第11話 反撃準備

「少佐!坊主を運ぶ!カニカマで出るぞ!」

「可能であればチュウヤを引き摺り出して回収しろ!」

少佐とカフーのやり取りには一つの無駄もなかった。カフーはカニカマのハッチにタキジを放り込むと、ハッチを開けたままで箱乗りのような形でカニカマをスタートさせる。それと同時に少佐から端末にルートが示される。

「蟹はどうしてる? 」

「こちらが動かない限りは動きはない、ただ、包囲されている事に変わりはない」

「お手上げだな。動いた瞬間真っ二つか」

移動しながら話している二人の声を聞きながら、タキジは考えていた。自分に、一体何ができるのだろうか。チュウヤがこんなに簡単にやられてしまったのに、自分にできる事なんてないのではないか。そんな弱音をねじ伏せながら、必死に考えていた。チュウヤを救い、蟹を倒す方法を。事態の解決策を。

「カニカマを囮にはできないのかな?」

無線に割り込んできたのは、カーンだった。確かに、動くものを狙うのであればカニカマにも反応するのかもしれない。囮役をさせることもできるだろう

「お前はおもちゃの心配だけしてればいいかもしれんがな、あれもウチの隊員なんだよ。もっと言えば、お前の先輩だ。」

カフーが一瞬で否定する。カニカマは甲殻機動隊の作戦のベースとなっている。例えばそれを囮にしてしまうことは、今回の作戦の解決をしたところで、明日現れるかもしれない他の蟹に対してなんの対抗策もなくしてしまうことを意味していた。

「そもそも今回配置されているカニカマはカフーが乗っているのを含めて5機、蟹の鋏は20を超えている。到底受け切れる数じゃない」

「っていうかなんで飛んでるんだよぉ、アニメーションじゃないんだぞ、誘導式の生態兵器なんてズルだズル!」

確かに、その性能は筆舌に尽くし難いものだった。直線的な飛行しかできないが、動きに反応して一番近いハサミが飛来する。ましてや弾薬でもないので、たとえそれを全て避け切ったとしてもハサミの数が減るわけじゃない。

「甲殻迷彩で抜け出せないのか?」

「目がある訳じゃないから効かない。さっき身をもって体験した」

「身をもってってお前、無事なのか少佐」

「直線運動しかしないからな。私が避けるのは造作もないよ」

「忘れてた、コイツも運動能力が馬鹿なんだったわ」

軽い頭痛を感じて、カフーはため息をついた。


チュウヤはプロレタリアの中で無線を聴いていた。

意識は辛うじてあったが、何も考えられなかった。脳に右腕を切り落とされる感覚だけを叩き込まれて意識を保っていられる自分が、どこか不思議で、少しだけ誇らしかった。何が起きたかを通信で把握しながら、だからといって何も発言できず、指一つ動かすことができなかった。それはそれで現状から考えれば最適な行動ではあったが、じっとしているだけというのはただひたすらに無力感で満たされていく自分を傍観することしかできないのと同じことだった。どうして、どうしてこうなったのか。油断、慢心、そんな言葉が胸の底から湧いては浮かび、チュウヤを苛んでいた。視界には、蟹爪フライが無数に浮かび、粘液を思わせる輝きで鈍く光っている。カニカマ達は命令通り微動だにせず、ただカメラで現場の状況を送り続けている。何も動かない、動いたものから狙われていく地獄が広がっていた。

「俺があかんのかなぁ、俺やから、あかんかったのかなぁ」

誰にも聞こえないように、声を殺しながら、チュウヤは静かに泣いていた。

その言葉に答える声もなく、否定も慰めも、地獄には存在しなかった。


「蟹の軌道を計算することは、できませんか」

カニカマの座席の中から、タキジがつぶやいた。

「ん?なんだって?」

カフーがカニカマの中を覗き込むと、タキジは至極冷静な表情で何かを考えていた。その表情には、どこか確信が感じられた。

「鋏は直接運動で自動的に一番近い動きをした物を狙う、甲殻迷彩が効かないということは、逆に言えば蟹の同志撃ちが狙える筈。ちょうど中間点にデコイを打ち込めれば、数を減らしていける、もしかしたら連鎖的に何個も潰せるかもしれない」

「少佐、どう思う」

「理論的には可能なんじゃないか」

機動隊の目に、光が宿る。それは可能性を見出した光だ。

カフーの端末の中で表示が動く。カニカマ達の表示が緑から黄色に変わっていく。

「そんな計算、すぐにはできないよぉ、スパコンがあるわけでもなし」

カーンはしばらく考えた上で、口を開いた。理論的には可能である、しかし物理的には計算にかける時間やその他の要因から考えても実行不可能である、と彼は判断したのだ。

「スパコンはないが、カニカマの動作コンピューターを無線接続した。CPUで考えればスパコンとさして変わらない」

「デコイは俺のカニカマに積んでる。あとは計算式をかける奴さえいればいい」

少佐とカフーが冷静な声で告げる。それは、報告であり、命令であった。

「やっぱり僕か!計算するのは!」

装甲車の中で、カーンが叫び声を上げながら、大型の端末を開いて計算を始める。

「仕方ねぇだろぉ、お前が一番後輩なんだから」

カフーが髭を撫でながら笑っった。

勝機の糸口が、開こうとしていた。


「チュウヤ、聞こえるか」

「・・・聞こえてます、えろ、すんません」

少佐からの通信に、チュウヤは静かに謝った。少佐の制止を振り切って蟹にトドメを刺した上にプロレタリを損傷、機動隊全体を窮地に追い込んでしまっている。

「謝るのは私だ。蟹が一体の作戦を立案実行し、現場状況でお前に損害を与えた。すまなかった」

少佐は率直にチュウヤに向かって謝罪した。チュウヤは、一瞬、何を言われているかわからなくなり、言葉を失ってしまった。自分が謝られる事なんて、想像もしていなかったのだ。

「今後は周辺20kmの索敵を作戦の絶対条件とする。お前がおった傷がどれだけ微小な物だろうとその借りは絶対に返す。お前は私の部下だからな 」

「・・・了解です」

チュウヤは、それ以上何も言えなくなってしまった。有無を言わさない絶対的な何かが、少佐の言葉にはあった。それはともすれば、信頼に直結する何かだった。

「カーンによる計算が終了後、作戦を再開する。カフー、タキジはデコイの準備、チュウヤはプロレタリアをマニュアルに変更し状況を観察して、フレキシブルに対応しろ。いいな、これ以上の私の部下への被害は許さん。慎重に行動しろ」

「了解」

揃った声には、自信が滲んでいた。

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