第2話 告白

 そうだ。告白しよう。

 私とジニアスの関係なら言っても問題ない……はず。

「ぁの……っ!」

「なんだ。あの泥娘は」「汚い格好ね」

「――っ」

 言葉に詰まる私。

 だって見た目はそうとう酷い。

 泥だらけで、擦り傷もたくさんある。

 貴族のパーティにはふさわしくない格好だもの。

 みっともない姿であることに変わりない。

 みんなから奇異の目を向けられている。

 ジニアスがくしゃくしゃな笑みを浮かべて近寄ってくる。

 そしてひざまづき、私の頬に触れる。

「よく頑張った」

 普段クールなジニアスが微笑みを向けてくる。

 そっと手をとり、その汚れた甲に口づけをする。

「え……!」

「ん。これからずっと一緒にいよう」

 クールな彼が、口数の少ない彼が頬を赤らめて微笑む。

「わ、私もジニアスが好き、です……」

 顔が熱くなってきた。自分でも恥ずかしいことを言っている。

「僕に、会いに。ここまで」

 ジニアスが私の見た目から察してくれたらしい。

 唐突に、私をギュッと抱きしめるジニアス。

 言葉数は少ないままだが、その熱は確実に伝わってくる。

 暖かく優しい気持ち。

 これが愛なんだって、そんな気持ちにさせてくれる。

 私だけかな?

 そう思っていると、ジニアスの鼓動が聞こえてくる気がする。

 ちょうど胸の辺りに頭があるもの。

 聞こえてきても不思議じゃないかも。

 でも。

 でもちょっと嬉しい。

 こんなに熱い抱擁は初めてだ。

 やっぱりジニアスと一緒にいたい。

 ずっと傍にいたい。

 彼と一緒に幸せになりたい。

 いや、今も幸せだよ。

 気持ちがホットになる。

 私も抱きしめ返すと、ジニアスの鼓動がより近くで感じられる。

 そのゴツゴツとした男性の筋肉質な身体に少し戸惑いを覚えるけど。

 でも男の子なんだな、と感じる。

 触れてて心地良い。

 やっぱり、私はジニアスが好き。

「婚約してくれる?」

 私が訊ねると、ジニアスは少し離れ、顔を見て呟く。

「こちらこそ、よろしくお願いします」

 丁寧な言葉使いにキュンとくる私。

 いつまでも、どこまでも甘やかしてくれる。

 そんな彼が好きだ。

 そっと顎に触るジニアス。

 顔を少し上げると、ジニアスは静かな動きで口づけする。

 触れあった唇はそっと優しく暖かった。

 私は嬉しくて涙を流す。

 その場にいた貴族たちが、王子の行動に目を見張り、拍手をし始める。

 みんなに祝福されて、私は幸せ者だ。

「さ、こちらへ」

 ジニアスについていくと、夜会用のパーティドレスを見せてくれる。

 メイドが集まってくると、ジニアスはその場を離れる。

 従者に従い、私はシャワーを浴び、泥を落とす。

 そして新しいパーティドレスに身を包む。

 髪を結って、ハーフアップにする。

 メイクをしてもらい、パーティ会場に戻る。

 先ほどと違い、可愛い格好になったのだから、ジニアスにも喜んでもらいたい。

 褒めてくれるかな?

 私、綺麗になったよ。可愛くなったよ。

 夜会に姿を現すと、先に戻っていたジニアスが驚きの顔をする。

 そんなに驚かなくてもいいのに。

「なんだ。あの子」

「可愛い……」

「先ほどの子か。似合っているな……」

 私は堂々とした態度でレッドカーペットの上を歩く。

 そして真っ直ぐにジニアスのもとに行く。

「ジニアス様。私、どうですか?」

「綺麗だよ」

「可愛いですか?」

「うん。とっても……!」

 貯め込んだ気持ちを、溢れさせるように声を上げるジニアス。

 ジニアスは気持ちを抑えきれなかったのか、私を抱きしめる。

「ん。やっぱり嬉しい」

「そっか。なら良かった」

 ジニアス以外考えられない。

 気持ちがそう訴えている。

 もう全てを失ってもいい。

 ただの貴族令嬢をこんなにも愛してくれてありがとう。

 こんな私を好きになってくれてありがとう。

 嬉しい。

 高まった気持ちで、ジニアスに話しかける。

「ありがとうございます。ジニアス様」

「いいんだよ。これからは僕たち、婚約者なんだから」

 嬉しそうに微笑むジニアス。

 やっぱりずるい。

 こんな顔、私以外に向けてくれないもの。

 独占したくなっちゃう。

「アリア、食事はするかい?」

「じゃ、じゃあ、スコーンを頂きたいです」

 そう言うと、ジニアスはトテトテと食事を持ってくる。

「はい。あーん」

「あーん」

 口を大きく開けて、スコーンを食べる。

 やっぱり彼は溺愛してくれる。嬉しい。

 口の中いっぱいに広がる甘さを感じて、食欲が満たされる。

 でも、コルセットでお腹を締め付けられているから、そんなにたくさんは食べられない。

「はい。あーん」

 続けてジニアスはスコーンを差し出す。

 それをふるふると首を横に振る。

「じゃあ、飲み物はどうだ?」

「頂こうかしら」

「リンゴジュースだ。うまいぞ」

 果実100%のリンゴジュース。

 私は口を潤すように飲む。

 やっぱりコルセットが邪魔する。

 食事を終えて、応接間に行く。

 そこには王様であり、ジニアスの父であるライルと向き合う。

「アリア、キミはジニアスと婚約したいのか?」

「はい。もう揺らぎません」

「そうか。王家を継ぐということの意味をちゃんと考えたか?」

「はい。お辛いこともあると存じています」

「そこまでしてジニアスと一緒にいたいか? 息子の背負っている責務は重いぞ」

 分かっているよ。だからこそ、ジニアスを支えたい。

 一緒に乗り越えたい。

「苦難も共にします」

「父さん。僕からもお願いします。妻は彼女以外、考えられません」

「お前も。本当なら側室を、愛人を連れ込んでも文句は言われないんだぞ?」

 ライルはため息交じりに、ジニアスを見つめる。

「アリアはいい子です。自分を救ってくれました。彼女の気持ちを裏切りたくない」

「……そうか」

 もう一度大きくため息を吐くライル。

 王様からしてみれば、もう身を固めるのに抵抗があるのかもしれない。

 ジニアスは13才。私は12才だもの。

 結婚できる年齢は15才から。

 すぐには結婚できないし、気持ちが揺らぐこともあるかもしれない。

 それでも、一緒にいたい。

 そう思えるの。

 私、頑張るから。

 亡くなってお父さんを思い出す。

「分かった。それなら、公式に婚約発表パーティを開く。アリアどのにはしばらく待ってほしい。……あとは若い者に任せる」

 それから、ライルは部屋を出る。


「……ごめんな。巻き込んで」

「いいの。自分で選んだ道だから」

 今度は私からジニアスを抱きしめる。

 その頭をそっと撫でる。

 責務で押しつぶされそうになっている彼を誰が責められるだろうか。

 少なくとも私はそんなことはしない。

「好き」

「うん。好き」

 私たちは抱きしめあい、愛し合う。

 これからもずっと――。

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どこまでも甘やかしてくれる彼が可愛いんだが? 夕日ゆうや @PT03wing

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