紅炎同盟
第一話 魔法使いの遺品(1)
「魂って、一体何なんでしょう」
聞く人が聞けば一笑に付すような、スピリチュアルで非現実的な問。
しかし質問者―――水巴小八重は、勤めて真面目な様子で私に問うている。
帰宅部であり、協力者でもある彼女と、私は現在一緒に下校していた。
もう一人の協力者である赤藤は剣道部なのでこの場にはいない。
赤く焼けた空の下、閑散とした道を私たちは並んで歩く、ここなら誰も私たちの会話に聞き耳を立ててはいないだろうし、いてもすぐに分かるだろう。
―――まあ一応保険として、視線が向けられればすぐに分かる魔法は使っているけど。
そんな放課後の道すがら、彼女の質問は投げかけられた。
彼女にとって、そして私にとっても、魂は決して空想上のものではない。
私達は実際に魂を見て、対話をした。
百聞は一見に如かずという言葉通り、どんな能書きも現実の前には意味を為さず、どれだけ常識的に信じられないことでも真実なのだ。
「真ヶ埼さんは魂が見えるんですよね?」
「見える、とは少し違うわね。何となく感じるというか……第六感?そんな感じ」
例えば夜の墓所にいる時にふと感じる、肌寒い感覚。
世間的には霊感と呼ばれる類いの、より強いものが私には備わっている。
「それは何だか、魔法使いというよりも霊能力者?霊媒士?って言うんですかね?そっちのような気がします」
「まあ、どちらも大して変わらないわよ。というか、多分同じもの」
「そうなんですか?」
「歴史的にはね。水巴さんは、魔法使いとそいつらの明確な違いって分かるかしら?」
「いいえ」
彼女は首を横に振る。
まあそうだろう。
今まで実在すると思っていなかったものの定義なんて、分かる筈がない。
「私も知らないわ」
「えぇ?」
きちんとした答えが聞けると思ったのだろう、彼女は困惑の声を上げる。
「そもそも魔法使いって何?誰が決めたの?辞書にでも乗ってるっていうの?」
「私に聞かれても困ります……」
「そう。分からない―――誰にも分からないのよ。ただ何となく、原理の未解明な力やら現象やらを一つどころにまとめて『魔法』って呼んだだけ。敢えて定義を言うなら、人間が解明出来ないものが魔法なのよ。だから霊能力者だろうと、超能力者だろうと、皆魔法使い」
「そんないい加減な……」
「投げ槍にもなるわよ。法則性がない、指向性がない、再現性も薄い。そんなのを、型に当て嵌めようって方が無理がある。そうでしょ?」
「それだったら、貴女はどうやって魔法を使っているんですか?」
体系的でないものを、どのようにして学び、行使しているのか。
彼女の疑問は尤もだ。
「分からないわ」
肩を竦める私に、彼女は絶句した。
「何となく出来るから、とりあえず出来るから、そんな適当なものよ」
理屈が分からないものを扱える者もまた、道理では理解できない者だ。
単純な帰結である。
「だから、魂がどんものかって言われたら、『さあ?どんなものなんでしょうね』って言うしか出来ないわね。魂というのも、私が何となく感じているものを、それに合う言葉を都合よく当て嵌めてるだけで、実際は全く違う概念かも知れないわ。それは誰にも分からないでしょうね」
誤魔化してる訳ではなく、本当に分からないのだから、こう言うしかない。
私の様子から嘘は言っていないと、察したのか、彼女はそれ以上追求して来なかった。
「ところで、何でそんなこと聞いてきたの?」
「えっと……羽火さんの魂は見付かってないんですよね?」
「そうね。多分魂ごと消されたのよ」
「……それ、前も言ってましたけど。そんなこと出来るんですか?」
「出来るわ。どうやってかは知らないけどね」
私も聖罰委員会について詳しくは知らない。
彼等は自分達の存在を魔法使いたちに悟られぬよう、情報統制には一際気を遣っているのだ。
獲物に自分達の姿などの情報を与えないのは、狩りの鉄則である。
「ただ、出来てもおかしくはない。委員会の源流は、大昔に存在したとある一神教だって言われてるわ。悪霊とか冥界の悪魔とか、寧ろそっちの方が彼等の本分でしょ」
聖職者が悪霊を祓うなんて、よく聞く話だ。
「その委員会も、魂が見えるんですか?」
「……多分」
憶測ではあるが、魂ごと殺せるというのなら、それを感じれないのは道理に合わない。
「見れないものを、どうやって殺すっていうのよ?」
「さっきから真ヶ埼さんは、委員会が魂を殺すことについては断定的に語っています。他のことについてはあやふやで、憶測であるにも関わらず、です。どうしてそのことだけは言い切っているんですか?」
委員会は魂ごと殺す。
私が漆城の魂を見付けられなかったのはそれが原因であり、つまり彼女を殺したのは委員会の手の者である。
彼女が生前未練を持っていなかったからだとかの、他の要因を全く考慮せずに私はそう言った。
「……彼等が排斥を望むのは、魔法使いであり、魔法なの。だから命だけに飽き足らず、魔法使いの生きた証、その痕跡、そして魂に至るまで、現実に残っていることが許せない。そう言われている」
いつかの肉親から教えられた、脅し文句。
だがそれも結局は伝聞でしかなく、確固たる証拠があると言うわけではない。
では何故、私は確信を持っているのか。
それは、一度目の前で見たからだ。
現実として見たものは、たとえどれだけあり得なくても信じるしかない。
「……前にも、殺された魔法使いがいたのよ。私の―――目の前で」
瞼に焼き付いて消えない、忌々しい記憶。
私の、取り返しのつかない罪だ。
「その時、彼女の魂は消えてしまった。だから委員会が魂を殺すのは本当よ」
「……すみません」
私の哀傷を感じ取ったのか、水巴さんは謝罪の言葉を口にする。
「謝る必要はないわ。当然の疑問だもの」
私が語りたがらなかった故に、彼女を混乱させてしまったのなら、謝るのはむしろこちら側である。
「漆城は学校に来ているのに、彼女の魂は学校では全く感じなかった。どれだけ後腐れ無い人生を送っている人間でも、死んで直ぐならどこかしらに残り香はある。それがないってことは……彼女の魂は消されたってことよ、人為的にね」
それが出来るのは聖罰委員会のみ。
よって犯人は聖罰委員会の人間である。
校内の人間の動きは私と赤藤で余念無いよう監視しているが、未だに彼女が殺されてから誰も退学・停学や退職をした者はいない。
犯人は今も怪しまれないよう、学校の何処かに潜んでいる。
「それについてなんですけど……羽火さんの魂がもう無いのは分かりましたけど、あの人の魂以外はどうなんでしょう?」
「どういう意味?」
「えっと、魂と一言で言っても、それは何も生き物に限った話じゃない場合もあるのかなって思ったんです。ほら、物に魂が宿るとか、そういう考えもあるじゃないですか。アニミズム―――とかなんとか」
「……精霊信仰ってやつよね?」
アニミズム。
この世のあらゆる物質には霊的存在が宿るという思想。
霊的な何かとは神や呪いなど様々だが、この思想を持つ民族や宗派は古くから世界中に存在する。
日本に限定してみても、八百万の神であったりとか、呪物であったりだとか、事例はいくらでもある。
その思想が真実であるかどうか考えるのは意味がない。
既に生き物の魂は存在するのだ、そこからオカルトが一つや二つ増えたところで驚きはしない。
根拠が無いというだけで、可能性を否定出来はしない。
「仮にそんな思想があったとして、だからどうしたの?」
「物にも魂があるなら、羽火さんの魂が見付からなくても、当時羽火さんの持ち物とか、殺された場所にあった物とかの魂を読み取れれば、犯人を捜す手懸かりになるかもって思ったんです」
私達の目的は漆城を殺した犯人を見付け出すこと。
彼女の魂を捜していてのは、殺人犯を捜すなら殺された人間に聞くのが手っ取り早くて確実だからだ。
なにも彼女の魂を捜すことは手段であって、目的ではない。
「……その思想が本当かどうか、確める為に、魂について聞いてきたんだね」
「はい。でも、無茶ですよね、ごめんなさい。分からないのに適当なことを言って―――」
「―――出来るかも」
「え?」
「そうか、盲点だった。何で今まで気付かなかったんだろう?」
物体には魂が宿る、こんな基本的な思想を見落としていたなんて、魔法使い失格だ。
如何に魔法が嫌いだからって、冷静な判断が出来ていないのは頂けない。
「でも、分からないんですよね?」
「ええ」
彼女の言う通り、試したことがないのだから、出来るかは分からない。
私は懐からハンカチを取り出した。
「じゃあ、どうやって?」
「さっきも言ったでしょ?」
私は手に取ったハンカチに意識を集中させる。
そのハンカチを、まるで人間であるかのように見立て、魔法を行使する。
「よく分からないから、魔法なのよ」
