秋に背中を押された
第1話
「あれからどうですか?」
いつもの金曜日、いつもの場所で、いつもの席で。進捗を確認されるかのような気軽さで尋ねられる。その気軽さとは反対に、相当心配してくれていると思う。
「ついてこなくなったのもそうだけど、仕事も辞めたんだよね、なぜか」
「そうなんですか?」
なぜか、と言ったが理由は分かっている。それなりに仲の良い同期が心配して、彼女の周辺に探りを入れたらしい。それが原因で職場に居づらくなり去っていった。
でもこれは俺が勝手に推測した話で、誰かから聞いたわけでも、それこそ同期が言ってきたわけでもない。同期が追い出したわけでも、他の人が追い出したわけでもない。そういうことにしておきたい。
「居心地がよくなったのなら、なによりです」
「ありがとう。色々協力してくれて」
「あ、SNSの方も見ましたよ。反応悪くなさそうでしたね。同情的というか」
確かに、思いっきり被害者ヅラをしたというか。まあ、実際被害者なんだけども。
「まあ、向こうの様子が明らかおかしかったのは、見て分かったんじゃないかな」
「万事解決ってやつですね」
「解決しちゃったか」
二人でホッとしていたところに、
「解決しちゃ駄目みたいに言わないでくださいよ。ねえ、ユキさん」
「確かに」
「いや、まあね。解決したのはいいことだけど。もうちょっと進展してほしかったことがあるというか」
進展? ストーカー絡みで何か進めてよいことが存在しただろうか。配信復帰とか? いや、悠未さんがそんなこと気にしないか。
「まさか、ストーカーとくっつけようとしてたんじゃ……」
「んなわけっ……ないでしょ」
今素が出かけたな。最初ちょっと声低かったし。
「今素が出かけましたね」
言っちゃうんだよね。俺も気づいたけど言わないでおいたのに。
「わかんないならいいわよ」
大きなため息をついてこちらを睨んでくる。今の流れで俺が悪いところあったかな……? 思わず首を傾げたその時、ドアが勢いよく開いた。
酔っ払いの客かと思って特にそちらを見ることもしなかった。その瞬間までは。
「やっと見つけた! ゆうくん!」
ゆうくん? と思わず振り向いて声の主を確認する。同年代の女性、装いからしてOL。そして視線はまっすぐ悠未さんの方に向いている。確か悠未さんの本名って
「と、とりあえずこちら座ってください!」
ハルちゃんもさすがに動揺しているのか、悠未さんの近くの席、俺から見たらハルちゃんの向こう側一席開けた席を勧める。
「ありがとうございます」
ハルちゃんがこっちを見てくる。いやいや、見られても困るよ。俺も何が何だか分からないし、どうしていいかも分からないし、俺も助けてほしいし。
悠未さんって、別に所謂オカマみたいなものではなく、商売のために演じているだけらしい。きっとそれには深い事情があるんだろうけど、その事情を知らない、悠未さんになる前の知り合いにもし出会ったなら。悠未さんはどうするんだろう。
「これ、飲んだら帰りなさい」
ノンアルコールのカクテルを用意してその女性の前に置いた。まあ、居られても困るだろうな。ここにいる事情をかけらも知らない人がこの場にいてやりにくいのは当たり前だし、会話どころか態度も困るだろう。
「ゆうくん」
「悠未。ここではそう呼んで」
「ゆうみさん、私ずっと探してたんです。ゆう、みさんがいるって聞いてた会社にもいなかったし、話も聞かせてもらえないし、実家にも帰ってないみたいだし」
なるほど、ストーカーって流行するものなのか。
「ちょっと、なんか呑気な思考してませんか?」
ハルちゃんが小声で話しかけてくる。ちょっとしてたかもしれない、呑気な思考。
「失礼な」
「ちゃんと構えといてくださいね」
「構え?」
「悠未さんがあの女性に掴みかかったら、止められるのは男性のユキさんですよ」
え、ごめんけどその期待には応えられないかも……インドア派なので……
「さすがにあの悠未さんがそんなことするとは思えないけど……」
「だといいんですけど」
「手は出さないわよ」
聞こえてたらしい。
「あんたがどう思ってるか知らないけど。あの家を実家だなんてもう思ってないし、そもそもあんたに関係もないし、放っておいてちょうだい」
いつもよりちゃんとキャラというか、なんかちゃんとしてる気がする。多分いつも俺らに対しては気を抜いてたんだろうな。なんか気を許されてるみたいでちょっと嬉しいな。
「でも、私ずっと心配して……」
ああ、押しつけがましいって気持ち分かってくれない人っているよな……頼んでないとかそれどころじゃない。やらないでほしいことまで良かれと思ってやってくる。
「あんたには一生分からないわよ、こっちの気持ちなんて」
何かがプツリと切れたように、悠未さんの瞳から光が消えたような気がする。やはり、悠未さんも何かを抱えているんだな。実家だと思ってないとも言ってたし……
「横からすみません。今日、今ここで何を話してもいいことなさそうですし、ひとまずお開きにしませんか」
「でも……」
「で、私ここの常連だし、女子なんで私と連絡先交換しましょう。何かあれば私が橋渡しします」
「なんであなたが……」
ハルちゃんが二人の間に入って取り仕切る。イキイキしているというよりかは、イライラしてる……?
「私は、今日快適に飲みたいんです。そのために協力してくれませんか」
お、急に下手に出た。一旦引っ込む気になるか、これで。まあ、女子というのがどう出るか、だけど。
「でもあなたは関係ないでしょ」
「関係ないからこそ、ちょうどいいでしょ。ここに毎週のように通っているから、伝言は預かりますよって言ってるだけですよ。あなたの伝言があろうがなかろうが、このバーらしく雑談は普通にするし、何も変わりません。あなたが気にする余地も特にないでしょう? 私は今日金曜を終えてお疲れのこの方と、悠未さんと三人で穏やかに飲むために来てるんです。で、女性なら男より女の方が安心でしょう? だから代表してるんです。ここには常連客はたくさんいますがほとんどがおじさんですよ。おじさんと連絡先交換しますか? それとも、こっちのイケメンサラリーマンと連絡先交換しますか? 悠未さんの目の前で」
ちょいちょい巻き込まれてるか、もしかして。でもちょっとエンジンかかりすぎじゃない?
「分かりました」
女性同士無言で真顔で連絡先交換、怖すぎる……悠未さんも黙ってそれを見ていた。
交換を終えて、形式だけの挨拶をして、女性が店を出ていく。変に静かになっていた店内が、元の騒がしさを取り戻す。
「すみませんでした」
「なんであんたが謝るのよ」
「いや、普通に座らせちゃったので」
ああ、ハルちゃんは申し訳ないと思っていたのか。
「あいつが空気読めないのが悪いでしょ」
まあ、確かにそんな感じはしたな。苦労知らなくて、人の心の痛みを知らなくて、みんな心の形が同じだと思っている感じの。
「それにしても、火力は高かったけど」
「やっぱり高かったですよね? ちょっとやりすぎちゃったな」
「でも、空気読めない人相手ならちょうどいいくらいかもだけど」
なかなかあの女性には効きそうなパンチだったもんな。
「自分が幸せを感じるものは、みんな同じように感じてると思ってるのよ、あの娘は」
少し悲し気な瞳に、少し光が戻ったように見えた。あの女性より、ハルちゃんより、一番悠未さんの心が削れているみたいだった。
君の言葉は魔法だった 大甕 孝良 @omika
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