おまけ 読み切り短編
〜前置き〜
こちらの短編は表題作である『別の女性が好きでも構いませんが、自分勝手な婚約破棄の代償は大きいですよ?』を読み切り用に修正したものとなっております。
従って前半部分の内容は概ね本編を簡略化したものになりますが、心理描写や細かい台詞回し等は本編と異なっている所もございます。
また完全別展開の後半部分で近親愛を思わせる描写が存在しますが、本当の姉弟ではなく片方は血の繋がらない養子となっております。
このことも含めてそういった要素が苦手な方はご注意ください。
__________
「メリエッダ、他に女ができたからもはや邪魔なお前とは婚約破棄する!」
お屋敷の掃き掃除をしていた私にそういきなり宣言してきた婚約者のダズは、たったその一言でこの話は終わったとばかりにしっしっとこちらに向かって手を払っています。
「お待ちくださいダズ様、お相手の女性とはどこのどなたなのですか」
「お前が知る必要はない、……と言いたいところだが、平民の娘であるお前と違い向こうはれっきとした貴族令嬢、それもさる伯爵家のご息女だ。だから彼女と俺が添い遂げるのは自然だろ?」
確かにその通りではあります。
いくら私がこの国で拡大をし続けるテナス商会の一人娘とはいえ、ダズは男爵家のお貴族様。
本来であれば身分違いの婚約なのですから彼と親しくしている相手が伯爵家のご令嬢であれば、なおのことお譲りしなければならないような立場に私はありました。
「……分かりました。では婚約破棄の件、慎んでお受けいたします。今日までお世話になりましたダズ様」
「ふん、まったくだ! これでやっと清々する」
ダズに向けて頭を下げ、これまでの窮屈な日々を振り返って感傷に浸りながら彼のお屋敷を退去しようとしましたが、
「ああそうそう、お前が実家に帰ったらちゃんと俺に払う婚約破棄の慰謝料を用意しておけよ!」
――私はその場に踏み留まり、自身の困惑した顔を向けながら彼にこう言います。
「なにか勘違いをされているようですが、慰謝料をお支払いになるのはダズ様の方ですよ?」
「は? なんで俺がお前に慰謝料を払わなければならないんだ? こっちは貴族だぞ」
「いえダズ様、世間一般では婚約破棄の慰謝料は正当な理由がない限り基本的には有責に当たる側が支払うものと法に定められています。もちろんそれは貴族様であっても例外ではございません」
「正当な理由ならあるだろうが! 俺は真実の愛に目覚めたんだ! これのどこに問題がある⁉」
「あの……それだけでは正当な理由としては確実に認められません。むしろ最初から持参金や婚約の偽装を目的とした詐欺行為とも疑われかねないのでよりダズ様の過失が増し、結果的にお支払いになる金額も増額されることとなります」
「ええい訳の分からんことをまくしたてるな! 口を開けば金金と金に汚い奴め、そんなにも金がほしいならくれてやる、がめつい女への手切れ金と思えば安いものだ!」
婚約破棄にトラブルがつきものなのは重々承知していますが、やはり守銭奴のような言われようは傷つきます。
ですが私がなによりも気がかりなのは、まさにそのお金のことなのです。
というのもダズが産まれたレイドリー家は、今にも没落しかねないほど資金繰りに苦しんでいる男爵家と聞きます。
少なくとも貴族であることに誇りを持っている彼が背に腹は変えられないと懐の潤っている平民の資産を頼り、その娘との婚約を申し込んでくる程度には大変なようです。
そんな瀬戸際の状態にも関わらず、ダズは私と婚約を交わした際にとある誓約書を書いたことを果たして覚えているのでしょうか。
でも、それを尋ねることは憚られました。
まさか慰謝料を支払うお金は持ち合わせているのか? などと聞くわけにもいきませんから。
なにより宛てがなければそもそも婚約破棄を口にしないはずですし、ダズに対して愛があるとは正直言えませんでしたが、そこだけは彼のことを信じたいと思います。
◆
これまでダズと暮らしていたお屋敷から手ぶらで実家に戻った私を、父はなにも言わずに迎えてくれました。
しかし婚約破棄の流れについて話したところ、父はたいそう憤慨して慰謝料のことはすべて自分に任せろと怒りを
これは本気になった時の顔。
こうなってしまえば最後、父は地獄の底にまでお金を取り立てに行く修羅と化すのです。
さて、それから数日が経ってのことでした。
「あの旦那様、さきほどレイドリー男爵が邸宅に参られましてメリエッダお嬢様を出せと玄関先でわめいておりますが、いかが致しましょう?」
「……ようやく来たな。では先に応接室に通しておけ。わたしが直接話をつける」
「お父様。ご指名のようですし、私も話し合いの場にご一緒してもよろしいでしょうか?」
「分かった、それならばこの機会にお前もあの男に言いたいことを洗いざらいぶちまけなさい」
「いえ、私はあくまでも傍観に徹して交渉の勉強をさせていただくことにします」
