夜会に誘われて
寝物語に時たま聞いたことのある、ご令嬢方の好む物語がある。
それは例えば、醜女が魔法使いの協力を得て実は美女だったことが判明して尊い身分の方に見初められるとか。
それは例えば、不幸でみすぼらしい女が尊いお方になぜか見初められ、実は高貴な血筋を引いていることと美女であることが判明して溺愛されるとか。
それは例えば、性悪女と囁かれている女が実はいい人で、その心根の美しさを引き立てられ尊い身分のイケメンに溶けそうなほど愛されるとか。
なんかそういう物語。
で、その手の物語に共通するのって、ヒロインが『実はいい子』とか『実は美女』とか『実は高貴な血筋を引いている』とか、そういう感じの……なんか、なんかそう、アレ。
モテない女の妄想を詰め込んだみたいな砂糖水に浸りきった都合のいい設定や展開のオンパレードといったものばかり。
……でも、うん、でもね?
私そういうの読むたびに思っちゃうのよね……。
ああ、私にはまるで縁のないお話だなって。
なんせ、私ことアリス・ジルヴァリアの性格は――人の言葉を借りるなら、どうやらひん曲がっているらしい。
おまけに容姿が特段優れているわけでもなければ、血筋だってもとは騎士階級出身の下級貴族でそこに隠された真の血筋があるわけでもない。
性格が本当にひん曲がっていて、十人並みの容姿で、せいぜいが
先の話を腐れ縁のティアンナにも言ってみたのだけれど、「そんな風にしか物語を見れないなんて人生つまらなそう」ってゴミを見る目で言われてしまった。
でもねティアンナ。お願い聞いて? 私にも貴女にも白馬の王子様なんてこの先一生現れないのよ? 貴女も私も子爵家の生まれでしかも次女以下でどっかの適当な身分の男と結婚することがもう決まってるんだから変に期待なんてしても無駄じゃない? え、もしかしたら王子様に見初められるかもしれないじゃないって? でも貴女ダンス下手じゃない。白馬の王子様も暇じゃないのよ? 私たちみたいなモブ令嬢なんて気に掛けたりするわけないじゃない。
さらにそう言ってみたところ、
「もうやだっ。アリスのいじわるっ。わたしあなた嫌いっ」
なんて言って、ティアンナはプイっとそっぽを向いたっけ。
「でも私はティアンナの嫌そうな顔してるのを見るの好きよ?」
「ほんっとアリスって最低ねっ」
……ええはい、そうですそうなんです。
親友のティアンナ曰く、私ってどうやらクズで最低の女みたい。人の嫌がることばかり好んでするひねくれ者だって。
だから……だからね。
白馬の王子様なんて、脳みそがたっぷりのはちみつで浸されているバカなご令嬢の頭の中にしか存在しないものだと思ってたわ、その日まで。
――お前、おもしれー女だな。
だからその人が現れて、馬上からそんな言葉を私に向かって投げてきた時、私ったらついつい舞い上がってしまいまして。
取り乱すあまり、うっかりとんだ無作法を晒してしまいましたわ。
まあ、端的に換言いたしますと、斬りかかりました。
ええ、お相手の――この国の第三王子である、ロベルト殿下に。
この時、殿下の首を一刀で斬り落とせなかったことが、私の物語の始まりですわね。ええ。
***
かくあれかしと剣を振るえばあらゆるすべてに片がつく――というのが、私の昔からの理想なのですが、どうにも世の中というものはもう少し複雑にできている。
そのことを初めて知ったのは、六歳になってティアンナと初めて会った時でした。
私の家、ジルヴァリア家はもともと騎士の家系でして、そこからお歴々の誰ぞが戦功を立て子爵の地位を得たものだそうなのですが、そんな家で育った私もご先祖様の武勇には憧れたものです。
物心ついたころにはシルヴァリア家の騎士団に混じって棒切れを振るい、いずれは彼らと肩を並べて戦場に断ちたいと幼心にも思っておりました。
