第31話 強制成仏の街
烏丸からの連絡は、竹原組を継いで組長になった竹原征爾の件だった。
「竹原組が不穏な動きをしています」
竹原組の後藤兼雄が八木沢に張り付いて、ついに潜伏しているらしき峯伏寺診療所を突き止めていた。
「あの野郎、金菱組の用心棒をしてやがる」
「丁度いい。他の組員ごと皆殺しだ」
竹原組は征爾が組長になってからというもの、その身勝手な我儘の暴走ぶりに組員や子飼いの犯グレ連中の離脱が度重なり、今や部下はシャブ中の後藤兼雄と神原豊明のふたりだけになり、右手首を失った風前の征爾は、捨て身で暴れる以外に突破口はなくなっていた。
不死川所長と烏丸巡査が峯伏寺参道入口の階段に到着したのはほぼ同時だった。既に見覚えのある征爾の外車が乱暴に乗り捨てられていた。不死川所長と烏丸巡査は参道沿いにある峯伏寺診療所に急いだ。
病院に乗り込んだ征爾たちは、スタッフや入院患者らが恐怖に右往左往する中、片っ端から病室を探し回ったが、上杉も八木沢も見付けられなかった。そこに龍仙和尚が現れた。
「どなたか、お捜しですかな?」
「誰だ、おまえ!」
「この病院の院長をしております峯伏寺住職の小林龍仙と申します」
「上杉と八木沢を出せ!」
「はて、当病院のスタッフにそういった方が居ま…」
「惚けるな! 入院患者とその用心棒だ!」
「ああ、用心棒の方でしたら…ええと…あなたの後ろですよ」
振り向きざま、八木沢のスタンガンが一瞬の間に三人を捉えた。白衣姿の組員らは電気ショックに悶える後藤と神原のふたりを素早く結束バンドで拘束。まだ手首の損傷癒えない征爾は病院の拘束帯で捕縛されて身動きが取れなくなった。
裏では金菱組の幹部らが出番は今かと待機していたが、舎弟らで難なく片付き気勢を殺がれて苦笑いしていた。不死川所長と烏丸巡査が駆け付けると既にことは済んでいた。
「皆さん、ご迷惑をお掛けしました」
烏丸巡査が後藤と神原を連行し、八木沢は征爾を拘束した車椅子を押す後ろから、不死川所長と龍仙和尚が続いた。
病院の外では金倫舎の黒いキャラバンが待っていた。運転席から郡司が出て来て客席のドアを開け、三人を乗せて出発した。その一行を金菱組の組員一同が見送った。
窓の外を眺めていた後藤は不審に思った。車は警察署に向かう道ではなく林道に入った。
「どこへ連れて行くんだ !?」
「黙ってろ」
間もなく林道の奥に白い建物が姿を現した。入江の待つ火葬場である。
車から降りた八木沢は、身動き取れない征爾の車椅子を押して建物に入ると、郡司と高遠が出迎えた。
「いらっしゃいませ」
眼前に三基の棺が並べられていた。八木沢と郡司は、車椅子から征爾を持ち上げ、その一基に納棺し釘打ちが始まると、それを見ていた後藤と神原は激しく抵抗を試みた。
「てめえら何しやがんだ! 気でも狂ったか!」
「お静かになさいまし」
高遠が “お注射” を施すと、次第におとなしくなった二人を次々と棺に納め、釘打ちを施した。三人は生きたまま棺に納められたが、征爾の棺だけは中で大暴れしていた。
「まるで煮立った土鍋の泥鰌だな」
「では征爾さまから始めます」
棺は、征爾が一際激しく暴れる中、ゆっくりと火葬炉の中に入って行った。そして火葬炉の挿入口が完全に閉まった。
「征爾の火葬の点火ボタンは、八木沢さん、あんたが相応しい」
烏丸巡査は八木沢を指名した。
「いいでしょうか、みなさん」
皆が頷いた。
「ありがとうございます。では、自分がやらせてもらいます。皆さま、合掌をお願いします」
八木沢が点火ボタンを押すとボッという重い音がし、急速に火力の勢いが増す中、龍仙和尚の炉前読経が始まった。
火葬士の入江は火葬炉の除き窓から、征爾の燃え具合を冷徹に見詰めていた。少年犯罪の傘の下、レイプの常習者であり、犯罪の博覧会だった征爾の最後に相応しい生きたままの火葬。悪魔の断末魔の如く大集熱地獄で苦しむ征爾の体は次第に動かなくなり、パンパンに膨張し、水蒸気を発散しながら焼けていった。遺体は少し前屈みになって起き上がり、皮が捲れて肉が焼け、徐々に骨が現われた。
