転生したので、ファンタジー世界に産業革命を起こしてみました。

@ichiro1965

第1話 おっさんが美少女!?



 "忙しい、、、。ただ、ただ、いそがしい、いそがしい、、、"


 美神剛みかみ たける(43)は、今日もPCのキーボードを叩き続ける。中年真っ只中に有りながら、そのミスが出来ない仕事は彼に激務を要求した。


「先生、ぼちぼちお昼にしましょう。」

「そうだね、ビザの出前でも取ろうか?」

「ええ〜!またですか〜、、、。」

「そんなに頼んでたかな?」

「はい、昨日のお昼も、その前の日の夜食もピザでしたよ。先生はスリムだから気にしていませんが、そのうちお腹だけ出っ張りますよ?」


 補助者スタッフの角田が、ここぞとばかりに不満を漏らした。剛は、"こりゃイカン"とばかりに、自らのお腹を片手で無意識にさする。激務に過ぎて身体全体は太れなくても、代謝の下がった肉体は内臓脂肪が溜まりやすいのだ。


 そう言えば、今は医者をしている大学時代からの大の親友が、『お前、中年になっても食事に配慮しないと、早くに成人病でボケるか死ぬぞ!』と言われていた。


「そうだな。チーズは、悪玉コレステロールの塊りと聞くし、そうそう連続では動脈硬化が怖いな。」

「ですです。若い内は良いかも知れませんが、に脳梗塞や心筋梗塞をやっちゃうと、そのままポックリになりますよ。」


 もう1人の事務所スタッフの岡ちゃんが、両手をダランと下げて口を挟んでくる。


 剛は、チラッと腕時計を見て、「でも、流石にこの時間からでは弁当屋は厳しいか、、、。」


 美神法律事務所は、オフィス街のド真ん中に位置する雑居ビルの2階奧側にある。法務局や裁判所にほど近く、ビルの中には複数の法務関係の事務所が入居していた。


 こうしたオフィス街は手軽に食事が出来る場所が少なく、テイクアウトでは弁当屋の出張販売か、数の少ないコンビニか、ピザの宅配かに限られた。


 時間は午後2時半、ピークを過ぎれば弁当屋の出張もコンビニも当てにはならない。世間様では、弁護士は報酬の良さからセレブな職業と見做されがちだが、実際はそうとも言い切れない。


 毎年の様に変更の有る六法や判例を網羅し、弁護士会のセミナー義務や当番制の法律相談、裁判に依頼人や相手方との折衝まで熟してこなしていれば、かなりの忙しさとなる。


 セレブなのは、企業などの顧問料で定期収入の約束された先生方ぐらいだ。


 この2部屋ぶち抜きの40畳余りの事務所も、相談室と3人のデスクを除けば、本棚に所狭しと六法やその解説書に関連業界誌、その他の資料まで雑然と積み上げられていた。


 剛は、仕事には些かもいささかも手を抜かない主義で、必然的に集まる資料も多くなる。どこまでも親身に依頼者に向き合う姿勢が業界でも定評があり、舞い込む依頼も多く息着く間がなかった。


「しょうがない。表通りのラーメン屋がまだ開いている筈なんで、皆んなで出かけるか?」

「や、近くに蕎麦屋もありますんで、トロロ蕎麦なんて良いと思います。」

「はい!はい、はーい、さんせ〜。ラーメンのスープは塩分過多ですよ?コレステロール+塩分はやば気。」

「そっか〜、じゃあ、気分転換も兼ねて徒歩で蕎麦屋にでも行くかな。」




 "ごー、ずごご〜"


「せんせ、せんせ〜い?早く、この書類を仕上げ無いと、また、徹夜になりますよーっと、、、ダメだこりゃ。」


 蕎麦屋まで徒歩で20分の距離を、腿上げウォーキングで往復して疲れが出たのか、帰って来た剛はフカフカのデスクチェアに沈むと高イビキを掻き始めた。


「ほっとけよ、岡。眠い時は、存分に寝れば良いのさ。」「そうだね。少し寝た方が、効率は上がるかな。」


 後に、この僅かな異変に気付かなかった2人は、深く後悔する事となる。


 ・・・


 ・・・・・・


 ・・・・・・・・・・・・



「・・・クスクス・・・きた、きたよ・・・」


「・・・お、きて、」


 私は、その待ち侘びたヒソヒソ声が聞こえますと、眠い頭を抱えて上半身だけムクリと起き上がります。まだ外は暗い時間で、ひんやりとした空気がこの天幕の内に満ちています。


