第1話「なぜ、君がその名前を?」

 怪獣パンドラの脅威から身を守るために建造された砦、超巨大要塞ドーム。東京都を囲むレベルの大きさがあり、周りは防壁で囲まれていて、内側には巨大な柱が幾つも立っている。パンドラが襲来した時、それらは本当の姿を見せる──




 A.E.アドバンス・イラ95年8月27日

「……よし、OK。治りましたよー!」

 作業服を着た少女が車のボンネットを閉じる。

「いやー、ここは安いから毎回助かってるよ。」

 この車の持ち主だろう男性は心底嬉しそうだ。

「ははっ。今度は気をつけて走ってくださいよ。にしても今時ガソリン車とは、物好きですね。買い換えた方がいいんじゃないですか?」

「いいや、俺はこの車を手放す気なんてないよ。ガソリン代もどんどん高くなってるけどね。」

 持ち主から愛車に対する固い意思を感じる。

「そっか。じゃ、これ請求書です。」

「おう。サンキューな。」

「ご利用ありがとうございましたー!」

 請求書を受け取って愛車を愛でながら、持ち主が去っていく。しばらく見届けた後、少女は工場に戻った。



 ここは防壁間近にある郊外の工場だ。そして少女の拠点でもある。少女が道具の整理をしていると、工場側面の事務室の扉から眠そうに青年男性が出て来た。

「ふぁ……おはよう紅葉くれは。店番ありがとな。」

 紅葉と呼ばれた少女は青年の方を振り向いた。

「もう11時ですよ。夜遅くまで何やってたんですか。」

「ん?······あぁ。」

 青年は目を擦りながら工場の一角にある厨房に向かう。珈琲の準備をしながら答えた。

「特注を受けたパーツの設計だよ。ややこしい形してるせいで、時間かかっちまった。」

 紅葉ははめてた軍手を脱ぎ、厨房近くのダイニングテーブルにある椅子に座った。

 しばらくして青年が持ってきた珈琲カップを受け取る。

「まぁ、それなら仕方ないですけど······早めに寝てくださいよ。今日も、きりにぃが寝てる間にお客さん来てましたし。」

 きりにぃとは青年、海途かいず 桐哉きりやのことで、紅葉の従兄であり保護者だ。ちなみにこの工場は海途製作所と言う。

「え!?まじ?」

 桐哉は珈琲を上手く呑み込めず噎せた。



 珈琲を飲んで少し休憩した紅葉はまた作業に戻った。平日は学校に行ってるいるが、休日はこうして桐哉の仕事の手伝いをしている。

 大半の作業を終えた頃にはもう空が赤く染まっていた。

 店を閉めるために表のシャッターを下ろそうとした時、工場から見て反対車線の歩道でこちらの少し上をじっと眺めている少女が見えた。年齢は紅葉と同じか、1個下くらいだろうか。顔は綺麗で整っており、背景の夕日が彼女の美しさをより引き出している。石化したかのように体が停止し少女から目を離せない。

 無理やり目を逸らして思考を切り替える。少女の目線の先にはこの工場の看板がある筈だ。店に用がある客の可能性が高い。

「こんばんはー!」

 少女の耳に届くように声を張って挨拶した。少女は紅葉に気づき、小走りでこっちまでやって来た。

「すみません。海途製作所はここで合ってますか?」

「はい。合ってますよ。」

 取り敢えず少女を中に案内する。事務室の接客スペースで待機して貰うようお願いした時、丁度事務所の奥から桐哉が来た。

「あぁ。お客さん?」

 テーブルに案内し、少女の反対側に紅葉と桐哉が座る。桐哉は、こんな少女がうちに用があるのか?と訝しんだが、ひとまず話を聞くことにした。

「こんばんは。オレは海途 桐哉と言います。本日はどんなご要件で?」

「······海途······桐哉。」

 少女は名前を聞いてつぶやく。桐哉の顔を見ながら質問した。

「······あなたは、八式はちしき レイジをご存知ですか?」

「え······?」

 桐哉は一瞬混乱する。

「なぜ、君がその名前を?」

「私は八式 メグ。」

 彼と同じ苗字、彼と同じ雰囲気を感じる容姿に桐哉はある事を思い出す。

「なるほど、君がレイジの話によく出る妹さんか、レイジはどうしてる。最近連絡つかないが······」

 メグは言いづらそうな素振りを見せた。桐哉はそれを見て何かを察する。

「······レイジは──」

「いえ、まだ亡くなった確証はありません。兄さんが乗っていたファントムの残骸は見つかったのですが······コックピットブロックと兄さんの死体らしきものがまだ······」

 桐哉は少しの希望を抱いた。

「じゃあまだ行方不明ってだけで、どっかで生きてる可能性があるのか。」

「はい。かなり楽観的ですけど...兄さんが行方不明になってもう2週間たっています。救出隊が言っていたのですが、自爆と同時にブロックを射出したので爆風の影響で相当遠くに飛ばされたかもって······」

