第12話 作戦決行
「いいかい、失敗しても死ぬわけじゃないさ」
カーンは自分自身に言い聞かせるように、そう告げた。
実際問題、ピンボールの球を完全予想する様な事だ。ましてや不確定要素が計算にノイズとして多すぎる。だからこそ、最効率を計算することは出来たとしても、それを再現することはできない。最低効率だとしても、行動としてはこれしかない。
「やる前に失敗すること考えるやつがあるかよ」
カフーは煙草に火をつけながら、そう笑う。目を細めてにらみつける彼の視線の先には、身動きの取れないプロレタリアとそれを取り囲む蟹爪フライがいた。
「保険に保険を重ね、リカバーしていく。自分が死ぬことだけが失敗だ」
「あ、じゃ、大丈夫!死なない!」
長時間の計算でどこかハイになったカフーが声を上げる。
タキジは端末に表示されたルートを睨みつけていた。
このルートに直線的にデコイを打ち込む事で60%の蟹爪フライを無力化することができる。おそらく、カフーはこのルート通りに打ち込むだろう。問題は、その進行度に合わせて自分がBルートでカニカマを運転し、プロレタリアまで到達しなければいけない自分の任務だ。少佐がフォローするとは言っているが、それでも作戦通りに動くに越したことはない。タキジだけではなく、チュウヤの責任も自分の肩に乗っているのだと思えば、より集中せざるを得ない。
「覚悟は決まったか、タキジ」
その目を見て、カフーが煙草を揉み消した。
坊主と呼ばなくなったのは、そこに決心を決めた兵士の顔があったからだろうか。
カフーの浮かべた笑みにタキジは気づいていなかった。
「カウントを開始、十秒後に各自行動を開始」
「了解」
揃った全員の声に合わせて、カニカマのコンソールに数字が現れる。
数字が減るのは速い様にも遅い様にも感じられた。
どこか、焦りに似た感情が、タキジの脳裏に張り付いていた。
しかしそれは不快ではなく、ひりついた感覚は心地よくもあった。
最初にプロレタリアに乗ったときの感覚を思い出す。
あのときも今も、後ろがない。失敗は死を意味する。
ましてや今回の失敗は自分だけではない、チュウヤの命も自分の行動如何では失われてしまう。それだというのに、胸に湧いているこの感覚はなんだろうか。
余裕とも自信とも違う、不安の上に乗っている不思議な爽快感
今は、それに身を任せてみるのもいいと思っている。感覚に突き動かされる自分と、それを俯瞰で見ている自分の乖離に戸惑いすら抱かなかった。
どこか他人事のようにタキジはコンソールの数字がゼロになるのを見ていた。
音もなく走り出したタキジのカニカマを目の端で見送りながら、少佐は作戦前にムシャノコウジに告げられていた事実を噛み締めていた。
プロレタリア搭乗者に選ばれた少年達に共通する要素の事。
彼らが持っている特性についての話だ。
彼らは自分たちと違い、遺伝子上にある程度の共通項がある。逆に言えばその特性を持っていない人間はプロレタリアを動かす事はできない。
その因子をゾエア因子と呼ぶ。彼らはその因子が陽性なのである。
通称、ゾエア陽性である。
彼らは、一様に一定の感情が通常よりも強く発露し、他の物がその分抑えられがちであるという。その感情は、敵対心。敵対生物に対しての攻撃性が著しく高く発露するという。少佐はチュウヤの先程の戦闘での暴走行為、そしてプロレタリアの初戦でのタキジの動き、そして今のどこか抑制されているようなタキジの冷静さに、ゾエア陽性の特性を事実として受け入れざるを得なかった。
「それを踏まえた上で、作戦を立てるのが指揮官の腕だ」
自分に言い聞かせる様に、少佐はそう呟いた。
「タキジ、撃つぞ、しくるなよ」
カフーからの無線を聞きながら、タキジは至極冷静にカニカマの操作を続けていた。目標地点にはちょうど到達する。作戦行動としては早くもなく遅延もないベストのタイミングである。カフーが作戦通りにデコイを射出する。作戦開始の狼煙が上がる。タキジの視界はそこから徐々にスピードが落ちてスローモーションのようになっていく。煙を吐き出しながら駆け抜けていくデコイを、タキジはどこか美しいとすら思っていた。
デコイに反応した蟹爪フライが一つ、また一つと動き出していく。そして動き出した蟹爪フライに反応してその動きは更に倍々と増えていく。綿密に計算されたルートと速度で打ち出されたデコイが引き金になり、一つの蟹爪が別の蟹爪にぶち当たる、勢いが殺し合い、蟹爪が蟹の甲羅を引き裂き、壁に打ち付けていく。軌道に乱れはない、いくつもの蟹爪が動きを封じられ、地に落ち、無力化されていく。
「やったやった、計算通り!」
カーンが喜ぶのも無理はない、一時は絶望に包まれた空間が一つのデコイでここまで掻き乱されているのは、事実痛快と言えたが、他の隊員たちは声を上げることはなく次の行動に移っていく。タキジのカニカマは静かにスピードを上げ次の地点へ向かっていく。第一ステージに過ぎないのだ。少佐は俯瞰しながら状況を次々と計算していく。大丈夫、このまま行けば、新手でも現れなければ大丈夫のはず。
しかし、悪い予感というものは的中してしまうものなのである。
予測された動きで数を減らしていた蟹爪フライが、急に動きの方向を変えた。
それは自動反応で動いていた蟹爪たちが、マニュアル操作に切り替わった事を表すかのように、明確な意志を持って標的を定める。そう、プロレタリアにだ。
「チュウヤ!回線を切れ!」
カーンは慌てて無線に叫ぶが、その操作が一瞬で完了するわけもない。
叫びながらもカーン自身もそれが不可能であることは理解していた。
「飛ばす!拾え!」
カーンの無線が切れた次の瞬間、タキジが静かに叫んだ。
チュウヤもその声に無意識に反応していた。それは二人に眠るゾエア因子の為せる技なのか。カニカマが急速にスピードを上げると、撃ち落とされた蟹爪フライを一つ蹴り上げる。それはまっすぐにプロレタリアに向かい、そしてそれをプロレタリアは正確にキャッチすると、一閃、飛び来る蟹爪たちを撃ち落とした。
利き腕を切り落とされた感覚は意識的に脳から追い出して、強制的に自分を立ち上げる。
「やったろやないか、反撃や」
「いけそうじゃないか」
彼らの眼には、静かで確かな、復讐の火が再び灯った。
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