ところが私の愚かなる母親は、「女子どもが戦いなんてみっともない!」と言い出して、貴族としての礼儀作法を教え込むためにかねてより交流のあったセルヴィス子爵の家へと私を預けることにしたのが六歳の時。
そしてその時に出会い、今ではすっかり腐れ縁となってしまったのがセルヴィス家の次女、ティアンナ・セルヴィスその人でありました。
で、このティアンナという女、簡単に説明すると、脳みその隅々まではちみつに満たされた頭の悪い女でして……。
「ねえアリス。わたし、どっちの香水をつけていくべきかしら?」
などと、出会いから十年経った今でも現在進行形でそんな質問を投げかけてくる、頭の中には恋愛のことしかないアホ丸出し女というわけなのです。
ちなみに髪の毛も色鮮やかなはちみつ色。きっと脳みその中で繰り広げられている甘ったるい妄想が髪の毛にまで染み出していることでしょう。
「……ええー、知らないよ。なんで私に聞くのそれ」
「だってだって。わたしのこと一番よく知ってるのアリスなんだもの」
「じゃあ私がそういうの興味ないってこともティアンナ知ってるよね?」
「あら、そうなの? でもアリスも女の子だしこういうの興味あるはずよ!」
場所は、エリュシオン王立学園の運動場。
木剣を持って日課の型稽古に励む私は、先ほどからティアンナにあれこれとやかましく話しかけられていた。
「興味ないですどうでもいい。ってかなんのための香水なわけ?」
「もちろん、オルモンド殿下が週末に開かれる夜会の時に着けていく香水よ。わたしとアリスでお揃いの香水を着けていったら、きっととっても素敵だわ」
「週末ぅ? え、行かないよ私。だってその日ガリウス様の公開演習があるもの」
「そんなのダメよ! 女の子なら、騎士団の演習なんかよりも夜会の方に出るべきよ!」
「知らんわ」
「っていうか……あぁぁぁぁぁもぉぉぉぉぉぉぉぉっ! また剣の振りすぎで手がボロボロじゃない! ちゃんと肌のケアしてる!? 女の子の手にしては無骨すぎない!?」
「そう? 一度間近でガリウス様とお話させていただいたことあったけど、ガリウス様の手はもっと分厚くてボロボロ……」
「当代随一の剣聖とか言われてる騎士団の特別指南役さんなんかと比べたら当たり前じゃない! わたしが言ってるのは、一般的な女の子としてって話!」
「一般的な女の子ぉ……?」
ティアンナの言葉に、私は思い切り渋面を作る。
私と彼女の会話からお察しの通り、残念なことにセルヴィス家に預けられた私は淑女としての礼儀作法とやらを修得できずに終わりました。
終いにはティアンナの母親であるセルヴィス夫人にも、「あなたは男に生まれた方が良かったわね」というお墨付きまでいただいたほど。すみません、女らしくなくてすみません。
で、まあ、私としてはだいたいの問題は剣で片付いてほしいものですから、十二歳になって学園へ通うようになってからはなにかあるたびにクラスメイトへ剣を向け、そのたびにティアンナに諫められ……。
結果、今では、『クズ』で『嫌われ者』の令嬢として、学園の皆様方にはなかなかにご好評を博しております。ええ、もちろん、『近づいたら危ないヤバいヤツ』として。
今ではティアンナぐらいしか話しかけてくれる人間などおりませんことよ。おほほほほ。
「ティアンナ、私と結婚しない?」
「わたし、同性愛の趣味はありませんのよ?」
フラれた。
「と~に~か~く! アリスは自分が女だということを自覚するべきですわ! 週末はオルモンド殿下の開かれる夜会にわたしと一緒にご出席なさいますように!」
「いやだから嫌だって……」
「来ないならもう学園でアリスに話しかけるのをやめますわよ?」
「行きます」
ティアンナから話しかけてもらえないなんて私無理です。
死んじゃいます。
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