第58話

 落ち着け! 落ち着けあたし!


 あたしは八重島に放課後例の教室に呼び出された。

 あたしだってバカじゃない。これから何が起こるのかは大体予想はついている。流石にただ雑談する為に人気の無い場所に人を呼び出さないだろう。

 十中八九告白だ。

 だからあたしの心臓はうるさい。


 お、落ち着きなさいあたし! 別に不思議な事じゃないじゃない! 昨日だってデ、デートしたし……むしろ自然な流れよ! 


 そう強がってみたものの、鼓動は戻らない。

 寧ろ先程よりも早くなっている様な気さえする。


「すまない、待たせたか?」


 八重島がガランっと扉を開けて中に入ってきた。


「実はお前に伝えたい事があってな」

「教室じゃダメだったの?」

「人に聞かれたく無い話なんだ」


 その言葉であたしは確信した。


「ちょっと待って!」


 あたしは八重島に断りを入れてから『ふーふー』と深く深呼吸をする。


「もう大丈夫、大分落ち着いたから……」

「そうか、じゃあ入ってこい」


 そう言うと中に白鳥が入ってきた。

 私は急な展開についていけず呆けた顔を見せてしまう。

 だがすぐにハッと我に返る。


「……どう言う事?」


 そう怪訝な顔で八重島に説明を求めるが、答えたのは白鳥だった。


「全部嘘だったって事だよ。友情ごっこだよ」

「何を言って……」

「可笑しいと思わなかった? 私や八重島くんが何でわざわざ桐生さんの様な人に近づいたのかって?」

「それは二人がいい奴だったからじゃ……」

「ハハハハハ、そんな訳ないじゃん! バッカじゃないの!」


 何が可笑しかったのか、白鳥は腹を抱えて笑った。


 こ、これがあの白鳥翔子?

 

 あたしは普段と百八十度違う白鳥に面食らう。


「でも八重島はあたしを助けてくれたわよ?」

「あれは全部私の計画だから、要するに仕込みって事」


 それを聞いて即座に否定出来なかった。

 そう考えれば全ての辻褄が合うのだから。


「本当なの八重島?」


 すると八重島はバツの悪い顔をする。

 それを見てあたしは全て悟った。


「そう、全部嘘だったのね……」


 あたしを助けてくれたのも、昨日のデートも。

 思い出が色褪せていく。儚い恋だった。


「何でこんな事したの?」

「何って復讐だよ」

「あたしあんたに何もしてないわよ。出会ったのだって高校に入ってからだし」

「そうだね、桐生さんはあたしには何もしてないし、実際桐生さんは何も悪くない」

「ならどうして──」

「それは私のパパがあんたの祖父に殺されたからだよ」

「……お爺ちゃんに殺された?」

「あんたでもニュースぐらい見るでしょ? 警官殺しで捕まった桐生組の組員、それが私のパパよ」

「……組員? 捕まったのは黒宮だったけど……」

「偽名だよ、鳥頭ちゃん」

「そ、そんな──じゃあ八重島も──」

「そうだ、俺の父もお前の祖父によって殺された……」


 それを聞いてあたしの心はグチャグチャになった。

 あたしの祖父のせいで二人の人生を台無しにしてしまった。

 その事実があたしの心を苦しめる。


「桐生さんはようやく状況を飲み込めた様だし、そろそろ役目を果たしてもらうよ?」


 そうニタニタとした笑みを浮かべながら白鳥は近付いてくる。


「な、何よ……?」


 あたしは恐怖のあまり後退った。

 だが数歩後退ったところで足が壁にぶつかる。

 行き止まりだ。


 そ、そんな!


 絶望があたしを包み込む。


 し、仕方ない! やるしかない!


 ここには窓がある。

 なら窓から脱出できる。

 あたしは窓の取っ手に手をかける。

 

 その瞬間、全身が痺れて床に崩れ落ちた。


 辛うじて表情はピクピクと動くが、それ以外はピクリとも動かない。


 な、何が起こったの!


 状況が飲み込めず困惑する。


「皮膚摂取だよ。窓の取っ手にトリカブトから抽出したエキスを事前に塗っておいたの」


 そ、そんな……


 トリカブト。ヤクザじゃなくともその言葉を聞いた事のある人は多いだろう。


「安心して苦しまずに逝かせてあげるから」


 白鳥はそう言って制服のポケットから折り畳み式のナイフを取り出すと、刃を剥き出しにした。

 身の毛のよだつ感覚。

 心臓の音が煩い。

 白鳥がニコニコと笑顔を浮かべながら近付いてくる。

 いつもなら可愛げのある笑顔が今は心底恐ろしい。

 白鳥が一歩近付く度にそれに伴ってあたしの心臓も早まっていく。


 くるなくるなくるなくるな!


 目で訴えても白鳥は止まらない。

 それどころか白鳥はあたしの恐怖に染まった表情を見るなり笑みを強める。

 

 悪魔だ、悪魔がいる。


 白鳥はあたしの目の前に辿り着くなり、腕を振り上げる。

 あたしは恐怖のあまり咄嗟に目を瞑った。

 だがいつまで経っても痛みは襲ってこない。

 あたしは不思議に思って恐る恐る目を開けると、八重島が振り下ろす直前の白鳥の手首を掴んでいた。


「……何の真似、八重島くん?」


 白鳥も流石にこれは予想外だったのか、目を真ん丸と見開き、額には汗が滲んでいる。


 なんであたしを……


 真ん丸と目を見開いたのはあたしも同じだった。


「今本気で振り下ろそうとしたな。殺す、とは聞いてないぞ? 尋問するだけじゃ無かったのか?」

「言いそびれてたよ。八重島くんもてっきり同じ気持ちだと思ってたから……」

「どうやら行き違いがあった様だな。俺は最初から桐生を殺すつもりはない」

「どうやらその様だね……」

「じゃあそのナイフを渡してもらえるか?」

「……嫌だよ。このナイフは渡さない」

「──復讐は何も生まないぞ」

「今更何を言って──」

「俺の父は警官だったんだ」

「──え?」


 ──え?


 その気の緩んだ一瞬の隙を突いて八重島は白鳥の手からナイフを奪い取る。

 そして刃を仕舞い制服のポケットに入れたところで話を再開する。


「俺の父はお前の父に銃で撃たれて死んだ」


 その言葉に衝撃が走る。


 あの警官は八重島のパパ……いや、矢口のパパ……


「そ、そんな……」


 白鳥は腰が抜けた様に床に尻餅をついた。


「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんさない」

「少しでも悪いと思っているなら、桐生の事も許してくれるか?」


 八重島がそう言って白鳥に手を差し出すと──


「……八重島くんがそう言うなら私は従います……」


 白鳥は八重島の手を掴んで立ち上がった。

 

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復讐を誓って学園に潜入した俺だが、いつの間にかラブコメになっていた件 霧島優 @satoumokou

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