後編⑶ 爆発!

 アタシ達は足場の四階に無事集まった。風に流されたのか、もう臭くはなくなっている。ここまで上ると、しっかりとお互いの顔が見えるくらい明るかった。みんな、なんとなく疲れているように見える。


「さぁ、朝を咲かせましょう! おじいちゃん、どうすればいいの?」


 そんなんじゃ気持ちの良い朝は迎えられない! アタシは胸を張ってみんなに掛け声をかけた。と言っても、やることは全然わかってないんだけど。

 そんなアタシにおじいちゃんはフッと気の抜けたような笑みを返した。


「元気だねぇ。そうだな、まずは袋を作る。坊主、を剥いで袋にしてくれ。骨組みはこっちで使う」

「わかりました」

「ハウンドは暗幕カーテンが来ないか見ててくれ」

「大丈夫だとは思いますが、了解しました」


 ズーズーが回収してきた傘をテキパキと分解していく。

 二人で入った傘だから、少し残念だけど今は無視。彼はカバーが破れないように外し、中央に空いていた石づきのあった穴を結んで塞いだ。バサッと軽く振ると、風受け止めて袋状に膨らむ。ズーズーが器用なのは知ってたけど、早いなぁ。


「出来ました」

「早ぇな。ならピッカと二人で袋にしたまま持ってろ。風が吹いたときに中身が飛ばされないようにするんだ」

「骨組みなら風くらいじゃ飛ばないんじゃない?」

「骨組みのままならな」


 アタシは言われるがまま、ズーズーと袋にした傘を持つ。

 さっきよりは元気そうに見えるから、少し安心ね。


「もう大丈夫なの?」

「うん、もう大丈夫」

「そ! なら終わったら聞かせてね?」


 ちょっと嫌そうな顔した気がするけど、ズーズーは頷いた。

 短い会話の間に、おじいちゃんは骨組みを手甲が残った左手で持ち、袋の口の所に突っ込んでいた。そして、ゴリゴリと握りつぶし始める。砂粒みたいにキラキラしながら、鉄の粉が袋に溜まっていく。


「こうやって粉にして入れるから、飛んじまうんだよ」

「……なんで粉にできるの?」

「コツと、力だ」


 ズーズーを見ると目が合って、首を横に激しく振っている。

 そんなアタシ達の様子を見て、おじいちゃんは少し機嫌が良さそうだ。


「クハ、ハウンドでもできるぞ。アイツは手じゃないがな」


 傘の骨が終わったら、次は壊れた手甲をゴリゴリと粉に変えていく。どう見ても金属のキラキラなんだけど。ギュッと握るんじゃなくて、ゴリゴリと音がする握り方。


「そっか、りんごみたいにすり潰してるのね」

「そうだ。かなり傷んでたからな、弱いとこから削り落とすだけだ。ま、暗幕カーテンやボウズとやり合ったからできることだな」

「ズーズーと? ……アタシ今回はみんなに助けられてばっかりだ」

「それが分かっとけばいいさ」

「そうね、反省はおしまい! ありがとうズーズー」

「どういたしまして。一緒に頑張ろうね、ピッカ」


 あれ? アタシが知ってるズーズーなら、ボクなんか大したことしてないとか言って慌てそうだけど、そんなことなかった。ニセモノ? なんてじっと見つめるけど、アタシが彼を間違うはずない。上でパパと話して何か変わったんだろう。

 二人で成長できたらいい、そう思う。


 そんなことをマジメに考えていたら、おじいちゃんはもう片方の手甲も外して、素手でビリビリと亀裂に沿って割き、同じように粉状にし始めた。

 ……手甲関係ないじゃない。コツなんてウソね。

 アタシとズーズーが顔を見合わせて目を白黒させてたら、おじいちゃんは上機嫌に笑った。

 そして、袋の口をしばってシャカシャカ音を立てた。


「じゃ、やろうかね」


 少しおどけた口調。でもおじいちゃんの目は全然笑っていなくて、これからの収穫が失敗できない一発勝負なのが、言われなくても伝わってきた。

 でも、皆がいればきっと大丈夫!





「ねぇ、どうしてその袋がバクダンなの?」

「あぁ、埃っぽい部屋で火を点けると、一気に燃え広がって爆発することがあるんだが、それの小さいヤツだな」

「ふーん」


 おじいちゃんの説明に、アタシは分かったような分からないように返事する。

 埃っぽくて散らかってたらバクハツ……。


「あ、ズーズーの作業場片づけた?」

「う……」

「爆発するみたいよ?」


 アタシ達四人は大きなアサの花ではなく、周りに生えている小花を向いて、足場の端に立っていた。パパがアタシ達のやり取りを聞き、緊張感のなさに呆れたように笑う。


「なら、全部終わったらズーズーのの修理ついでに片付けに帰るかぁ。親父殿、なわとび持って来てるんですが」

「あぁ、ボウズの着火剤とマッチをハウンドに渡せ」

「リュックです」

「……ワシじゃなくて本人に言え。ハウンドの背にピッカ。ボウズはこっちだ。背負って、落ちないように身体をなわとびで固定しろ。本当なら子供はおやすみの時間だからな」


 クハ、とおじいちゃんは笑う。もう嫌味じゃないのは分かるから、任せられないくらいに危ないんだろう。


「そんなに危ないの?」

「粉末の量も少ないから、爆発の規模は大したことないはずだ。花から臭いが出るかも知れんから、念のため下に飛び降りる。ワシが袋を投げるから、ハウンドは火を当ててから降りてくれ。この高さだがお前さんなら大丈夫だろ」

「わかりました」


 この高さで大丈夫なんてあるの? とも思うけど、パパは特に気にする様子もなく頷いた。二人の大人の頼もしいやり取り。それもアタシの家族の! 嬉しくもあり、ちょっと悔しい。


「そうだズーズー、お前ポケットにが入ってないか?」


 短い作戦会議の後、分かれる前にパパがズーズーに何か道具を頼んだ。

 ズーズーは首をかしげているけど。


「何のことですか?」

「……耳栓だよ。ホント、ピッカが言わないとピンとこないヤツだな」


 パパはガクッと肩を落とすけど、今のは流石にパパが悪いんじゃないかしら?

