第57話

 白鳥翔子の独白。


「今日でようやく足を洗えるよ」

 

 そう笑顔で家を出て行った父が帰る事はなかった。

 父はサツを撃って捕まった。

 だが父は分別はある。血迷ったとは思えない。きっとやらなきゃ家族を殺すとでも組長に脅されたのだろう。

 組長は最初から父をやめさせる気なんてさらさらなかった。

 最初から利用して捨てるつもりだった。

 組長は父の信頼を裏切った。

 殺意が湧いた。

 だがその殺意の対象は組長だけではない。

 サツも、だ。

 サツは黒幕が分かっていながら見て見ぬ振りをした。

 

 役立たずの国家の犬が。


 このままでは奴は報いを受けない。

 だがそれは許させない。

 サツが見て見ぬ振りをするなら私が罪を与える。

 死刑を実行する。

 

 殺す、殺す、必ず殺す。


 必ず報いを受けさせる。

 だがただの一介の中学生の私に組長の殺す事など出来ない。

 近づく事も出来ずに銃(チャカ)で脳天を打ち抜かれて御陀仏だ。

 私に組長は殺せない。

 だが別にそれでも構わない。

 父の死を方向に来たサツが組長には『桐生花』と言う中学三年生の孫娘が居て、今年聖秀高校を入学する』とご丁寧に教えてくれた。強要されたと分かれば、減刑になると。犯罪教唆という罪に該当すると。

 それを聞いて私のやるべき事が分かった。

 私は聖秀高校に入学して組長の孫娘『桐生花』を殺す。

 大切な人を失った苦しみを奴にも味わわせてやる。

 同じ苦しみを与えてこそ復讐は達成される。

 私はその日を境に必死に勉強した。寝る間も惜しんで勉強した。そして当初の予定通りに私は聖秀高校に入学を果たした。運が良い事にクラスも一緒だった。やはり悪魔が私の背中を後押ししてくれている。

 私は『愚かピエロ』を演じて桐生に近付く。

『地頭が良い』とバレると警戒される恐れがあるからだ。

 それにバカだと思われれば多少強引に話し掛けても違和感を持たれない。

 そして私は当初の予定通りに桐生と話す事に成功する。

 話してる姿は隙だらけだ。

 当然やろうと思えばいつでもやれた。だが公の場で殺せば必ず情報が漏れる。必ず報復される。別に刑務所送りになること自体は構わない。人を殺そうとしてるのだ。そのぐらいの覚悟は持っている。だが犯罪者の母親に対する世間からの風当たりは強い。連日マスコミが家に訪れ、心ない人達にバッシングされる。それに『私が殺した』と分かったら肉親である母にまで報復が行くかもしれない。それだけはダメだ。やるなら人目の無い場所で、だ。

 だが人目のつかない場所に誘い出すのはそう簡単なことではない。対して知りもしない相手に人目のつかない場所に呼び出されれば誰だって警戒する。まず警戒心を解く為に信頼関係を築くところから始める必要がある。だから私はピエロを演じて桐生に近づいた。

 だがそんな中、一人目障りな奴が居た。

 隣の席の八重島京也(陰キャ野郎)である。

 八重島はみんなが桐生を避ける中、一人積極的に話し掛けていた。

 私と同じ匂いがした。だから私は探りを入れてみた。

 すると八重島は私が垂らした『八重島くんって桐生さんのこと好きなの?(釣り餌)』に引っかかった。これには二つの狙いがあった。

一つ目はそのまんま見て分かる通り『自分に気がある』と思わせる為、そしてもう一つは『嘘を見破る』為だ。

 八重島は桐生を好きでは無い。自分で言うのもなんだが私はモテる。常に男子の剥き出しの欲望に晒されてきた。人の視線には人一番敏感だと自負している。私の目から見て八重島は桐生を異性として見ていない。なのに八重島は『桐生が好きだ』と嘘をついた。つまりそれは『何か後ろめたい事がある』と言う事に他ならない。このまま放置するのは危険だ。不安の種を放置すれば取り返しのつかない事になりかねない。だから当初の計画と並行して新たな計画を実行する。私は八重島を人目の付かないB棟の空き教室に呼び出して『トリカブトのエキス』入りの弁当を食べさせた。

 そして衣類をひん剥き弱みを握ったところで質疑応答に入った。

 話を聞くに八重島も私と同じ組長の被害に遭った遺族の関係者らしい。

 私は八重島にシンパシーを感じ、協力関係を結んだ──と思い込ませた。

 だが実際は違う。

 信用させて寝首を搔く。

 こちらには八重島の指紋付きの弁当箱がある。

 本当の狙いはトリカブト入りの弁当を食べさせる事ではなく、指紋を入手する事だった。

 これを上手く使えば八重島を犯人に仕立て上げる事は簡単だ。

 組長に父親を殺された八重島なら動機も十分。

 計画は完璧──の筈だった。

 だが作戦に支障が生じる。歯車が大きく狂い出す。

 私が恋をした事によって。

 私は身を呈して守ってくれた八重島を好きになってしまった。

 あの時の八重島の勇姿が頭から離れない。

 まるで昨日の事の様に思い出せる。

 私は年相応の女の子の様に恋をしていた。

 恋は盲目と聞くが本当らしい。

 最近は暇さえあれば八重島の事を考えている気がする。

 日に日に復讐心が薄れている気がする。

 八重島の裸の写真は〝人質〟ではなく〝私用〟になっていた。

 復讐を二の次にし恋にうつつを抜かす愚かな娘を許して欲しい。

 復讐心そのものを失った訳じゃない。

 多少作戦は変わったが、やるべき事はやり遂げる。

 私は当初の誓い通り桐生を殺し、復讐を果たす。

 そして今日がその輝かしい日だ。

 

 パパ、やっと復讐を果たせるよ。

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