「マダーム、ガゾンブリアの先遣隊が上陸し始めました。起きてください!」私付きの女性騎士のフロリアーヌが、緊張しながら注進に来ました。その声で、さっきまで辺りを飛び回っていたシルフィが、フロンには感じる事も出来ないのに姿を隠します。


「フロン、私ならとっくに起きてますわ。大丈夫、慌てないでね。さあ、側仕えを呼んで、朝の支度と参りましょう。」


 その、アッケラカンとした支度宣言にフロンは呆れて、「マダーム!ここは戦場ですよ!!」


「ええ、だから、身綺麗にするのが淑女の嗜みですわ。いにしえより、殿方でさえ鎧に香を焚きこめると伝えられますのに、淑女が寝起きの薄汚れた顔を見せられないでしょう?」

「もう、マダームったら、戦場でもいつもと変わらないんだから。」

「大丈夫、あの兵力だったら上陸に2〜3時間、さらに陣形を整えるのに、もう小1時間はかかるでしょう。」


 見えてもいない戦力を、だいたいとは言え見通した事を言う私にフロンは、いつもの事と肩をすくめたみたいです。


「例え後方指揮官とは言え、上に立つ者が慌てるわけにはいきませんのよ?」


 ここは、ロシュの森。中央山脈セテフォンセより流れでる、大河モン・ビヨンヌの河口から右岸に突き出た半島状の地形なのです。


 森にこもっていましたら、この時代なら城塞に近くて有利な地形なのですけれど、大砲で三方向から滅多撃ちにされたら不利な地形です。


 ですが、我が国の法術使いに警戒して、戦列艦で攻め込む愚だけは犯さないみたいです。彼等は沖で、上陸用の舟艇に乗り換えました。


 口臭予防のミント葉を噛みながら髪を梳いて頂き、洗顔と軽いお化粧をしまして、輿に乗り供回りの騎士に、「皆さま、ゆるゆると本陣へ参りましょう。」と、伝えます。「「「ウィ・マダーム!」」」


 総指揮を執る、腹違いの弟の天幕に入りますとイキナリ、「遅い!姉上は、軍事教官に"兵は神速を以って尊し"と説教をしたと聞き及びますが、いかに?」


「まあ、アルビュスト様。それは、"チャンスを見て"ですわ。今回の軍事目的は、敵の指揮系統の撃滅によって撤退を誘うことですから、敵指揮官がキチンと上陸するまで待つ余裕が無ければ仕損じますわよ?」


「まったく、女はああ言えば、こう言う。だいたい、姉上はいつもマイペース過ぎるのです。」


 私がニッコリと微笑んで返事にかえると、アルがますます軍議とは関係のない方向に進みかけたので、総参謀のモントイユ伯から本題に移るように制止されました。


 ひとしきり軍議が白熱して、私がこちらは森の中に布陣して待ち構えておりますし、辺りはまだ暗く森の中での足元は悪く布陣がえで兵を動かすのは怪我の元だから止めた方が良いと申しますのに、加えてこちらの位置も察知されやすいと説得しましたが、アルはなるべく敵の上陸点近くに布陣を動かすと言って聞きません。


 初陣だし、気負いは分かります。それに、次代の公爵デュクですから、華々しい武名でも欲しいのかなとも思います。


 公爵正嫡子デュエンファンテを正式に頂かれても、実力を示さないと妹のプリシラにさえ追い抜かれますもの。ジュヌビエーヴ様も、ポコポコとよく産むからかしら。


 私は、結婚のために10で領都サラザードを出ましたし、嫁した後の実家には興味が湧きません。3つ下のアルと、5つ下のプリシラ位しか印象に残っておりません。


 アルはまだ13だから、血気盛んなのは分かりますけど、ほどほどにしないと自らの命に関わりますよ?