 でもなんだかちょっと嬉しくて、フフンと声が出ちゃうわね。


「二人分ならありますよ?」

「ならピッカとズーズーで着けてくれ。外すタイミングは着地したらだ、いいな?」


 アタシは頷いて、ズーズーから耳栓を受け取った。パパにおんぶされ、腰の部分をパパの身体と一緒になわとびで固定する。耳栓をしながら見ると、ズーズーも同じようにおじいちゃんに背負われていた。リュックみたい。


「あ、ズーズー! 面白いセリフ思いついたわ」


 もう耳栓したかもしれないから、ちょっと大きい声で呼びかける。

 ズーズーはまだ耳栓してなかったのか、ちょっと驚いたようにこっちを見た。


「なにー?」

「おお! ズーズーよ、リュックになってしまうとは何事だー」

「なにそれちょっと面白い」

「でしょ? リュックが好きすぎて、ズーズーはとうとう自分がリュックになったのね!」


 何かの物語で読んだ、王様のセリフ。何度挑んでも勝てない主人公を叱るための言葉だったけど、何度も挑む主人公が好きだったのを覚えてる。


「あはは、それならピッカも同じじゃないか」

「アタシはほら、ズーズーのたな……じゃなくてリュックの精霊に捕まったのよ。ズーズー、次は二人で収穫しましょう。絶対!」

「うん、絶対」


 ふと思い出した物語だった。けど、今のアタシ達にはピッタリだったかも。


「お前らほっとくと本当によく喋るなぁ」

「もう口閉じてろ。舌噛むぞ」

「はーい」


 大人二人の注意に返事をし、耳栓を着ける。

 行くぞ、という声が振動で伝わってきて、少し堅く頷いた。パパが着火剤に火をつ点ける。火はすぐに手に届きそうなくらい勢いよく燃えるけど、それよりも二人は速かった。


 背負われた視界よりおじいちゃんが後ろに下がる。助走をつけて投げると思ってたら、走り出したおじいちゃんが横を通り過ぎて、投げずに足場を跳び下りた。

 なんでー!? と、耳栓を着けていても分かるくらい大きなズーズーの悲鳴が聞こえるけど、確認しようにも下は見えない。

 けど、黒い塊がヒュンと上空に飛び出してきて、それがおじいちゃんが投げた袋だってことはすぐに分かった。


「いい加減朝だぞ! 起きやがれーーーー!!」


 パパがそう叫ぶと同時に着火剤を投げ、すぐに足場から跳び下りる。

 そうすることは分かってたから、すぐにアタシは上に視線を向けていた。

 パパの暴言に袋が震えて弾け、中身がブワッと拡がったように見えた瞬間、薄明りだった空が真っ白に光だけになった。熱と音が届いたと思ったら、キンと耳鳴りだけしか聞こえなくなる。


「耳栓意味ないじゃない!」


 思わず大声で文句を言うと、それが落下する感覚を和らげてくれた。

 下を向くと暗いけど、地面とくっきりと黒い暗幕カーテンが見える。

 

「―――!」


 パパが何か叫んだのが振動で分かるけど、まだ耳鳴りが続いている。

 地面が近づいてきて、着地する衝撃に身構えていると、アタシとパパは新雪に飛び込んだみたいにズボッと地面に半分くらい入り込んだ。


「―――!!」


 またパパが何か叫んで、入り込んでしまった地面を吹き飛ばした。初めて、パパの暴言で地面が砂のクッションになっていたのが分かる。

 なわとびが緩んで外れたけど、パパの肩によじ登って足場して、安定した地面まで跳躍した。


「もう! ズーズのバカ! 耳栓意味ないじゃない!」


 キンと鳴り続ける耳鳴りに、まだ姿が見えない相棒への何度目かの文句を口にする。ふと影が出来て背中に誰かが立っているのが分かった。パパだと思って振り向くと、


「―――――」


 聞こえない。顔もない。隻腕暗幕バックハグ

 思わず息を呑む。きちんと対峙すれば隻腕は止まるけど、もう腕が目の前だった。


「ピッカ!!」


 その瞬間、声が聞こえた。ううん、聞こえた気がしただけだったのかも。

 でも、その声をアタシが間違えるはずがない。

 迫る暗幕に身体ごとぶつかって、すぐに体勢を立て直し、相棒はこっちを見た。

 残念、その顔は泣きそうね。


「逃げよう!」


 口の動きだけなのかも知れないけど、やっぱりハッキリ聞こえる。

 必死そうな、泣きそうな表情。

 あなたらしいけど、今はダメよ、ズーズー!


 素早く周囲を確認する。パパはすぐそこ。おじいちゃんも、駆けつけようとしてくれたのか近くに居る。爆発の光で周囲の花も光を放ち始めていた。

 時期に大きなアサの花が咲く。


「分かってる! ズーズー、せっかく格好良かったんだから笑って! 夜明けはもうすぐ、このまま隻腕を街まで走って連れて行きましょう!」

「わかった!」


 返事が聞こえたのはやっぱりズーズーだけ。笑ってはくれなかったけど、表情は凛々しくなったわね。パパとおじいちゃんは、きっと大丈夫。

 みんなが朝を、家族の帰りを待っている。

 アタシは相棒と並んで走り出した。




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