ありえなくはない。ワシたちが臭いって騒いでるのもマイナスの感情だからな!」
「でも臭いですよー!」
「もう街に着いちゃう!」
「親父殿とオレで足止めしますか?!」
「バカ言うな! ここまで取り乱されると数が多い分手に負えん。丸腰だと下手したらケガじゃすまんぞ!」
誰も解決策は持っていない。街に飛び込む選択肢以外にできることはなかった。
でも、明るくなって誰か外に出ていたら? 暗幕が開いてなかったら?
襲われたら守れるかなんて分からない。
なら、できることはないの!? アタシは必死で考える。
アタシの強みは……?
「みんな!! アタシが先に街に行って、外に出てる人が居たら家に入るように伝えるわ!」
「ピッカ、先走るな! オレがっ」
「大丈夫! アタシはまだ、速く走れる!」
パパの言葉を遮って、アタシは歯を喰いしばって速度を上げた。大丈夫、アタシの長所はすばしっこさだ!
三人も暗幕達も、ニオイだって置き去りにして、アタシは街に飛び込んだ。
誰か起きて外に出てきているかも、そう予想はできた。でも、アタシの目に飛び込んできた光景はそんな予想を遥かに超えるものだった。
◇
「あ! ピッカねーちゃん、戻って来たんだね」
「ポケット、それに街のみんなも……どうして?」
街の入り口入ってすぐの広場には、街の人全員なんじゃないかって程の人が集まっていた。まだ雪もとけてないのに、大人たちはニコニコと長テーブルを外に並べている。それに何だか良い匂い。
すぐに走り寄ってきたのはポケット。同じくらいかもっと小さい子供たちがつられて走って来る。ポケットと合わせて五人、
息を整えながら、アタシは街の様子を確認する。
「もしかして、この子たちもママを待ってるの?」
「そうだよ! あれ? ピッカねーちゃんぼくのことしか知らないのに。やっぱりお母さん居たんだね! 森の空が明るくなってきたから、ピッカねーちゃん達がお母さんと帰ってくるって、みんなで街中起こしたんだ!」
「そうだよ! 近所のおじちゃん達がみんなで朝ごはんにしようって、テーブル出したり、あっちの家でもこっちの家でもパンケーキ焼いてくれてるの!」
ねーっと、子ども達は顔を見合わせて笑っている。寂しかったはずなのに、楽しみばっかり口にして。
「街中ですって?!」
アタシより小さいポケット達の興奮した様子と行動力に驚きながら、残された時間でこの状況をどうするか考えていた。けど、これだけの人数を家に戻すのは無理だ。
それに、この子達をガッカリさせたくない。
街のみんなの夜明けを、曇らせたくない。
考えるんだ、ポケットや街の人達のピッカピカの夜明けを。
無理矢理起こした臭いアサの花、街に広がるパンケーキの香り。
苦しむ
みんなで朝ごはん。たくさんのテーブル。街中の大人が忙しく準備している。とっても賑やか。
……うん、ある! 試せること!
アタシはヨシッと頬を叩いた。痛い!
「ポケット! みんな! ママに早く会いたい?!」
まずは子ども達に、元気に明るく呼び掛ける。
「会いたいよ! もう帰ってきてるの?」
口々に会いたいと言って、こっちを見てくれた。
大人達の視線も、どうしたのかと何人かこっちに向いてくれている。
アタシはヨシと、子ども達に大きく頷いた。
「ならみんな手伝って! すみませーん! ちょっとテーブルをあっちに並べたいから、おじさん達も手伝って! もうすぐ別の
朝食の会場づくりをしていた大人達に、アタシは大声で呼び掛ける。
朝の収穫はできたんだ。ならみんなで笑って朝食にするのが、今のアタシの仕事よね!