次の火葬は後藤と神原の番だ。高遠の “お注射” はご丁寧にも正確に火葬寸前に目を覚まさせたようだ。二人はほぼ同時に棺の中で暴れ出した。棺が火葬炉を滑り出すと、ふたりの強気の抗議が悲痛な命乞いになっていった。恐怖に泣き叫ぶ棺は厳かに火葬炉の中に収納され、挿入口が閉まった。再び、龍仙和尚の炉前読経が始まった。
「では謹んで点火ボタンを押させていただきます」
近藤と郡司の手で二基の炉が同時にボボッと点火された。通常であれば骨の形が残る程度に焼くのだが、彼ら犯罪者は残骨灰になるまで更に燃焼し、残骨灰処理業者によって圧縮され、払い下げられ処理される運命だ。厚労省によれば「宗教的感情の対象として扱われる場合は廃棄物ではないが、宗教的感情の対象として扱われない場合は廃棄物とすること」となっている。運が良ければ花壇に咲く美しい植物の肥料になれるかもしれない。
六地蔵地区は二十年掛けて、やっと厄介者が姿を消し、人並みのマナーを守れる街になった。デコ捨て山名物 “手首事件” は既に都市伝説となり、不死川と洋子は所帯を持っていた。峯伏寺診療所の施設も今や大病院に様変わりして、他病院から移って来た洋子は医師の指示で静脈注射もこなす腕のいいベテラン看護師として勤務していた。
「ちょっとチクッとしますね」
慣れたしぐさで血管を捉えた。
「患者さん、私を知ってる?」
「え…どなたでしたっけ !?」
「中学生の頃、あなたに苛め抜かれていた思い出が懐かしいです」
「え !?」
看護師のネームプレートには不死川洋子とあった。
「旧制は長谷川です。長谷川洋子です。お久し振り」
洋子の顔を見て患者の表情が強張った。
「思い出しました? あなたには感謝です。お陰で私をいじめから救ってくださった警察官と結婚出来たんです。ご存じでしょ、あの時の不死川巡査。今は六地蔵交番の所長なの。川園ひとみさんは幸運のキューピットだわ」
川園は全身に鳥肌が走った。
「あら、動かないでね。針が神経に刺さっちゃうから」
川園は硬直した。
「この間ね、智里ちゃんが救急搬送されて来たのよ。全身にひどい傷だった…途中で警察官が来て物々しかった。どうしたのかしらね」
「・・・」
「あの子、中学の頃から両親のDVに遭っていたのは知っているけど、関係あるのかしらね。一昨日、亡くなったわ…縁ね、このベッドで亡くなったのよ」
「・・・!」
「あら、ごめんね。こんなこと言っちゃいけなかったわね」
入江智里は洋子の中学のクラスメートだった。一学年上の川園ひとみらとつるんで洋子を苛め抜いていたひとりだ。軌道を逸して荒れた生活の末、DV夫の鉄槌を受け、洋子の勤務する病院に救急搬送されて来た。
「洋子、私、バチが当たちゃった…ごめんね」
駆け付ける身内もない智里が死に際に残した最期の言葉だった。
数日後、川園ひとみは完治を待たずに病室を抜け出し、道路に飛び出したところで急患を搬送して来た救急車に撥ねられた。即死だった。
峯伏寺病院は街のゴミが運ばれて来る病院。そして「デコ捨て山」は平和な街で闊歩するゴミどもを強制成仏させる交番窓口なのだ。
日本はすばらしい国だ。バカを見たいなら正直者であればいいし、黙っていても長いものに巻かれる。裁判はお金がある人が勝つ。トラブルの当事者になりたくなければマナー違反に目を瞑って順番を待っていれば、運が良ければ生きている間に順番が回って来る。世界は日本の平和ボケが大好きだ。国外の人々でも日本国民の施しを受けて日本人以上に好き放題・自由奔放に生きて死ねる国なのだ。町の平和のために最も頑張っている警察を信用しない猜疑心があれば、人生の半分は安全に過ごせるかもしれない。
デコ捨て山の前の花壇の花々は、今日も心地よいそよ風に揺られていた。
( 完 )
デコ捨て山 伊東へいざん @Heizan
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