 メグは言葉の歯切れが悪くなり、俯いて黙ってしまった。

「あの······それで、八式さんはなんでここに来たのかな?レイジさんって人の報告に来た訳じゃ無さそうだし······」

 静かな空気が嫌になってきた紅葉が口を挟んだ。

「あ、はい。実は兄さんからこれを預かってまして。」

 今思い出したと言わんばかりにメグは茶色の封筒を桐哉に渡す。封筒には郵便するのに必要なことが書かれていた。

「自衛隊宿舎のレイジ兄さんの部屋にありました。多分、ポストに投函する前だったんでしょう。」

「中を見ても?」

 メグが頷くのを確認して封を開ける。

 入っていた1枚の紙を読む。

「······」

 桐哉は一通り目を通して眉間に皺を寄せた。

 その様子を見てメグが質問する。

「桐哉さんと宛名があったので確認してなかったんですが······なんて書かれてたんですか?」

 紅葉もその質問を肯定するように、首を上下させ頷く。

 桐哉は困った顔をして話を切り出そうする。

 だが、大きな音が鳴った。それは町中のスピーカーから鳴っている。警報だ。

「怪獣!?」

 次の瞬間轟音と共に大きく地震が起きた。

 3人は座っていた椅子ごと倒れそうになったが机に何とかへばりつく。

「な、何が──」

 メグが慌てていると、桐哉が答える。

「まさか、ドームに直接落ちてきたのかっ!?」

 轟音と振動は止むことを知らない。それでも桐哉は外に出て、上を見上げた。紅葉とメグもそれに続く。

 紫でグラデーションされた空。しかしそれを覆うレベルの異物がなければ、綺麗だと思えただろう。その異物、怪獣は宙に浮いていた。否、宙に立っていた。

 紅葉は理解する。

「あれが······ライトバリア?」

 ドームを囲む壁、内側にある幾つもの柱から光の膜が発生し何も無かった空に天井を構築している。それが怪獣をドームに入れないよう足止めしていた。

「長くは持たないぞ。早く避難しないと······」

 今でも怪獣は天井で暴れ、バリアを破壊しようとしている。

 桐哉が避難の計画を立てようとした矢先、1台の車が近づいてきた。その車はデザインが古臭く、音も大きかった。

「あ、あの車!」

 紅葉が今朝修理したガソリン車だった。目の前で停車したそれから今朝見た持ち主が現れる。

「よう!お困りのようなら乗せてくぜ!」

「け、今朝のお客さんっ!」

「あぁ、この人が······」

 桐哉はどこか納得がいったようだ。

「すいません、紅葉とこの子を近くのシェルターまでお願い出来ますか?」

 桐哉の問に対し、持ち主はグッジョブサインを出し車に乗り込む。それを確認し桐哉は、紅葉とメグを後部座席に押し込んだ。

「ちょ、ちょっとっ」

「では、お願いします。」

「おいおい、あんちゃんは乗らないのか?」

 桐哉は車に乗り込もうとしなかった。

「オレは軽トラがあるので。必需品持ってから向かいます。」

「……わかった。気ぃつけろよ!」

 文句の言いたげな紅葉とメグを連れて、車は走り出す。だんだん車は小さくなってき、角を曲がって見えなくなった。

 だが、桐哉はシェルターに行こうとしなかった。急ぐ気が全くないと言わんばかりにゆっくり工場に戻っていき、桐谷の部屋に入る。デスクトップと大量の書類が置かれているデスクの下を確認し、目的のハッチを開く。

 それは桐哉以外は知らない下水道への入り口だった。



 紅葉は不安を顔に出して、車の小窓から街の景色、正確には工場のある方を眺める。

 だが結構離れたのか、工場はもう見えない。

「……やっぱり、心配ですか?」

 隣に座る少女は聞く。彼女もまた心配しているのだ。たとえ先程出会ったばかりだとしても、知人が死ぬというのは気持ちの良いものではない。

「……うん。」

「私にも……わかりますよ。」

 紅葉の気持ちは、メグ自身にも共通する部分がある。だからこそ、隣に座る彼女に伝えることができる。

「私の兄さんは、いつも無茶をして……ロボット壊して帰ってきたり、重症を負って帰ってきたり、今度は行方不明とか、いつも私を困らせるんですよ。

 でも、信じて待てばちゃんと帰って来ます。だから……」

 一瞬、車が大きく跳ねる。

「な、なにが?」

 操縦者はバックミラーをみて気づいた。

「はは……マズイな。」

 怪獣が、落ちた。落下地点は海途製作所付近だ。

「あ、あそこは……」

「……ごめん。私は……待つだけなんて、できない。」

 少女はドアを開け、走行中の車から飛び出す。

「ちょっおい!」

 車を急停止させ後ろを振り向く。

 その時にはもう走っていく少女の小さな背中が見えただけだった。

「私達も戻りましょう!」

 すぐに答えは出なかった。震える足を見ながら、深く考えて操縦者は答えを出す。

「······ドアを閉めてくれ 。」

「?······は、はい。」

「君だけでも、シェルターまで送る事を優先する。」

 その言葉を聞いてメグは身を乗り出して抗議しようとした。しかし、男の恐怖に震えている体を見て、言葉は喉奥に詰まってしまった。

「だ、大丈夫。あの子も怪獣に接近はしないと思うから······」

「······そうですね。ありがとうございます。」



「あいつならこういう時、なんて言うのかな。多分······仕事だ。起きろ相棒。かな?」


〈メインシステム起動─

 搭乗者確認─Error─

 仮登録搭乗者─確認

 型式番号─EFP-S4-01

 識別─TITAN-H801

 駆動チェック─完了

 カメラアイ起動─

 オートフォーカスシステム作動

 バランス制御用ジャイロセンサ起動

 操作モードをマニュアルに変更〉


青年は深く息を吸う。空気が全身を巡る感覚と共に、震える体に冷静さが戻ってくる。

「レイジ、お前の力······借りるぞ。」

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PHANTOM 赫焉のネメシス そたまんplus @sotaman_plus

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