◇
並べられたテーブルは五台。四人用、六人用、丸に四角にバラバラの形。街の入り口から見て横長の配置した。
もし暗幕が手を伸ばしても届かないようにって思いついたけど、どう見てもテーブルよりも隻腕の腕の方が長かった。
でももう時間がないから、後は戻ってくる三人を信じるだけ。
「もうすぐみんなのママが、アタシのパパ達と街に帰ってくる! でも、まだママ達は眠くって機嫌が悪いから、みんなのおはようでちゃんと起こしてあげましょう!」
なにそれと何人かの子どもが笑っている。そんな中、ポケットだけはアタシのその呼びかけに顔を曇らせた。
「ピッカねーちゃん、やっぱり母さんあのバケモノに……」
「ポケット、それは違うわ――」
ポケットに向き合おうとした時、「来た!」と、大人達の声が次々に街に響く。
パパ達が来たらテーブルの位置より後ろに下がるように。そう先に打ち合わせしていたから、混乱したりはしない。
力自慢の大人二人だけ、テーブルを盾にできるように残ってもらった。
テーブルは五台、残りテーブル三台を支える力自慢は走ってきてる。
「なに、アレ! ママじゃない!」
「バケモノ!」
ヒッと、悲鳴のような子ども達の声がする。
その雰囲気を断ち切るために、ダン! と、テーブルの上に立つ。もちろん「お行儀悪くてゴメンナサイ!」と言いながらよ。
アタシは相棒と家族に届くように、息を目一杯吸い込んだ。
「みんな! こっちで子ども達に朝のあいさつをさせたーい! できる!?」
アタシが乗っていることで、テーブルがあること。後ろに子ども達が居ることは伝わるはずだ。ズーズーなら、パパなら、初めて会ったおじいちゃんでも、家族なら。
「「「わかった!!!」」」
ほら、サイコーの返事だわ。
三人は速度を上げる。先にパパとおじいちゃんがテーブルを飛び越えて、すぐに反転。
「すっごい足長い!」
「もう! 言ってる場合じゃないわズーズー! アタシの真下スライディングと、手!」
「了解!」
アタシが乗っているテーブルは四角の四つ足。その下ズーズーは滑り込んだ。アタシはしゃがんで、彼が出てくるタイミングに合わせて手を掴んで勢いを殺す。ズーズーはそれに合わせて身体を捻って起き上がった。
「シールド!」
指示したのはおじいちゃん。街の大人と合わせた五人がそれぞれテーブルを立ち上げ、
一つ足の丸テーブルをおじいちゃんとパパが受け持って、残りの四角の四つ足テーブルを支える三人は、板に身体をくっつけて押し負けないように踏ん張った。衝突音が大きく響き、子ども達の悲鳴が上がる。
「ピッカ、そんなに耐えられないよ!」
「分かってる! でも、お願い」
「大丈夫! それも分かってる!」
ズーズーとの短いやり取りが、焦りそうになるアタシのスイッチを入れ直す。
ふっと短く息を吐いて、柔らかく、街に着いた時にポケットを抱きしめた時みたいに、アタシは子ども達に笑顔を向けた。
「みんな聞いて。大丈夫。
「あんなのママじゃない!」
泣きそうになりながら、子ども達は否定する。
アタシは首を横に振って、一人一人の頭を撫でて、ポケットの前で膝をついた。手を握る。
「違うよ。ママ達はね……ポケット達が大好きだから、でもそれを伝えるのが怖かったから、夜が寂しくて
アタシよりも幼い子どもには、ちょっと難しいかも知れない。けど、ポケットをまっすぐ見つめた。
好きって伝えるのは、誰だってドキドキする。アタシだってそうだもの。
いっつも一緒に居るのに、時々伝えてる気もするけど、毎回照れてしまう。そんな相棒。家族にだって変わらない。
「ドキドキ、する」
「でしょう? ポケットのママも、みんなのママもそうだったの。だから、ちゃんとみんなからも伝えましょ!」
「……わかった!」
ポケットもみんなも、しっかりと頷いてくれた。後は、起こして朝ごはんだ。
「よし! いくわよ。せーの、おはよーう!」
「おはよーーーう!」
子ども達の声が大きく響く。
「ミィツゥケタァァッァァッァァァァッァーーー!!!」
そして絶叫のような、歓喜のような、
テーブルのシールドの上から伸びてくる長い腕。寸前でポケットを引っ張り避ける。
