短編「宵竜は、月明かりの下で孵る」
みなしろゆう
「宵竜は、月明かりの下で孵る」
満月が見える、夜のことだった。
日落ちからも夜明けからも離れた、薄青い世界の中で奇跡は起きた。
最初は、月に雲がかかっているのだと思ったのだ、薄靄のように細長く伸びた雲が、満月を遮っているのだと。
直ぐに、それは間違いだと気付いた。
満月を横切りなびいていたのは、血が通った生物の翼であったのだ。
翼は殻を破り、外に出たばかりのもの。
咄嗟に崖の上に腹這いになり、尋常ではない光景を焼き付けようと目を見開く。
今まさに「宵竜」が孵ろうとしている、その瞬間に居合わせたのだと理解して、息を殺した。
宵竜の子は、穴を開けた殻から半身を出して、ちろちろと片翼を風に揺らしている。
翼は透明で、向こうの夜空が透けて見えた。
蝶の羽根のように薄く、絹布の如く美しい、脆く幼い翼。
月光を浴びた翼は光を蓄え、ぱきりと音を鳴らしながら、鱗を纏っていった。
月色を纏うたびに宵竜の子は、気持ち良さげに体を揺らして、半身を震わせる。
ぱきり、ぱきり、ぱきり。
鱗が片翼を覆い尽くし、強く風を切った途端、残りの殻が砕け散った。
体の大半が透明な竜の子が、夜闇へと飛び出してくる。
曖昧で頼りない姿、生まれたての子。
風に引き裂かれてしまいそうな脆い全身で、宵竜の子は月光を浴びた。
きゅるきゅると鳴く不安げな声は生まれたて、しかし子は顎を開く。
子であると同時に竜である、なれば誇り高く、強く、空を渡る翼なのだから。
首を夜空に向けて伸ばし、白光を舞い散らせ、己の生誕をこの世に報せる為に。
響き渡った咆哮は産声であり、子から大人へと変化する宣言でもあった。
宵竜は、月光に色付いていく。
雲の如く儚かった体が鱗で覆われ、閉じていた瞼が初めて開く。
両の眼は瞬く間に星色に染まり、体の全てが夜の化身へと変わっていく。
満月の晩、生まれた奇跡は翼を広げた。
月色の両翼で、飛び立つ。
──宵竜は、月明かりの下で孵る。
星々の瞬きが巡りきった夜に、月の子はまた、産声をあげるのだろう。
儚げな幼子は宵のうちに大人となり、力強く、満月の向こうへと飛び去った。
短編「宵竜は、月明かりの下で孵る」 みなしろゆう @Otosakiaki
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