タカちゃん

あーす

タカちゃん


夕方。最近できたコンビニで買ったアイスを近くの神社のベンチで並んで食べる。走り回って疲れた体にアイスの冷たさが染み渡るのを感じる。おもむろに置かれた虫籠の蓋が夕日を反射させている。

「マサト食うの遅くね?」

「タカちゃんが早すぎんだよ!ちゃんと味わえって!」

2人の笑い声がしつこいセミの声に混ざり合う。

それに応えるかのように5時のチャイムが鳴る。

「うーわ!もう5時かよ〜。はやくかえらなきゃお母さんに怒られちゃうんだろ?」

「うん。」

ぼくは急いで残りのアイスをかき込んで、ベンチの横のゴミ箱にカップを捨てた。

「明日はサワガニ取りに行こうぜ!11時にお前んちピンポンしに行くわ!」

タカちゃんはそういって虫籠の紐を引っ張ってダッシュで帰っていった。

ぼくも歩道の花壇のトカゲを探しながらとぼとぼ帰った。

「ただいま。」

「おかえり。6月度のSAMIXのテストの結果届いてるわよ。ほら、自分であけなさい。」


"偏差値表"

国語55、算数56、理科54、社会52

東央中学校判定[D]

教成大学附属中学校判定[C]

周学社中学校[B]


「D判定じゃない!滑り止め中学もA取れてないの?しっかり勉強したの?夏休み毎日隆弘くんと遊んでる場合じゃないんじゃないの?先生は夏休みから本番だって説明会で言ってたわよ?」

結果を横から覗き見るなり、ママは捲し立てる。


「勉強してるよ...塾の宿題やってからあそん...」

ぼくが言い終わる前にママは続ける。

「まだ夏休み始まったばっかだから。これから毎日頑張れば間に合うわよ。夏期講習始まるまでしっかり準備しなさい。もう遊べませんって隆弘くんのお母さんにも電話しとくから。公立中学校に行くような子と遊んでても東央には受からないよ。あなたと同じ志望校の子たちは今も必死で勉強してるんだよ?明日からテレビ禁止。塾以外の外出も禁止。将来のためだと思ってこの一年頑張りなさい!」


ママはタカちゃんのことが嫌いだ。

勉強の邪魔ばかりすると、いつも嘆いている。

ママは何もわかってない。

次の日、11時にインターホンは鳴らなかった。

そして次の日も。

そうして勉強漬けの夏休みが明け新学期、学校に行くと教室がざわついていた。

近くにいたクラスの女子に話の内容を尋ねた。

「隆弘くん、死んじゃったんだって」


「............え?」


"シンダ...?"

"死んだ...?"

頭の中を馴染みのない単語が駆け巡る。

脳が理解を拒んでいる。嘘だよな。嘘であれ。

「な、なんで...?」

「松里川で溺れてるのが見つかったけど、救助した時にはもう...」

全身の血の気が引いていくのがわかる。

あの日だ。ぼくのママから電話がきたから、一人でサワガニをとりに行ったんだ。ぼくがいたらもしかしたら死んでなかったかもしれない。親友なのに知らなかった。ぼくのせいなのか?ぼくのせい?ぼくのせい?ぼくのせい?ぼくのせい?ぼくのせい?


それから記憶がない。

目が覚めたら家のベッドにいた。

ママが心配そうにこちらを覗き込んでいる。

「大丈夫?先生から聞いたけどいきなり倒れたって...」

「タカちゃんが.......タカちゃんが死んじゃったって.......」

ママはただ僕の話を黙って聞いていた。

自分で口にして初めて現実が押し寄せてくる。タカちゃんとの最後の思い出が頭に繰り返される。

カナブンを取ろうと木をよじ登るタカちゃん...

アイスを頬張るタカちゃん...

元気に走って帰るタカちゃんの後ろ姿...

ぼくはやっと起きてしまった悲惨な事実を受け入れた。そして体力の限り泣き続けた。そのまま疲れ果てて気づいたらまた寝てしまっていた。



それから十数年後、僕は社会人になっていた。

僕は結局第3志望の寮制の中高一貫校に通って、そのまま東京の大学に進学した。

社会人2年目の夏、久しぶりに実家に帰る。もちろんタカちゃんのことは一時たりとも忘れたことはないし、定期的に墓参りも行っている。でもあの神社は僕たちにとって特別な場所で、いく勇気が湧かなかった。だから実家に帰るときはいつもわざわざ遠回りして神社を避けていた。

電話越しの母によるとまもなく再開発で神社の公園は取り壊されてしまうらしい。電話を切ったころにはあの神社に来ていた。


古びたベンチに優しく木漏れ日が差している。あの頃の空気をそのままカプセルに保存したのかと思うくらい何も変わっていない。


不思議と涙は出てこなかった。僕は深呼吸をして歩き出した。

蝉の声がうるさく響いている。

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タカちゃん あーす @geni_earth

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