元婚約者の案内は我が家の使用人に一旦任せ、私と父はある物を準備をしてから彼の待つ応接室へと足を運びました。
「おい、なんだあの慰謝料の額は⁉ そこらの平民が一生遊んで暮らせるほどの金額じゃないか! これ幸いとばかりにふっかけているだろうこの金の亡者め――ってなんだお前一人じゃないのか、この金の亡者どもめ!」
ダズとは久しぶりに顔を合わせたというのに、開口一番にされたのは挨拶ではなく面罵でした。
「いや、一生は遊んで暮らせませんね。せいぜい半年が関の山ですよレイドリー男爵。世間知らずにもほどがありますなぁ。さすがは平民の世情に疎いお貴族様といったところですか」
この日を待ちわびたとばかりにテーブルを間に挟んでダズと対面する父。もちろん分かりやすい皮肉も忘れません。
とりあえず私も父の横に並んで座ります。
「それで、本日はあくまで慰謝料の件で参られたということでよろしいですかなレイドリー男爵」
「ふん、あれから知り合いの弁護士にいくつか話を伺ってみたが、やはり慰謝料はなぜだかこちら側が支払わないといけないらしいからな! 正直納得はしかねるが、そうだ!」
父が言ってるのはそういう意味ではなく謝罪の意思があるかどうかを尋ねているのですが、彼はどうもそのことに気が付かれていないご様子。
「ではまず先ほどレイドリー男爵がおっしゃった慰謝料の額が高いという件についてですが、あれはメリエッダが受けた精神的苦痛とは別に男爵と同居期間中に娘を小間使いとして働かせた日々の労働に対しての賃金も含まれております」
「あれはそいつが勝手にやっていたことだ!」
とダズが声を荒らげますがすかさず父も反論。
「その理屈は通りませんな。レイドリー男爵にはちゃんと正当な小間使いを雇い入れるだけのお金を与えていたにも関わらず、それらはすべて自らの懐に収められていたとか。そのせいで我が娘が十分な生活サポートを受けられず、せずともよい家事をすることになったのですからこれは立派な雇用関係となりますよ。ゆえに労働に対する対価として賃金が発生しそれが未払いであれば雇い主に請求するのは当然でしょう?」
「うぐっ、いやしかしいくらなんでもあの金額は高すぎるぞ! レイドリー家の財政状況から一括で金を支払うことが無理なのはそちらも理解しているだろう⁉」
「ええ、それについては分割払いで構いません。毎月決まった額をお支払いしていただければ、娘の元婚約者としてのよしみで利子もお取り立てはしません。ただ、それとは別にもう一つだけ確認しておきたいことがあります」
さて、どうやら始まるようです。
父による無慈悲な追い込み、もといぐうの根も出ない正論タイムが。
「レイドリー男爵、あなたはうちの娘と婚約する際にご自身の手でお書きになられたあの誓約書のことを覚えておいでですか?」
「は? なんだそれは?」
ああ、思っていた通りでした。
おおかた私との婚約の際に適当な気持ちで用意(正確には父主導のもと言われるままに書いた)したから誓約書の存在を彼は覚えていなかったのでしょう。
それがいったいどのような結果をもたらすのかまるで理解もせずに。
「ではこちらにそれをお持ちしたので、ご自身の目でしっかりと確認してください」
「こんな紙がなんだというのだ」
ぶつくさとぼやきつつダズは誓約書を受け取りました。
応接室に向かう前に私と父が準備していたのも実はこれなのです。
「ふんふんふん……ふんっ⁉」
途中まで面倒くさそうに読み進めていたダズの目が突如として見開かれます。
「どうかされましたかな?」
「どうもこうもあるか、なんだこの内容は! 『この度の婚約に際し我がレイドリー家はテナス商会から金銭面でのサポートを受ける代わりに、当方ダズ・レイドリーの不貞行為またはその他の信頼関係を欠落させる重篤な裏切りによって婚約の解消へと至った場合、それまでテナス商会から頂戴した支援金はすみやかに全額返金することを約束し、その証拠として
本来ならそれでもダズにとってなんら悪い条件ではなかったはずなので、こちらとしても最大限譲歩している内容でもあります。
しかしながらまさしくダズの不貞によって今回の婚約破棄が成立したことですから(それも本人から望まれて)とやかく言われても困るというのが本音でした。
なにより、誓約書のことを失念していたのは彼の完全な落ち度ですし。
「ひとまずは家財道具一式を売却して返金費用に充てるのが筋でしょうな。それでも足りない分は借金をしてでも返済をお願いいたします。当方も慈善事業ではないのでこのように事前の取り決めがある以上、支援金をそのまま差し上げるという訳にもいきません。そもそも娘と結婚することを条件とした援助だったのですから、これはそちら側の契約不履行とも言えますな。ゆえに本当なら違約金としてその分も返済額に上乗せしても良いのですよ」
「ふ、ふざけるな、こんな紙切れの存在なんて俺は知らん、覚えてない、だから無効だ!」