守る大人達とズーズーの呻き声と共に、テーブルがジリジリと暗幕に押されてしまっていた。正面で向き合っているのに止まりもしない。崩壊しかけているからか、自分の子どもだからなのか、必死に掴もうと長く伸びた隻腕を何度も振るってくる。
「うう、抑えきれない……!」
ズーズーの苦しそうな声。
ポケット達もショックで固まってしまった。そんな……失敗した? どうしたらいいか、ぐるぐると考える。考えないと、そう思えば思うほど、アタシは焦ってしまっていた。
「今の声、お母さんだった!」
自分の目の前に伸ばされる腕を見つめて、ポケットがそう言った。
他の子たちも口々に母親の声だったと騒ぎ出す。
「そうだ! 坊主ども。お前ぇさん達だって親から起こされて一回で起きられなんてしないだろうが? 何回でも呼んでやれ!」
「その通り! コラッ、ピッカ。お前が一回で諦めてどうする! 暗幕なんて無理矢理こじ開けてしまえ!」
おじいちゃんにパパがアタシ達を鼓舞し、一緒に支える街の大人達が大きく頷く。
「ピッカもう一回!」
「分かってる! みんな!」
「うん!」
「ハウンドォ、増幅!」
「言われなくても!」
せーの、そう掛け声を放つと同時に、子ども達は
それぞれがバラバラに。それぞれのママであるはずの暗幕に。
止めなきゃとは、なぜか思わなかった。悪い予感はしない。それどころか、意識が研ぎ澄まされて、スローモーションみたいにゆっくり見える。ポケットの少し後ろを追いかける。何かあってもその時に防げるとさえ思えた。
「クハ! オラァ! 」
一番早く反応したのはおじいちゃん。テーブルを押し返して、
「大丈夫! 行って、みんな! まっ正面から抱きしめて伝えるの!」
「お母さん! 朝だよ! 目を覚まして!」
「さぁママ達みんな、とっくに朝よ! おはようございまーす!」
「―――ッ!」
ポケット達が暗幕に跳びついて抱きしめる。その後ろから、アタシの朝の呼び声を、暴言であるパパの能力で増幅し、響き渡らせる。
抱きしめられた暗幕は、そのまま後ろに倒れた。
ドサリと地面に倒れる音がすると同時に、影のような身体は砕け黒い霧になり、とっくに朝を迎えていた空に昇って消える。
さっきまで黒く大きかった体も、隻腕だった腕も、顔に掛かっていた暗幕もなくなって小さくなった。けど、子ども達よりも確かに大きな母親。
戻ったんだ。終わってみれば、驚くほどにあっさり。
子ども達は、母親を抱きしめたまま、声を上げて泣いていた。
仰向けのまま倒れた母親たちは、不思議そうに、でも申し訳なさそうにそっと子ども達を撫で続け、無言のまま涙を流している。
最期の最期、
子ども達の必死の叫びを聞いて、きっと正面から愛情を伝えたかったし、感じたかったのかも知れない。
だから今、ちゃんと向き合っている。
その光景に、アタシは少し寂しくなったけど、良かったと心から思えた。
「あー、疲れた」
「オレもです」
やれやれと、パパとおじいちゃんが地面に腰を下ろしている。
アタシは今回、助けられてばっかりだった。
一人前にはまだまだ遠いわね。
「やったねピッカ」
「うん、そうね」
ズーズーがアタシの隣で、ポケット達をホッとしたように見ていた。
いつもだけど、今回は本当に彼に助けられた。そう思って頷くと、グォォッとすごい音が彼から響く。もう手ぶらだし、道具の故障じゃない。
単なるお腹の虫の音。
「あはは、ゴメン。ずっといい匂いがしているからさ」
「ふふふ、そうね。流石ズーズー」
「え、どういう意味?」
「そのままよ。ポケット、みんな! ママ達と街のみんなと朝ごはん食べましょ! ズーズーのお腹の音は、アタシのパパの声より大きいわよ」
「あ、ヒドイ」
涙に濡れる感動の再会だったけど、アタシ達を見て、みんなが笑った。パンケーキの香りと笑い声が心地良い。アタシにはこっちの方が良いわね。
ホント、流石ズーズー。
言葉にはしないけど、アタシは相棒に感謝した。
アタシもママとこうやってまた笑い合いたい。強くそう願った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます