三六章 反撃ののろし
そこは、人間という名の『家畜』を繁殖させるための場所だった。
何万という人間が防壁のうちに閉じ込められ、
その場所の名をエンカウン。
かつては、人類の最前線として
かつては
もちろん、捕えられた人間たちもおとなしく従ったわけではない。
抵抗したものもいた。
家族や友人を逃がすために囮になったものもいた。
『
そして、三年。
いまでは
そのエンカウンの繁殖場の道を二鬼の鬼が連れ立って歩いていた。
家畜とされた人間たちの悲哀など関係ないとばかりに、
二鬼は鬼らしく一糸まとわぬ姿であり、武器も防具も一切、身につけていない。もっとも、鬼でなくても武器や防具など身につけてはいなかっただろう。なぜ、そんなものを身につける必要がある? ここには
「う~、小腹が減ったわい。今日はよく働いたからなあ」
この『働いた』と言うのは、獲物とするために野に放している人間たちを狩ってきた、と言う意味である。
「そうだねえ。今日はちょうど、子を産むには歳をとりすぎたとして廃棄場送りになった雌がいたはずだよ。廃棄場に行って、もらってこようか」
「おう、そうだな。歳をとった雌は肉は固いが噛めばかむほど旨味がある。若い雌ではそうはいかん」
「そうだね。あたしは固い肉のほうが好みだからね。やっぱり、しっかりとした歯応えがあるほうが『食った!』っていう気になるからね」
「ああ、そうだな。では、廃棄場に行ってもらってくるとしよう。今夜は塩焼きにして一杯いこう」
「いいねえ」
と、その鬼は『じゅるり』と
会話の内容と身体的特徴からして二鬼は雄と雌、夫婦なのだろう。どちらも装飾品の
そう。
二鬼は気がつかなかった。自分たちの後ろにひっそりと、音も立てずに忍びよる影があることを。
ふいに、影が伸びた。
ぐさり。
手甲から伸びたかぎ爪が鬼たちの首を後ろから突き刺した。二鬼はなにが起きたかわからないうちに盛大に血を吹き出し、その場に倒れた。
「急げ」
二鬼を暗殺した影が小さく、しかし、鋭く命じた。
「切り刻んで血と肉の匂いをまき散らせ。その匂いにひかれて鬼たちがよってくる。そこを包囲して
「すでに完了してます。アルノス将軍、バブラク将軍、サアヤ殿下、いずれもご自分の部隊を率いて所定の位置に待機しています」
「よし」
と、二鬼を暗殺した影は不敵な笑みを浮かべた。
人類軍総将ジェイとその補佐官であるアステスだった。
「円陣を組め! おれたちが集まってきた鬼たちをひきつける囮となり、充分な数が集まったところでアルノス将軍、バブラク将軍、サアヤ殿下の部隊が外から押し包み、
ジェイ配下の
残酷と言えば残酷。しかし、
「アステス。お前はモーゼズ将軍を補佐して人々を避難させろ」
「……はい」
アステスは若干の未練を込めて、それでも、はっきりとうなずいた。ジェイと並んで戦うことが出来ないのは残念だが、自分にそれだけの力がないことは自覚している。この場に残ったところでジェイやその他の精鋭たちの足を引っ張るだけだ。無理してこの場に残るよりも、自分の出来ることをするべきだった。
「……ご武運を」
「お前もな」
小さな笑みをかわしあうと、アステスはその小柄な体を夜の闇に溶け込ませた。
すでにそのときにはいくつかの足音、重々しいくせにしなやかさと軽快さを感じさせる巨大な肉食獣のような足音が近づきつつあった。
「来たな」
ジェイが唇を笑みの形にねじ曲げた。
この三年間、人類が味わってきた苦難。その苦難のすべてを込めた笑みだった。
「だが、それも今日で終わりだ。今日よりは人類の反撃がはじまる。この世界を人類の手に取り戻す。この戦いをそのための第一歩とする!」
ジェイの
アステスはスミクトルの
家畜とされた人々を人間に戻すのは
人々を避難させること自体、簡単ではなかった。なにしろ、
言葉の意味がわからず
若いアステスなどはそれらの態度に腹を立て、声を
そこには、救出のために募集された義勇兵たちがいた。義勇兵と言っても戦闘を目的としているわけではない。あくまでも救出のための人手である。
義勇兵たちが地下通路に一定間隔で並び、救出された人々の手をとって連れて行き、次の義勇兵に渡す。そして、また、新しい救出民を受け取る。
それを繰り返す。
そうして多くの人に支えられ、王都ユキュノクレストまでの長い道をたどる。そして、そこで『人間に戻る』ための気の長い治療をじっくりと受けるのだ。
地下の世界で人々が脱出への長い道をたどっている頃――。
地上ではすでに流血の戦いが繰り広げられていた。
「この世界は我ら人間のものだ! きさまら
ジェイが叫ぶ。手甲につけられたかぎ爪をふるい、襲ってくる
血と肉の匂い、そして、
それらにひきつけられて町中の
「よし、あたしたちの番だ!」
シルクス王女サアヤが叫んだ。建物の影に潜んでいた配下の軽装歩兵とともに突撃し、
しかし、
それを防ぐべく、巨大な影が立ちはだかる。
オグルの
アルノスの部隊はサアヤたちのさらに外側を、外を向いて取り囲む。騒ぎを聞きつけてやってくる
さらに、
さすがに
激しいが短い戦いのあと、集まった
残っていた
いまのエンカウンを統べる鬼の首領。上位の鬼だけあってその肉体はひときわ大きく、全身を金と銀の装飾品で飾り立てている。
「……人間」
「きさまら、どこから現れた? どこからも人間が接近しているなどという報告はなかった」
「お前が知る必要はない」
ジェイは無慈悲なまでに冷徹な声で言うと、首領目がけて踏み出した。
「ここは人類の町、人類の世界だ。返してもらうぞ」
「ゴカアァッ!」
最小最速の動作で繰り出されたジェイの突きが
「……おれの勝ちだ」
ジェイは呟いた。
一夜のうちに捕えられていた人々は救出され、都市内の
「この世界を人類の手に取り戻すときが来た! いまより、
アーデルハイドたちが
人の世では
第二部完
第三部につづく
婚約破棄からはじまる追放された令嬢たちが新しい世界を作り、人類を救う物語2 〜戦いの真実篇〜 藍条森也 @1316826612
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