第13話 蟹攻戦 開始
冷静に、冷静に、と心に言い聞かせる。意識が徐々に回転数を下げていくのがわかる。タキジもチュウヤも、同じように思考が澄み渡っていく中で、その思考がシンクロしていくのを感じていた。自分たちがどう動くべきか、最適解を探し求める。それは少佐やカフーのような経験に裏付けられた思考ではなく、感覚からくる物だった。復讐心を互いが持つゾエア因子が静かな炎のように燃え上がらせていると言っても過言ではないだろう。巨大蟹と相対した時の真黒な炎ではなく、勢いは静かだが高温の青白い炎が二人の心にあった。
それに気圧されているのか、蟹爪フライ達は距離を取るように二人を中心に円移動を開始する。牽制をする余裕すら見せることはなかった。
チュウヤがリタイアせずに済んだという予想外の展開に、少佐は状況把握を再度行い始める。状況は優勢にも思えたが、懸念は多く有った。チュウヤの乗るプロレタリアが蟹爪を掴んで全てを撃ち落とすには蟹爪フライが多すぎる。数が多ければ多いほど不規則かつ予測不可能な動きをするに違いないし、一点集中で全てが同じタイミングで降り注げば防ぐ術はない。かといって、タキジがそのサポートをするにはカニカマに武装がなさすぎる。機動力での翻弄をするにはカフーの体重が邪魔になるし、カフーを戦場に置き去りにすればたちまちウィークポイントが増える。ましてやタキジは訓練を受けて間もない、カフーやチュウヤほどのカニカマの操作が行えるとは思えない。戦況は停止しているが、長考の余裕はなく、判断はすぐに求められる。なにか現状を打破する一手さえあれば、思考を有利に進めることは出来るのだが。
少佐の焦りを加速させるかのように、蟹爪フライたちの動きが変化を始める。プロレタリアへの脅威を感じてか、徐々に距離を詰め始め、旋回だけではなく直線の動きを混ぜた牽制を行い始めた。チュウヤは冷静にそれを回避しているが、破損した機体でそれがどこまで保てるかはわからない。プロレタリアの戦闘力は損なわれていない範囲ではあるだろうが、それもチュウヤのギリギリの精神力で保たれている様な物だ。油断も過信も出来ないだろう。
「カーン、爪の親の場所はわかんねぇのか!」
「そんなのわかったら苦労しないよ!」
無線でカフーが怒鳴りつけ、カーンがそれに怒鳴り返す。この場にいる全ての人間が打開策を求めているが、その糸口もつかめずにいた。確かに、蟹爪を操っている親蟹を倒してしまえば一気に解決するのかもしれないが、それすら可能性であって、蟹爪フライたちがかなり遠距離から操作されている可能性も、個々に稼働している可能性もある状況で、その捜索にリソースをかけることはかなり危険な選択肢と言わざるを得ない。
「一応プロレタリアの半径10m範囲の索敵情報はマッピングしたけど、すべての反応は恐らく蟹爪だ。プログラミングされている兵器としても動きに不自然はないよ」
「なんだぁ、やるこたやってんじゃねぇか」
「この局面でサボってるとでも!?」
「つまるところ、各個撃破して数を減らしていくしかない、ということだ」
少佐は冷静に告げる。分かりきっていたことだとしても、決定する義務があった。
(しかも、なるべく早く、攻撃を避けながら、というおまけ付きだ)
戦意を下げる情報を隠匿するのも、指揮官の努めなのかもしれない、と少佐はどこか自嘲気味な笑みを浮かべるが、それは誰にも見られていないから出来る表情だった。それでも、戦場に決定がなされた。その後に必要なのは行動しかない。
「索敵情報、カニカマに送って下さい。ナビゲートします」
タキジが無線に割って入る。チュウヤはすでに蟹爪を構えて正面を見据えている。
少佐の決定に応答することすらなく、ふたりはするりと命令を飲み込んでいた。
カフーはカニカマを操作し可能な限りのステルスをかける。蟹爪の動きを全てプロレタリアに集中させる必要があった。ましてやタキジはチュウヤの追加の目として動かなければならない。戦場に及ぼす影響は限りなくゼロにしておくに越したことはない。カーンは索敵マッピングをリアルタイミングで更新しつつ、更にその範囲を拡大していく。安全区域を確保する傍ら、不意打ちを回避し、可能であれば蟹爪の親を見つけるつもりだった。少佐は更に追加の目としてタキジのナビゲートのサポートをしつつ、静かに他のカニカマを退避させ、二の手、三の手の準備を脳の片隅で行い始める。プロレタリアが敗れることは有ってはならないが、それでもその後のことを考えなくてはいけない。設定された勝利は蟹の全滅ではなく、被害者を最低数にすることなのである。
布陣は整い、動きは始まる。勝利のために、生還のために、動き始める。
先手を切ったのは、蟹爪フライだった、牽制のつもりかマックススピードではなかったが、まっすぐにプロレタリアの方にその刃が向かう。コレをチュウヤはしっかりと蟹爪で撃ち落とす。蟹爪はその鋭さと自身のスピード、プロレタリアのパワーの合計威力でグシャリと潰れて地面に墜落する。とどめを刺すように、チュウヤはそれを踏みつける。それが、開戦の狼煙、鬨の声になった。
「かかってこいや、蟹ども。なんぼでも叩き落としたろやないかい」
睨みつけるように、蟹爪を構えるチュウヤに、一つ、また一つと様子をうかがうように蟹爪が飛びかかる。タキジのナビゲートを聞きつつ、可能な限り素早くチュウヤはそれを撃ち落としていく。
「少佐、気づいてる?」
「何がだ?」
突然の直通通信がカーンから少佐に繋がる。少佐は可能性は感じながらも、カーンにその答えを促した。
「他の武器よりも、蟹爪が蟹の甲羅を簡単に壊している可能性がある。蟹同士の遺伝子はその結合を分解する可能性がある。」
「蟹は蟹で殴れってことか?」
「回収された蟹の新しい使い道があるかもしれない、ってこと」
たしかに、蟹の甲羅の武器転用が有用ならばさらなる蟹対策が可能であるかもしれない。だからといって、蟹を安全に捕獲する等といった気の抜けたことは言っていられないのも現状だった。
「その可能性はこの局面を抜けた次のために取っておこう」
「そうだね。」
答えつつも、カーンの脳には大量のアイデアが湧き上がっていた。プロレタリア用の新しい装備、いや、小サイズにすればカニカマに搭載する武器すら開発可能だ。カフーや少佐のように訓練された軍人なら白兵戦でも小蟹くらいなら倒せてしまうかもしれない。そうなれば、今までのように防衛戦だけではなく、こちらから蟹へ攻勢に打って出ることすら出来るかもしれない。ならば、ならば個々で負けるわけには行かない。実績と経験と可能性はこの戦闘に勝ってこそ手に入るのだ。
奇しくも戦況も切り替わろうとしていた。牽制をやめた蟹達は恐れるように動きを鈍くし、プロレタリアから距離を取り始めたのだ。その姿勢はチュウヤのサディスティックな心に青い炎を燃え移らせ、タキジもまた見つけた活路が光り輝くのを感じていた。
「さぁやったろやないか、ここからが」
「あぁ、俺達が攻める番だ」
蟹攻戦が、始まろうとしていた。
KANI-KOUSEN @rintarouROM
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