案の定ダズは否認し始めましたが、他でもない父にそのような悪あがきは当然通用しません。
「しかし、そちらにはきちんとレイドリー男爵の署名と紋章が捺印されているではありませんか。渋るなら法廷で争うことになりますがいくら貴族とはいえ、多額の裏金でも積まない限り裁判官の判定は買収できませんよ。しかも裁判に負けたらかかった訴訟費用も全額そちらの負担となりますが、いかがされますかな?」
「だ、だったらこうすればいいだけだっ!」
証拠がなければ言い逃れできると思ったのか、ダズは誓約書を引き裂いてしまいました。
「ああそのようなことをされても無駄ですよ? ただの写しですから。本物はちゃんと別の場所で大切に保管してあります」
「なっ⁉」
しかし父の方が上手で、こうなることはとっくにお見通しでした。
あの誓約書を書かせた時からあらかじめ写しは用意していたそうで、こうしてそれが役に立ったという訳なのです。
「さて今のレイドリー男爵の行動で誠実さは欠片もないことが証明されましたので、きっちり満額返還いただくまで一切手心をくわえたりしないのでそのつもりで。それではさっそく今月から娘への慰謝料と貸し与えた分の支援金の返還をお願いします」
「おい待て同時にだと⁉ 俺の家を潰す気か⁉」
「はておかしなことを。わたしが潰すもなにも、最初からレイドリー家は没落の最中にあったではありませんか。だというのにレイドリー男爵にはこちらの援助を打ち切ってまで添い遂げたい女性が別にいらしたのでしょう? でしたら男としてその意地は貫きませんとな」
毅然と答える父の態度こそ厳格ですがその語調は若干、いえとても弾んでおられます。
どうやらここぞとばかりに鬱憤を晴らしているようですね。
「た、たかが平民風情が舐めやがって……っ! ああいいさ、きっちり金を返せばいいのだろう⁉ ならば貴族のプライドにかけて払ってやるとも、そして我がレイドリー家を侮辱したことを絶対に後悔させてやるからな!」
そんな捨て台詞とも取れる発言を残されてからダズは応接室を出ていきました。
「侮辱ときたか。侮辱をされたのはメリエッダと大事な一人娘を無碍に扱われたわたしたち親子の方だと言うのにな。まあいい、向こうがあの調子ならばこちらとしても罪悪感を抱くことはない。あの男の言う通り、せいぜい後悔させてもらうとしよう」
いえ本当にできると思ってはいませんね、この口ぶりでは。
私の方はというと……ノーコメントで。
◆
「――いらっしゃいませ、テナス商会にようこそおいで下さいました。当店は顧客満足度最優先をモットーに営業しております」
私は受付嬢として足を運んでくれたお客様一人一人に折り目正しく挨拶をおこないます。
父からはダズの一件で苦労をかけた分しばらく自由を満喫していいと言われましたが、どうせ他にやることはないですし私も落ち着かないので、こうして昔やっていた父の仕事のお手伝いに復帰をさせていただくことにしました。
とはいってもピーク時が過ぎたこともあって人の出入りも減り、もう少しで暇になるでしょう。
「すまないが道を開けてくれ。俺はここの受付嬢に用があってな」
ちょうどそのタイミングで再び私を尋ねてくる影があり――。
「……やはり帰ってきていたのか、メリエッダ。噂を耳にしたのだが、お前がレイドリー男爵から婚約破棄されたというのは本当か?」
私にそう声をかけてきたのは、父が共同事業の相談をもちかけたこともあるオルレイン伯爵家のご子息ハルバード様でした。
結局その時は上手く交渉がまとまらず結果的に見送りにはなってしまったのですが、彼がご両親との間に立ってくれたおかげで門前払いをされずに話だけでも聞いてくれたことを父は大層驚いておりました。
それからというもの、ハルバード様は我が家と懇意にしてくださるようになりました。
ですがダズと婚約が決まった辺りでしょうか、ハルバード様が商会にお越しくださる機会も少しずつ減っていき、やがて完全にお会いすることも叶わなくなりました。
それがこうして再びお目にかかれるとは。
ですが再開の喜びはともかくまずはハルバード様に返事をしないと。
「ご無沙汰しております、ハルバード様。はい、確かにダズ様から婚約破棄をされまして、それで恥ずかしながらこちらに戻ってまいりました」
「そうか。伝え聞いた通りだな……」
などと、ハルバード様は得心がいったご様子で一人頷いております。
さてどういった反応をすればよいのかと思案をしていたところ、次の瞬間彼が意を決した表情でこのようなことを申されたのです。
「ならばもうなにも遠慮する必要はないのだな。――メリエッダ・テナス、もしも縁談話に嫌気がさしていないのなら、改めて俺と一緒になってはくれないか?」
「……はい?」
彼からもたらされた予期せぬ一言に、肯定とも否定とも取れるニュアンスでもって答えてしまいました。
これはどう考えても愛の告白、ですよね?
確かに父ともどもハルバード様に特別よくしていただいているとは前々から感じていましたが、まさか異性として想われていたとは驚きです。
ただ一つはっきりしていることはハルバード様からの告白に対し面倒や嫌な気持ちは一切なく、むしろ嬉しいとさえ感じていることでした。
しかし、この感情が恋心なのかまでは自分でもまだ分かりません。
ですからそれを見極めるためにも、私の返答は既に決まっていました。
◆
「お帰りなさい。プロポーズの結果はどうだったハルバード」
テナス商会を後にした俺が外に待機させていた馬車に乗り込むやいなや、先に乗車していた我が姉イサラがさっそく結果報告を求めてきた。
こちらとてようやっと告白できた緊張から解放されたのだから、少し落ち着く時間がほしいものだがまあ仕方がない。
そもそも姉上がいてくれなければメリエッダに想いを伝えることはできなかっただろうからな、報告の義務は当然ある。
ああそれにしても久しぶりに見た彼女の姿にはつい見入ってしまった。
なにせ地味ではあるがどこか大人びた美しさにますます磨きがかかっており、あの流れるような黒髪も宝石のようにコロッとしたその瞳もすべてが愛おしく、まさにどこをとっても俺の好みそのものだ。
そのうえ人好きをさせる愛嬌のある笑顔といざという時に三歩下がって男を立てる気立ての良さもありまるで文句のつけようがない異性……っといかん、話が脱線してしまった。
「返事は今のところ保留、とりあえず今度デートの約束を取り付けただけですが、しかし手応えはありました」
ゆえにもう慌てる必要はない。
俺が告白した際に、彼女は迷惑そうな素振りを見せなかった。
それどころか顔をトマトのように赤らめて少し
あの時の光景を記録できないことが悔やまれるが、俺の記憶に深く刻まれたことは間違いない。
正直可愛すぎて気絶するかと思ったほどだ。
「姉上にはご足労をかけしましたが、もう大丈夫です。いずれは彼女を自分一人の力で手に入れてみせます」
「ぜひそうあってほしいわね。でないとわざわざ貴方の告白の練習に三十回以上も付き合わされた私が報われないもの。弟から繰り返し何度も愛の言葉を囁かれるなんて経験、もしも血の繋がった姉であれば恐怖以外のなにものでもないのだし」
「ご安心ください姉上、俺はメリエッダ一筋なので間違えは起こり得ません。まあそれはさておき姉上、あいつのことはどうなりましたか?」
今度は例の件について進捗を尋ねると、なぜか姉上はつまらなそうに口を尖らせてから、
「全部貴方の思惑通りよ。つい先日ウチに婿入りするからどうか婚約破棄の慰謝料を含めた借金の肩代わりをしてほしいって土下座をしてきたわ。もちろんその場で断ってあの男ダズ・レイドリーに事の真相を伝えて捨て置いてきたけども」
しかしその時のあいつの情けない姿を思い出してか、すぐに笑みを浮かべてみせた。
よっぽど面白かったのだろう、こんなに愉快げに笑う姉上は珍しい。
俺も一緒に見てみたかったが残念だ。
……さて、頃合いだしこの辺りで白状しよう。
今回の一件、つまりメリエッダとあいつ、ダズの婚約破棄における一連の騒動は、他ならぬこの俺が画策したことである。
あいつが平民を相手に望まぬ婚約を結んだ経緯については把握していた。
だから数多くの子息との縁談をふいにして貴族の間ではちょっとした有名人である姉上に協力を仰ぎあの男に気のある演技をしてもらうことで、婚約者を商家の娘から伯爵令嬢に乗り換えるよう誘導させたのだ。
すると面白いようにあいつは俺の餌に食いつきあれよあれよという間に慰謝料を含む、多額の金の返済義務を強いられる羽目になった。
そうして再びフリーになったメリエッダにすぐ俺が近づき、こうしてデートの約束をするところにまでこぎつけたというわけだ。
「貴方の目論見は見事に的中したみたいだけど、なにもこんなまどろっこしい真似をしなくても他にやりようはあったのではないの?」
「姉上のおっしゃる通りですが、しかしそれでは面白くないでしょう?」
将来メリエッダとの結婚を認めてもらうためにテナス商会に足を運ぶ頻度を減らしてまで親から俺に与えられた婚約の課題をこなしていた最中、あろうことか突然横から現れたダズがなんの断りもなく彼女をかっさらっていったのだ。
