王子の首を斬り損ねた日
というわけでやってきました夜会。
いえ本当はやってきたくはありませんでしたが。
でも私本当に友達がいないんです。ティアンナ以外には学園で私と話してくれる人ゼロ人なんです。彼女との友情を守るためなら大抵の悪事には手を染められるのではないでしょうか。
そんなことを考えながら夜会の会場を訪れた私を見て、ティアンナはゴミを見る目をこちらへ向けながら言いました。
「アリス。貴女、正気ですこと?」
「脳みそを常にどっぷりハチミツに漬けているティアンナよりはマシだと自負してる」
「失礼ですわね!? 貴女の格好、どう考えても夜会に似つかわしくないですわ!?」
「こっちの方が楽なんだもん」
私の格好? 男物のシャツに男物のズボンを組み合わせ、腰には帯剣しております。
剣を肌身離さず持ち歩くことは騎士の嗜み。ああ、左腰に感じる重さのなんと心落ち着くこと……。
これ以上ないぐらいにこの格好は私にとっての正装なのですが、ティアンナはそうは思って下さらなかったようで、
「そんな野蛮な格好で夜会に行くなんて正気じゃありませんわ!? なんでドレスを着てこなかったんですの、アリス!」
と、物凄い剣幕で彼女は私に詰め寄ってきた。
「ティアンナ。良いことを教えてあげる。剣を振るうには、ドレスも、踵の高い優雅な靴も必要ないのよ?」
「アリスに良いことを教えてあげますわ。夜会とは剣ではなく、男と女が手と手を取り合いフロアにステップを刻む場所なんですのよ?」
「恋愛脳乙」
「アリスこそ野蛮人ですわ」
「……」
「……」
ムムムと、互いに黙ってにらみ合う。
だが、やがてティアンナは「はぁ……」とため息をついて肩を落とした。
「どちらにせよ……夜会までもう時間がありませんわね。今から着替えるというわけにも参りませんし」
「まあ、いつも通りティアンナの護衛という体裁で入ればいいじゃない。貴族なんだから、使用人の一人や二人ぐらいなら連れ歩いていてもおかしくないわ」
「位で言えばわたしもアリスも子爵家の令嬢同士なの分かっております?」
「騎士団に入団すればそんな窮屈な地位は実家の縁ごと捨てると決めてるから問題ないわよ」
以前からよく、こういった夜会やパーティーがある際には、ティアンナの使用人という体裁で参加することも少なくなかった。
当然、それはお貴族様文化的には恥ずべきことで、暴挙もいいところらしい。それを理由に、私のことを『蛮人令嬢』だとか陰口をささやき交わす者なんかもいたりして。
でも、それならそれで私は構わないのですよ。
お淑やかに生きるのが向いていないなら、それこそ剣を手に戦場に立つ未来を選択してもいいわけで。
奇人変人を見るような眼を向けられるのは、窮屈で息苦しいことではあるけれど……それでも今さら、淑女みたいな顔をするつもりは私にはないのですよ。
と、いうわけで、ティアンナに付き従うようにして私たちは受付を済ませ夜会の会場へと入る。
でもまさか、想像してもおりませんでしたわ。
この夜会で、私の今後の人生を脅かす天敵――将来的には私の伴侶となる人間と出会うことになるだなんて。
***
夜会の会場は煌びやかな装飾で彩られ、キラキラしたドレスや高価な生地で織られたスーツを纏う男女ですでに賑わいを見せていた。
なんとも貴族趣味染みた、派手な空間であることでしょう。もう帰りたいです。帰って訓練場にこもって剣でも振っていたいところ。こんな風に人の集まる空間は、昔からどうにも苦手でならない私です。
とはいえ、そんな風に苦い気持ちを噛み締めているのは私だけ。
私のインスタントご主人様であるところのティアンナは、「わぁぁぁぁっ!」と。
なんともまあ……嬉しそうにおめめをキラキラさせていらっしゃることで……。
一体なにが楽しいのやら……。
「それでは、私は隅におりますから、何か御用命がありましたらお声がけください、お嬢様」
「アリスのその取ってつけたような使用人口調、やっぱり違和感すごいですわ……」
「勘違いした田舎娘がここぞとばかりにドレスで着飾って自分を大きく見せようとしている違和感と比べればまだマシだと思いますわ、お嬢様」
「夜会にまで来てそのセリフを言えるアリスの神経を疑いますわ!?」
ぎょっとした目でティアンナがツッコんでくる。
実際、周りにいたお嬢様方も何人かが凄まじい顔でこちらを睨んできた。
「お嬢様型、ごゆるりとどうぞ」
そんな彼女たちに私は笑顔で会釈して、会場の隅っこへと退散していく。
あ、視界の端っこでティアンナが何人かに詰め寄られて困ってる。大変そうだなー、可哀想に(棒)
そんなことを思いつつ、会場の隅っこで適当に食事を摘まむことにする。あ、このパエリア美味しい。
そうやって過ごしている間にも、夜会の主催であるオルモンド殿下の挨拶やら、ダンスの時間やらが訪れたけれども、その間私はほとんど飲み食いばかりをしていた。
こうした夜会のいいところは、出てくる食事が美味しいという一点に尽きる。こういう場でもなければ食べられないような御馳走を口にできるのは素直に嬉しいことだった。
そうしているうちに時も過ぎ、腹も膨れ、夜会もそろそろ終わりを迎える頃のことである。その男が会場に現れたのは。
ちょうど私が鶏肉の照り焼き(骨付き)に被りついているタイミングで、突然馬が蹄を打ち鳴らす音が会場の外から聞こえてきたのだ。
そして、その音は次第に大きくなっていき――やがて「ハイヨー!」などという掛け声と共に馬に乗った男が夜会会場へと飛び込んできたのである。
「やってるかー、オルモンド!? 喜べ、俺様が来てやったぞ!」
馬上でオルモンド殿下に向かって不敬にも叫ぶようにして話しかけたのは、私でも知っている男であった。
ロベルト・エルドラッド。
エルドラッド王家の三男で、オルモンド殿下の弟に当たる。
要するに彼もまた王族ということになるのだが……その評判は、長兄のオルモンド殿下や次兄のアーノルド殿下と比べればお世辞にも芳しいとは言えない。
オルモンド殿下は政治方面に深く通じ、アーノルド殿下は武の
実際、そのあだ名の通り、その装いはいかにも派手だ。
実戦では使われたことがありませんとでも言いたげな金ぴかの鎧に、無駄にひらひらと翻るマント。王族の嗜みとして馬術の腕はそれなりのようだが、その腰に提げられた細剣は実用に耐えない華奢なもの。
もともとの顔立ちは整っており、くるくると巻かれた柔らかい栗毛も相まって、格好だけは無駄に
単純に、不愉快だったのである。こういう、遊び半分で剣や鎧を纏っている馬鹿者が。
自然、ついつい視線が鋭くなり、ロベルト殿下を睨みつけてしまう私だが……そうしていると向こうもまたこちらに気づいたらしい。
私と目が合った殿下は、「ほう!」とでも言いたげな顔つきになると、器用に馬を操って近づいてきた。
「なんだお前! 女だてらに剣なんぞ提げおって。なかなか面白い女だな!」
「はぁ……それが何か?」
「なに、興が乗った。その腰のモノが飾りなのかどうか、俺自ら相手をして確かめてやろう!」
そう言って、ロベルト殿下はスラリと細剣を抜き放った。
「……は?」
そんな彼の言動に、私は思わずカチンと来た。
いやほんと、マジでなに言ってるんだこいつ? と思ったんですよ、ええ。
いきなり人のことを『面白い女』扱いしてきたことも腹立たしいし、なにより私の愛剣を飾り呼ばわりしてきたことも許せない。
さらには明らかにど素人のくせして、『確かめてやる』などという上から目線。
人をバカにするにも程がある。
「ほらほら、んん? 俺が試してやると言ってるんだから、遠慮するなよ。それともやっぱり剣士のコスプレか? ハハッ」
私がムカムカしている間にも、殿下はそう言っておちょくるようにこちらへ向けた剣先を揺らしている。
どうやら私のことを玩具か何かとでも勘違いしておられる様子あーこいつムカつくなーニヤけた面構えしやがってまったくなにが面白いんだかこっちはとにかく不愉快だよただでさえクソつまんない夜会なんかに駆り出されてるのになんでこんな面倒くさい絡まれ方しなきゃいけないんだよめっちゃ腹立つあーあーあーーーーーーーーーーーー斬ろう。
私は思い切り踏み込んで剣を抜き放った。
「
「ぬおっ!?」
そのまま神速で殿下の首を――ああいやダメダメちょっと待って私。
さすがに
最後の最後で一瞬だけ理性が働いた。
首を狙っていた斬撃を、ギリのギリギリで軌道修正。
結果、私の一撃は、王子の細剣を半ばから真っ二つに叩ききっていた。
くるくると回転しながら、折れた剣先は弧を描くようにして宙を舞うと、やがてそのまま落ちてきて地面に突き立つ。
それを確認したところで私は残身を解き、抜き放った剣を鞘に納めた。
「お、おお……おおおお……!」
そんな彼に私は告げた。
「どちらが飾りか、どうやらはっきりしたようですね」
――これが、私とロベルト殿下との最初の出会いなのであった。
失格令嬢と呼ばれた私ですが、王子様の首を斬り損ねたら面白い女だと勘違いされて世話係として任じられました 月野 観空 @makkuxjack
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