 自領バーゼルから、自軍5千に対して手勢の500を率いてきただけの身ですし、同じバーゼルのモントイユ伯に調整は任せます。


「既に、地形を生かした魚鱗陣を敷いていますが、アルビュスト様は如何な戦略がよろしいと?」


「うむ、我れは騎馬を持って敵を上陸点から誘い出し、森ぎわの平地で騎馬の一撃離脱戦法と森からの一斉射撃で勝利を目指したい。」


 あらー、強行偵察に近いガゾンブリアの軍事行動ですのに、待っていれば嫌でも動きますのに、どうして此方から先に動いて疲れる必要があるのかしら?しかも、位置までバラしまして・・・。


 あの、"静かなること林の如し"なのですがー。森に火を掛けられたらどうしますの?敵の指揮官を引っ張り出す考えでも有りませんし、勝ちだけに焦った行動ですわ。私、呆れて物も言えません。


「了解しました。敵はどうせこの森を越えてくるのですから、森に半分以上が入った時に敵本陣を騎馬で強襲しましょう。」


 モントイユ伯は、アルの申し出に妥協して、組んだ陣形を崩し遊軍に騎馬を配したみたいです。


「うむ、分かった。それでは姉上、その小勢で何をするのやら分からぬが、邪魔だけはしてくれるなよ。御免、我れは騎馬の用意を整える。」


「アルビュスト様、委細畏まりいさいかしこまりました。ご武運を、お祈りしております。」


 私は心の中で、アルの背中に舌を出しました。5千とはいえ20人ほどの幕僚は、私に目礼してアルの後を追います。


お嬢様マドモアゼル、申し訳ありません。せっかく良策を授けてくださったのに、陣形を崩すはめにあいなるとは思いませんでした。」


 1人だけ残ったモントイユ伯は、本当に申し訳なさそうに謝罪をします。


「良いのです。アルビュスト様には、ここの海岸の地形が、いかに騎馬の移動に適さないか実地で学んでいただきましょう。」


 "ふふっ・・・。"私は、僅かに黒い微笑みを残しまして自陣に引っ込みました。


「マダーム〜、本当に陣がえですか〜?」

「はい。総指揮官の命ですから。」

「せっかく、マダムが献策して有利な戦い方が出来ましたのに〜。」

「くすっ、クリスは、いつも不平ばかりですね。」

「笑い事では有りません。全軍の命運に関わることじゃないですか?」


 この娘は、クリスチアーヌ。フロンと同じ私の馬廻りの女騎士です。


「ジュヌビエーヴ様のご実家の圧力で、アルビュスト様に初陣を経験して貰わねばなりませんから。」

「はーあ、やっぱりお偉いさんの都合ですか〜。そういえば奥様のご実家も、ロレッタ家でしたよね?良いなぁ〜。」


 私は、不平屋クリスさんの話をニコニコしながら聞いていました。


「敵の軍事行動は、少し数の多い定期便というべき強行偵察ですから敗れを取らぬのが上策なのですけれど、アルビュスト様にはご理解は難しいようですので、地形の何たるかから勉強していただきます。私達は、全軍の行動を見渡せる、あの丘に静かに登って待機しましょう。」

「「「ウィ・マダーム」」」


 空がオレンジに白みかける頃、私達は丘に登りました。


 手勢に向けて静かに、「皆様、死なないで下さいね。」

「「「ウィ・マダーム」」」

「この戦いは、私達が全員生き残る事が最低条件です。故に、死ぬ事を禁じます、良いですね?」

「「「ウィ・ウィ・マダーム」」」


 輿を下ろして、辺りを窺います。この森のシルフィ達は、善悪の意識はなく、ただ私の気持ちに素直に従って情報をくれます。この半島一帯はル・アーヴルの地といって、ここではシルフィが私の目となり耳となってくれます。


 やっぱり向こうに、こちらの動きを察知されました。これで、騎馬の一撃離脱で誘い出すのも難しくなります。せっかく、私が人魚シレーヌ達に知らせて貰って、敵が来る事をいち早く国軍に通報しましたのに不意打ちの優位が薄れました。


 騎馬が全力疾走をしようとしますが、砂に足を取られて苦戦します。やはり敵は、最新式の火打ちフリントロック式銃で、調べた限り有効射程が25トワ50m弱。


 弾道を安定させる為に銃身バレルは長く、着剣すると立派な槍になるので、遠近両用の戦闘をこなして騎馬に応戦します。兵力に差があり過ぎますから、騎馬が徐々に打ち減らされていきます。


 フリントロック式は火縄マッチロック式と比べて、火縄に着火する必要がありません。こうした、水濡れの恐れがある上陸戦には向いています。


 森の味方から弓矢が射かけられますが、法術使いの補正があっても兵数の違いで大して敵の苦にはなっていません。


「マダーム、このままではマズくないでしょうか?」

「ですねぇ〜。あれだけ、新式銃が出る可能性があると注意差し上げましたのに、聞き分けのないアルには多少は苦めのお薬です。」


 せめて、まだ向こうが森に半分進入していてくれましたら足止めして戦えましたのに仕方ありません。


 敵の指揮官が優秀なら即座に後退して貰えますが、数の優位に気が付けばアルの本陣に襲いかかるでしょう。


 もう、気付きかけていますしね。向こうは情報通り師団(1万5千〜2万)規模で、こちらの旅団規模がバレない内に後退した方が良いのですがアルには無理でしょうね。


「フロン、この丘から敵までの距離はいかほど?」


 この時代でも望遠鏡が有りましたので、これを2つ使って、ピタゴラスの三平方定理を取り入れて距離計を作りました。


「敵本陣とは、約600トワぐらいです。」

「ありがとう御座います。」


 トワとはトワーズの略で、人の身長を基準に長さが決められています。外人さん基準ですから、1トワは2m弱になるでしょうか。600トワは1200mくらいです。


「どうやらアルが焦れて、本陣を前に突出させたようです。仕方ありません、まだ試作段階ですがアレで片付けてしまいましょう。」


 私は、ガンパウダーの代わりに極小の爆轟法陣を使った特製ライフルを構えますと、精神を集中させて敵の指揮系統の要を探します。血筋か、夜目も効きますし、スコープも要らないくらいに遠目も見えます。


 シルフィ達が私のライフルに手を添えて、誘導しようとしますが、私はアルヴ古語で"これは私が背負うべき業ですから、あなた達は手を出してはダメですよ"と軽く叱ります。私の馬廻りには、それが何らかの呪文に聞こえるみたいですね。不思議そうな顔で見て居ります。


 "ターン、ガチャ、ターン"と、ライフルの音が高く辺りに響きます。ボルトアクションですから、1発撃つ毎に薬莢カートリッジを排出しなければ成りません。それでも、20発撃つうちに敵の動きが鈍って来ました。


「今です!全軍押し出しなさい。」


 私が、華紋ヒュアリエンの銀扇を振ると、まるで一個の生き物のようにバーゼル軍が疾走します。


 アルに襲いかかろうとしていた一群は、指揮が貰えず罠にかかって屠られるのを待つ獲物のように私の軍に削られて行きます。


「指揮官が居なくなって、士気が保てない軍を追う必要はありません!」


 撤退する敵軍を尻目に、私も陣を立て直します。我が手勢には、禁じた通りに死亡者は出ませんでした。


 ホッとして、前線から下がった位置に陣幕を張ると、丁度、お昼時になりました。


 朝から、ビスキュイと蒸留水しか摂って居ませんでしたので、カンパーニュにハムとチーズを挟んだシッカリとした昼食を、神様にお祈りを捧げて頂きます。


 人を殺しても平気で食事が出来るのかと問われましても、私は侵略者から自分と民達を守って居るだけですから仕方ないと答えます。


 人して、誇りある貴族として、何にも変え難いモノを守るのはいけませんか?


「姉上ー!姉上ー!姉上は、どこにいらっしゃる!」


 アルが、大声を上げながら天幕に近づいてきます。


「何ですの大声で、私ならここですわ。」


 ガバッと天幕が捲くられますと、険しい表情のアルが、「ここに居られましたか、」。


「アルビュスト様、軍事目的の達成おめでとう御座います。」

「よくもぬけぬけと、姉上が敵を屠ったのではないですか、わが手柄を横取りして!」

「何の事でしょう?」

「ふざけるな!遠間から敵の士官を撃ち抜くなんて事が出来るのは、姉上以外存在はしません!」


「まぁ、アルビュスト様。私は、手柄を横取りする様な真似はいたしませんわ。貴方が危なかったので、手を貸したまでです。」

「嘘だ!姉上はいつだって俺の二歩も三歩も先を行く、父上だって、本心では姉上にロレッタの家を継がせたいからヒュアリエンを渡したんだ!」


 モントイユ伯が割って入ってくださいまして、「アルビュスト様、それ以上お嬢様にご無体を申し上げると、私もお父上に報告をせねば成りませんが?」

「くっ・・・、姉上、なのにノコノコと戦場に出てこられるな!」


 アルは、負け惜しみだけ残して天幕を去りました。


 モントイユ伯は、私に一礼すると直ぐにアルの後を追います。


「はあ・・・、丸で大きな赤ちゃんみたいです。」


 私は、大きくなったお腹を撫でながら、昔の事を思い出しました。


 私がまだ、お母様の事を"母ちゃん"と呼んでいた懐かしき日々、春の日差しのように温かだった時間。


 お母様も、私がお腹にいた時はこんな気持ちだったのでしょうか・・・。


 では皆様に、私の今の気持ちの元、生まれた時の記憶からお話しましょう・・・。


 ・・・


 ・・・・・・


 ・・・・・・・・・・・・


 俺は夢を見た…。


 40有余年という人生の中で、こんな摩訶不可思議な感覚を味わったのは産まれて初めての経験だろう。


 それは、自分が蝶に成った夢なのか、蝶が自分に成った夢を見たのだろうか?


 判然としない感覚が押し寄せて来て、周囲で優雅に群舞する蝶の羽根が美しくも切ない。


 見渡す限りの空間に、鱗粉が濃密に舞い散りキラキラとした輝きを見せて・・・魅せられて・・・。




 はっと目覚めてみれば、自己の存在と、自分が人間であるという確固たる自覚を感じた。


 そして、温もりの中で周囲を見渡そうとして、首がグラグラして自分の身体なのに自由にならない事に動揺する。


 見えている筈の画像が歪んでよくは見えない。正確には、俺を覗き込む外国人らしき若い女の顔だけが割とハッキリ見える。


 他に奇妙なのが、周囲で聞こえる音はエコーが掛かった様にワンワンと耳障りがして煩い。


 もっと奇妙なのが、声を発した筈なのに妙に甲高い泣き声に聞こえる事だ。


 ミルクの強烈な匂いと空腹感、慌てて近くの吸い口を食む。


 暫くすると強い排泄感が下腹部を襲い、トイレへ行って排泄しようにも自分の体が言う事を効かない。


 服を着たまま寝転がって、恥ずかしくもお漏らしをするが、怒られる事も無く下着を替えられて落ち着くと睡魔に襲われると言う日々を繰り返す。


 予兆も前兆もなく、無自覚にイキナリこの状態では、"もしや、何らかの大事故に巻き込まれてそうなのか?"と心配が頭をよぎる。


 そんな状態も、過ぎ去る日々に薄紙を少しづつはがす様に意識がハッキリとして来ると、自分と周りの対比の違いに戸惑う。


 "何てコッタイ!俺の手は赤ん坊の物じゃ無いか・・・"


 視界に手の輪郭が見えると、自分の手がプニプニと丸く小さいのに対して、俺の世話を焼く女性の顔や手が格段に大きいのが分かる。


 しかも、今まで聞こえていた俺の声は、喉に異常でも?と思って居たのがそうでは無く、丸切り別種のようだ。


 そう、長年慣れ親しんだ男の俺ではなく、赤ん坊のソレだ。


 気付くと、周りの女性の服から部屋の装飾まで現代日本の物とは大きく異なり、レトロなヨーロピアン調???と言ったように見える。


お嬢様マドモアゼルは、綺麗な赤ちゃんで聡明そうで、とっても可愛らしいですね。』


 外国語だ。うん、分からん。というか、多分、苦手なフランス語だろう位しか分からん。あー、多分だけど褒められた?


 世話係りの女性が、ある豪華な刺繍の入ったドレスの女性に声を掛けている。


ありがとうメルシー、このジュヌ・フィユは本当に食べちゃいたいくらいに可愛いわ。』


 いま、何てなんて!?!?!?俺の頭の中をクエスチョンマークが乱舞する。


 もしかして、俺の事?俺っていつお嬢様マドモアゼルに成った〜?女になったんだー!


 長年、男として暮らしてイキナリ女?


 慌てて、股間にある筈の男のシンボルを探す。


 ない!!!ほんとーに無い・・・


《・・・放心・・・》


 アワ、アアワ、大事なシンボルが無くなったよ・・・(泣)


「おぎゃー!あーあうぅ、うぶぅ。」

『どうしたのかしら?もう、お腹が空いた?』

公爵正夫人デュチェッセ様。赤ちゃんは、偶にむずかる事があるのです。おー、よしよし。何か、怖いモノでも見まちたか?』


 俺は、世話をしてくれる女性にあやされ、不覚にも電池の切れた玩具のように意識が途切れ始めた。


『あらあら、姫様プリンセはお眠むでちゅか?』


 暫くは、そんな風に睡眠と覚醒を繰り返す。とても、連続して長時間は起きていられない身体らしい。


 赤ん坊は天才だとは前世で聞いた話しだが、言語の意味と目の前の事物が、覚醒と睡眠を繰り返す内に紐付けされたのだろう。言葉を、かなりの確率で理解できるようになった。


 その結果得られたのは、自分が女の子に転生してしまった事実と、どうやら中世レベルのフランス辺りに生まれてしまったという事だ。


 転生と言えば、前の身体はポックリ逝ったんかな?前世の記憶が再現されているって事は、魂に記憶が刻まれているのな。


 てか、女の子になるなら、綺麗サッパリと記憶を消して置いて貰いたいわ。


 また、1からやり直しか〜。


 前世では結婚もしていないし、当然子供も居なかったが、自分が突然亡くなって両親や弟妹がどうなったかが気に掛かる。


 それに先ず、服の中に排泄する事に慣れなきゃいけないし、正確に意思が伝わらない事にも慣れないといけない。流暢な会話ができるほど、運息や口唇の使い方に脳の言語野などが発達してはいない。


 まず間違いなく俺の身体である女の子は、この美しい女性の子供であり、乳母を雇えるくらいの相当な資産家であると思う。と言うか、封建社会なら貴族だ。


 そう、この【ミラベル仏すもも】と呼ばれる女性は美しい。


 ピカピカと銀色に輝くプラチナブロンドで背はスラリと高く、アップにセットされたこうべには控えめな宝冠コロネテを戴せている。魅惑の瞳は、切れ長に澄んだ紫瞳バイオレット・アイだ。全体的に、氷の女王を連想させる。


 乳母は【リーラライラック】と呼ばれ、丸顔で愛嬌の有る顔立ちで親しみ易い容姿だ。動きを邪魔しない様に、くすんだ茶色の髪を後ろで束ねて居る。


 そして肝心の俺の名前は、【カレン蓮の華】。貴族という事で、当然に家名があるらしい。どうせ、フルネームは貴族ぽい長い名前が付くのだろうな。


 "司法を目指すなら、人間の幅を広げないといけない"とは、法科の先輩の言葉だ。俺が弁護士で活躍する頃には、地方検察庁のトップでバリバリ仕事をこなしてたかな。


 "こんなアホみたいな判決を出すのは、裁判に関わった司法関係者が勉強ばかりしていた所為だ"と、よく新聞を見て怒っていたっけか。


 かなり正義感が強く、体育会系のノリの先輩だったから、検事は性に合っていたと思う。


 司法試験(裁判官・検事・弁護士の登竜門)に受かる様な人間の特徴は、概ね勉強好きというのが上げられる。つまり、知識欲が強い。


 俺も例に漏れず、書籍はよく読む。苦学生だったんで、レストランのバイトや宅配のバイトを掛け持ちしていた。


 ん?法科の学生は苦学をしても、本を読む事だけは不自由しちゃいけないんだ。


 バイトの経験は、先輩に言われるまでもなく、在学中から弁護士になるには良かった。


 まず忙しいので、勉強には速読・速記術をマスターしたし、そうすると記憶力が凄く鍛えられた。


 大学を出る頃には、学年でトップ成績を収められたよ。学識を深めたいんで、そのまんま院に進んだけどね。


 忙しいければ忙しいで、余計な事も考えしてしまうのが人間だと思う。普段は法文など、捻くれた文章を読んでいる所為か、ハードからソフトまでSFなどには目がない。


 ファンタジー仮想現実には、心踊らされる。特に、自分がこの時代に生まれていたら?もっと効率よく統治して、皆が楽に暮らせるようになる筈と空想する。


 ん、なんだか、今が理想的な環境か?


 じゃあ、ちょっくら産業革命からでも始めてみるかな。








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