どこまでも甘やかしてくれる彼が可愛いんだが?
夕日ゆうや
第1話 夜会
白を基調としたピンクのフリルのついたスカートを揺らして走る。
彼からはいろんなものをもらった。
信じる勇気。疑う知性。チャレンジする精神。
――そして愛情。
私はまだ負けていない。
まだ彼に会える。そのために走り続ける。
森の傍にある砂利道を走り続ける。
雨音が強まり、大粒の雫が全身を容赦なく突き刺す。
せっかくのドレスが台無し。
でも走るのは止められない。
だって彼が求めているのだから。
私と話したいと思っているのだから。
私は絶対に今夜の夜会に間に合わなくちゃいけないんだから。
いつもクールでそつなくこなす彼が、絶望を知ったような顔をしていた。
泣いていた。
だから、私は彼に会いに行かなくちゃいけない。
こんなにも会いたいと思えたのは彼だけなのだから。
少し前までこんなことはなかった。
こんなにもいろんなことで一喜一憂することはなかった。
アイスクリームを食べた日。
ガラス細工をくれた日。
マカロンを食べた日。
パンケーキを食べた日。
万華鏡を買ってくれた日。
そのどれか一つが欠けても私は彼を大好きだと言える。
溺愛してくれたからじゃない。
溺愛してくれなくても、私は彼に恋をしていた。
だって、それが運命なんだもの。
この出会いは運命だった。
どうしようもなく、恋い焦がれていた。
私の理想の彼氏に出会えた。
まだ未熟な彼を支えたいと、応援したいと思えた。
だから私は走る。
小石につまずき、泥を全身で浴びる。
それでも行かなくちゃ。
立ち上がり、すりむいた膝を前に進める。
痛みはどこかへ吹き飛んだ。
どうか、夜会が終わらないで欲しい。
でないと彼は悲しむから。
そんな顔は見たくない。
彼はいつでも、いつまででも笑顔でいてほしいから。
私の頬についたクリームをハンカチで拭ってくれた時もあったよね。
私がお茶をこぼしたのに、彼はハンカチで私の衣服を拭いてくれたよね。
この気持ちに言葉があるなら、
きっと〝恋〟っていうんだと思う。
だから行かなくちゃ。
私は何もできないけど、彼の仲間だから。友達だから。
今はまだ友達だけど。
でもそれでも、私はきっと彼にふさわしい女になって見せる。
私、こんなに振り回されて、すれ違いもあったけど。
でも、それでもはにかむような笑みを見たいから。
これから先、ずっと一緒にいたいから。
だからあの照れた顔で、告白してきて欲しいから。
ううん。
違う。
私から告げたいの。
だってこんなにも好きになってしまったのだから。
だから、一緒に好きって言い合いたい。
この気持ちが一方的だったらどうしよう。
そう考えたけど、答えなんて分からないから。
だから、確かめたいの。
これまでの思い出とともに。
私が私でいいの、と。
問いかけたいの。
素敵な出会いだった。
運命を感じた。
そして彼は私を溺愛してくれる。
それはもう終わりかもしれない。
関係が変われば人の態度も変わる。
当たり前のことなの。
ようやく見えてきた門番。
嵐の中、火もつけずに立っている門番。
「アリア嬢!? どうなさったのですか!?」
門番のケビンは酷く慌てた様子で私に駆け寄る。
「お願い。私を夜会に連れて行って」
「え。でも夜会は……」
街の真ん中に立つ大きな古時計が午後9時を刺していた。
夜の鐘が鳴り、夜会が終わろうとしている。
「もうお終いだよ」
ケビンは悲しそうに目を伏せる。
冗談じゃない!
私は門をすり抜けて、ひたすらに走る。その先にある白亜の城へ向けて。
彼が待っている。
なら私は行かなくちゃ。
彼のクールな横顔。
本を読んでいるときの顔。
少し引いているときの顔。
喜びで満ちた顔。
どれも、私にとってはキラキラと輝いて見えた。それだけ素敵な彼だと思えた。
いつもは冷静なのに、ちょっとイタズラをすると、すぐに顔を赤らめる彼。
そんな彼は可愛いし、格好いい。
私には不釣り合いかもしれないけど、王子様である彼は屈託のない笑みを浮かべたときがとても嬉しかった。
私たちはどこか不釣り合いで、どこか似ていると感じた。
夜会のやっている城に着くと、木製のドアを開く。
夜会は屋内のとあるスペースでやっている。
この夜会は貴族同士の親交を深める目的がある。
その関係上、前々からの約束を、予定を反故することはできないのだ。
招待された貴族たちは今頃、宿舎でお休みかもしれない。
それでも何故か、彼がそこにいる気がする。
夜会のメインステージに。
実際、夜会での話が盛り上がり、居残りする人も多いと聞く。
貴族たち、商人たちが契約を結んだり、意見交換するのが目的と聞く。
私は貴族社会のパーティ、初お披露目で彼と出会った。
初めはいけすかないお子ちゃまだと思った。
それがいつしか隣にいて欲しい相手と思うようになっていた。
陰りを見せる彼にどう話しかけていいのか、迷ったときもあった。
私が率直な意見を言ってから、彼は明るく、そして私と対等に話してくれるようになった。
賢い彼は、いろんな人の性格や立場、表情を見ている。
それを知ってから、彼は苦笑を浮かべるようになった。
くしゃくしゃになる笑みを。
その笑みをもう一度みたくて、何度もギャグを言ったこともあったっけ。
そして彼はこう言ったのだ。
『バカの一つ覚えかよ』
それでようやく私を理解してくれるようになってきた。
何度も話しかけてみたお陰で彼は私を求めるようになってきた。
愛撫するその柔らかな手は私の頭を沸騰させるには
これが恋なんだ、って初めて知った。
恋は盲目というけど、彼はそこそこ冷静だったと思う。
私は……いつの間にか積極的になっていた。
一緒に夢みた世界。
お宝を見せ合った。
一緒に食事をした。
お風呂上がりの彼はいい匂いがした。
私は幸せ者だ。
こんなにも楽しい思い出がたくさんあるのだから。
こんなにも素敵な思い出があるのだから。
でも、これはまだ終わりじゃない。
続きがある。その続きを、夢の続きを見たい。
甘く恋い焦がれた今の気持ちを、私はぶつけるんだ。
だから、そこにいて。
「来たよ。ジニアス」
私は夜会の会場にたどり着くとそう切り出していた。
さらさらの金髪碧眼のクールな雰囲気を持った彼。
泥だらけの貴族令嬢。
必死すぎて周りの見えていない私。
汚いものを見るような鋭い視線。
まだ貴族が残っていたらしい。
でもジニアスは驚いたような顔を浮かべるばかりで、会話をしようとしない。
だから私は切り出した――。
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