それは到底承服できることではなかった。
メリエッダは俺の初恋の女性だ。
あの日我が家に共同事業の話を持ち込んできたテナス商会、そこの一人娘をひと目見た瞬間俺は恋に落ちてしまった。
生涯をともにする伴侶はもはやメリエッダ以外考えられないほどに。
だから人の恋路を邪魔したダズは自分にとって許されざる敵となったのだ。
だが姉上の協力もあってあいつの家は近いうちに廃家が確実視され、平民落ちも時間の問題だ。
せいぜいお前がさんざん見下していた下流階級に混じって日雇いの肉体労働でもして、それでも終わらぬ借金地獄の毎日を送るといいさ。
「それにしても、今回姉上にはなんのメリットもないのによく俺の作戦に協力してくれましたね。おかげで姉上には一生頭が上がりませんよ。……もしやメリエッダが他所の男の下へ行ってしまい悲しんでいた俺の様子を見て笑ってしまったことについて、罪悪感でも抱かれましたか?」
「別に。貴族と平民の恋と、血の繋がらない姉弟の恋、どちらか一方は本来なら叶わないものよ。だったら諦めるために可愛い弟の恋を後押しするしかないじゃない? 自分の恋愛も大事だけど、それ以上に好きな相手の方に幸せになってほしいから」
「? それはいったいどういう――」
「さてね、そろそろ私も現実を見て普通の姉上になる時がきたってことよ。まずはその一環としていい加減お見合いについても真剣に取り組まないといけないようね。弟より結婚の遅い姉なんて、世間体が悪いもの」
「でしたら俺の知り合いでメレツ子爵家の三男坊を紹介いたしましょうか?」
「五十過ぎた未婚デブ親父を姉に押し付けようとしないで頂戴! こっちだってもうちょっと若い男を選ぶ権利くらいあるわ! なによ、あの娘とのデートが決まったからって調子に乗ってぇ!」
「うわ姉上、馬車の中で暴れないでください! 落ちます、落ちますからぁぁぁっ!」
憤慨しながらポカポカ殴りかかってくる姉上を必死になだめつつ、メリエッダとの来たるべき日に備えてのプランをさっそく今から考え始めるのであった。
(了)
__________
この短編をもちまして本編と併せた本作は完結となりますが、誤解のないよう重ねて伝えさせていただきますとこちらのハルバードはあくまでも養子であり、姉であるイサラと血の繋がりが一切ございません。
イサラの近親愛を思わせる描写も作劇の都合上迫られたものであり特定の人物や団体、思想とは一切関係がありません。
また、作者の趣味思考を反映させたものでないことを頭の片隅に留めておいていただけると幸いです。
最後のお願いになりますが、本作並びにこちらの短編を少しでも面白いと思っていただけたら☆レビューやフォロー、応援や感想コメントなどを完結記念としてもらえると嬉しいです。
https://kakuyomu.jp/works/16817330655991765629/episodes/16817330655991780523
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『愚かな殿下へ。そちらの女性はどう考えても◯◯からの◯◯ですが、私は悪女のようなので黙っておきますね』という恋愛短編を公開しております。
この作品も例によって婚約破棄からストーリーが始まりますが簡単な
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『婚約者の浮気相手から別れるように迫られましたが、愛想が尽きたのでこちらから婚約破棄させていただきます』という恋愛短編を公開中です。
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それではまた、次回作でも読者の皆様にお会いできることを願って。
佐佑左右
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別の女性が好きでも構いませんが、自分勝手な婚約破棄の代償は大きいですよ? 佐佑左右 @sayuu_sayuu
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