人間には魂がある。
それは感覚的でしかない、非論理的な考えだ。
けれど、私達人間は心臓の動きだけで、脳内の電気信号のやり取りだけで、『生きている』とは実感しにくい。
たとえ現代人であっても―――理屈とはまた異なる何かが存在して、それは生命が潰えた後も、私達に影響を与えると思ってしまう。
そうでなければ、私達は墓参りなんてしないし、毎年怪談話が語られることも無いだろう。
魂という概念は、それが実在するか非実在なのかは置いておいて、人間の生活の中に含まれ、思考に組み込まれている。
それは人間の私も例外でなく、だからこそ私は生物の魂を感じることが出来た。
あると思っていないものを、視界に写そうとはしないのだ。
能力の問題でなく、あるかもしれないと思っていたからこそ、私は魂を知覚したのだ。
よって、私は自分の視野を、もう少し広げてみることにする。
物にも魂―――もしくはそれに準ずる何かが存在するという価値観を、受け入れる。
『あり得るかもしれない』
一筋の希望さえあれば、魔法はそれを手繰り寄せられる。
―――ここからは、私の意志力の問題だ。
「―――うん。出来る」
「ええ!?」
「試してみる?」
「え……!」
私は彼女に詰め寄り、両手で眼鏡の縁に振れる。
さっきと同じ要領で、意識を集中させる。
しばらく瞠目―――よし、やっぱり見える。
「あ、あのぅ……」
か細い声を受けて目を開くと、水巴さんの顔が鼻先と鼻先が付くくらい至近距離にあった。
どうやら集中している間に思いの外接近しすぎたようだ。
「も、もう……いいですか?」
彼女は頬を赤く染めながら抗議してくる。
「ああ、ごめんごめん」
私は素早く距離を取った。
「ありがとう。おかげで大体分かったよ。うん、ちゃんと、物の魂も見える。魂なのかはちょっと分からないけど……」
「本当に出来るんですか?さっきまで出来なかったんですよね?」
半信半疑といった感じで首を傾ける彼女に、私はさっき読み取った記憶を話す。
「水巴さんの朝食はトーストにベリージャム、昼食は弁当のオムライス。オムライスはお手製で、ご飯の味付けは控えめ、でしょ?」
「!当たってます」
「貴女の眼鏡から読み取った情報だよ」
彼女の眼鏡に、人間のように魂みたいなものがあると仮定して、それを読み取ったのだ。
「ね?意外と上手く行くものでしょ?」
「信じられません……本当に、何でもありなんですね、魔法って……」
「そうでもないわよ、制限も勿論あるわ。今回上手く行ったのは、多分他に先駆者がいたからね」
「さっきの魔法が既に使われたことがあると?でも知らなかったんですよね?」
「私個人は、ね。でも私だって世界中の魔法を全部知ってる訳じゃない。そもそも魔法使いって、秘密主義者で滅多に素性を明かさないから、その人だけが使える魔法もいっぱいあるらしいわよ」
逆に目立ってしまえば委員会に狙われてしまうのだから、魔女狩り以降は人里から離れて生活する魔法使いが殆どだったらしい。
かく言う、私に魔法を教えた肉親も都市部には行きたがらなかった。
「まあ、アニミズムっていう名前が付けられるくらいまで広まってる思想なんだから、きっと昔この魔法を使って活動していた魔法使いでもいたんでしょ」
「だからって……そんなすぐに出来るものですか?」
彼女はまだ腑に落ちない様子だが、こればかりは納得してもらうしかない。
非合理である魔法に、理屈は通じないのだ。
―――まあ、多少の例外はあるが。
「ともかく!これでやることははっきりしたわ!」
この魔法を使うのに最も効果的な物は、生前の漆城羽火の持ち物であることは明白だ。
まらなるべくそれは、長い間彼女が肌身離さず持っていた物である方が良い。
魔法使いの遺品探し。
彼女を殺した犯人を突き止める為。
そして彼女の道程を辿る為。
―――彼女の生きた証を、守る為。
私たちは早速明日から行動を始める。
彼女が生前設立し、所属していた部―――TMC団。
そこで私たちは、魔法使いの弟子と、魔法使いの
そして、魔法使いは死んだ。 哀畑優 @rrrrrrrrrrrrrrr
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。そして、魔法使いは死んだ。の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます