【拾】日本初の"○○探偵"の生誕[前編最終回]
†††
†
野口家に来訪した警部は厳格な顔つきで言った。
「
秀三郎は絞り出すように声を出そうとするも、圧迫されたような吐息しか出ない。
「僕は…………内海秀三郎と申します…………食客であります…………」
「同居人か。当家の主人の
突如来訪した人物は、警部1人、巡査2人、刑事巡査1人であった。
秀三郎はただ彼らの顔をじっと見つめているだけだった。何か言おうとするも、言葉の半分が歯の奥で消え、残りの半分は舌の根元で止まってしまった。目は霞んで、耳鳴りが響き、弾力のあるゴムの小瓶が密閉されて膨れ上がりいきなりその張りが緩められたかのような感触が全身を埋め尽くす。恐怖以外の感情は何もない。
「ギャ――」
お
秀三郎はようやく「はっ」と気を戻して声を上げた。
「オバさん、驚いちゃァいけない! しっかり僕に捕まって。大丈夫だから、僕たちの身に暗いことがないんだから。僕なんてちっともびっくりしてもいないよ……ァハ……は……」
「はい、大丈夫です。はい、驚きやしませんよ。秀さんもみっともない。ガタガタ震えなさんな」
突如シャキッと立ち上がり正気になるお
「ナニ。僕は怖くってふ……ふ……震えてるんぢゃあねぇ……どうも非常に寒いからね。アー実に寒いよ……」
「それにしても、お前さん。顔が真っ赤になっているじゃないか」
お
二人が小声で話している間、家の中に入った巡査が二階から降りてきた。
手を口に当てコソコソ話をするように問いかけるお
「御役人様、直接お聞きして恐れ入りますが、何も弁えない
「
ピクンと、何か反射的な反応をした瞬間、お
「何と仰られましたか? 私の耳は遠いので、よく聞こえませんでしたが、あなたは殺人と言いましたか?」
「
お
「へー。人殺しとは母の身では聞き捨てなりませんね。一体まあ何たることでしょう。老いた私のために、詳細を洩らして戴けませんでしょうか?」
「私は
お
「それで、どこで、いつ逮捕いたしました?」
「今朝の0時に京橋区新富町三丁目の潮多家付近で逮捕しました」
「ギャヒーーーーーーーーーーーー!!!!!!!」
ドサッ。
お
「おばあさん! しっかりして!大丈夫だから!」
そうして刑事たちは
†
秀三郎は、急いで玄関をしっかりと閉め、力の抜けたお
「秀さん。まさかとは思うがどうも……アー私は夢を見ていませんか…………? どうしたらよいのでしょうか……」
秀三郎は答えかねて、ひたすら涙を流し続けた。
野口家の
お
食事の支度は誰もせず、起伏するのみで家戸を開かず、たまに近所の新聞を買いに行く以外は、何もしなかった。
†
警察が家を捜査して証拠品を押収してからおよそ一週間後。
1月21日のこと、秀三郎は正気をようやく取り戻した。
「どう考えても、私の恩人であり友人である野口今朝雄は、そのような大きな犯罪を犯すような人ではない。証拠があっても、彼の心情を知る者としては、彼がそんな犯罪者だとは言い切れない。友人としての信頼がここにある。彼のためにも身を投げ出して無罪を訴えるべき時だ。救わなければならない。命を捧げても救わなければならない。そのためには押収された証拠を打ち消す証拠や真犯人を見つけ出すべきだ! 今は悲しみに暮れる時ではない!」
秀三郎は、まるで別人のように決意を持って起き上がった。
帯を締めなおし、羽織を改め、きちんと身だしなみを整え、息子の無罪を神に祈るお
「オバさん、少し不自由させるかもしれないけれども、一週間ほど僕に
お
「秀さん、何をおっしゃるんですか? この心配の中、お前さんまでそんな世迷言を言い出すなんて私はどうしたらいいかわからないよ」
戸惑うお
「いや、そういうわけじゃないよ、オバさん。僕が考えるに、今朝さんがそんなことをするわけがない。これは警察が間違っているに違いないと思う。もしくは他に犯人が居て、まだ見つかっていないだけかもしれない。だから、どうしても1週間のうちに証拠を見つけて、今朝さんを監獄から救い出さないといけないと思ってるんだ」
お
「それは御親切に有難う。だけど何を言うにもあんな証拠が挙がった所を見ると、
秀三郎はお
本気で、想いを伝える為に。
「馬鹿なことを言わないでくれ! 何とかして犯人を探し出せば、それで問題が解決するだろう! オバさん! 一人にさせるのは辛いだろうけど、どうか時間をください! お願いだから、時間をください!!」
秀三郎の決死のお願いに、お
「秀さん……」
秀三郎の言葉により、お
――だが。
「でも、探偵は警察のお仕事だよ」
それは、この明治の時代にて存在しない。
だから当然、理解を示さなかった。
「ああ、知っているサ。でもね、お
――どうぞ今の事はくれぐれも頼んだよ。秀さん。
――ああ、良いですよ。内海秀三郎が確かに請け合った!
「
――友を救ってみせる。
その為には、探偵にだって、なってやる。
†††
何時が
何時が
幾多の根拠を駆け抜けて
それは無数を探し出す。
なに
それの名は存在しない。
この
だが、遠い
それは確かに存在する。
初めて放たれた名も無き
――自身の知識の探求ではなく。
――仕事としての責務ですらなく。
――ましてや道理を通した正義でもなく。
――ただ友を助ける、その想いだけで見つけ出そうとした。
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前編・最終回
第拾話
『日本初の"
『硝烟劔鋩/殺人犯』~日本最古の探偵~ 九兆 @kyu_tyou
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