第31話 エピローグ
◇◇エピローグ◇◇
「――え? 魔王? 俺が魔王になるのか?」
「だからそう言っているじゃないアルトスフェン。――なんとかしないとね」
俺の前で意気込む亜麻色の髪と翡翠色の瞳を持つ女性、メルトリアは呆れたように言った。
スカーレットを葬送し、なんとライラネイラの孫だった蒼髪の男に見送られて皇都を発った俺は、龍族の住処でとんでもない話をされたところだ。
「あのとき勇者サマから出てた黒い靄ってぇの? あれが魔物の素だったってンだから危ねぇよな」
メルトリアの隣ではすっかり元気になったフォルクスが飄々と笑う。
「いや、まぁあの感覚は確かに魔王が魔物を生むときの感覚だったけど……」
巨大な岩がいくつも突き立ち、その岩の上では龍族が思い思いに体を休めている。
そのなかでも一番高い岩の上、俺たちはまるで世間話のように軽い口調でこの話をしていた。
『呪いを解くことは難しいが、うまくいけば発症は十分に抑えることができるだろうね』
俺たちの隣で伏せている巨大な白い龍、アウルも別段焦っていないようである。
「それで、その方法っていうのは?」
聞くと、アウルはバフンと鼻息を吐き出した。
『お前が負の力に呑まれないことだね。葬送するのを恐れないこと。つらい思いをしても愛することを忘れないこと』
「…………」
ええ? つまり俺の感じ方次第ってことか――?
それ、大丈夫なのかな……。
俺が顔を顰めると、メルトリアが微笑んだ。
「大丈夫よアルトスフェン! スカーレットが教えてくれたことがあるの。私、彼女と約束したんだから! それに、言ってくれたでしょう? アルトスフェンを遺す手伝いをしてくれって。だからアルトスフェンが全部乗り越えるまで……私が一緒に葬送するわ」
「……面と向かって繰り返されると恥ずかしいんだけどな……その台詞……」
俺が言うとメルトリアは花が咲くような笑顔を見せた。
なんというか、彼女は随分と明るくて……元気を取り戻しているように感じるんだ。
たぶん、メルトリアがスカーレットと話をしたからだと思う。
それを聞いたのは、メルトリアが俺よりも泣いて、泣いて、泣き腫らしながらスカーレットを葬送したあとだ。
ふたりのあいだにどんな会話があったのかはわからないけど、そうだな。きっと仲良くなれたんだろう。
だけど、どうやら俺の発した台詞も彼女がやる気を出すためにひと役買っていたらしい……。
「いいじゃない。俺を遺す手伝いをしてくれって言われて、私は嬉しかったわ?」
「いや、だからさ…………」
やっぱり少し……いや、かなりむず痒いというか、なんというか。
「あんたらはいいよなぁ、やりてぇことがあるってンだから……」
そこでフォルクスがぼやくので、俺はその肩を軽く小突いた。
「フォルクスだって言ってたじゃないか。『どうせなら勇者サマみてぇにヒトを助けて有名になって真っ当に生きる』」とかなんとか」
「うっ、やめろよそういう台詞蒸し返すの! あんた本当にエルフかなンかか⁉ っていうかそれなら俺もこの先に連れていけよな? 貸しはでかいンだぜ?」
「ははっ! おう、わかったよ」
憤慨するフォルクスに笑って、俺は自分の手のひらを翳した。
いまは黒い靄なんて微塵も滲んでおらず、ただの人族の手のひらだ。
この手から、体から、魔物を生み出すなんてことは絶対に避けなければならない。
再び魔王が現れたとき、防衛本能の薄れた人族では太刀打ちできないとふと思ってしまったけれど……まさかその魔王候補が自分だとは思わなかった。
「――まったく。千葬勇者の千年紀行は前途多難だな――」
思わず呟くと、メルトリアは柔らかく微笑んだ。
「アルトスフェンなら乗り越えられる。
「――おう。ここに、ちゃんと」
俺は翳していた手を胸に当てた。
――スカーレット。
俺のために生きてくれたこと、ずっと想ってくれていたこと。
俺は皆に彼女と話した内容を伝え、自分が愛を持って送ったことを報告した。
だけどひとつだけ秘密にしたことがあったんだ。
彼女の部屋から出るときに、彼女が言ってくれた言葉だ。
『貴方の行く先に幸せが見える。あたしの星詠みは当たるのよ、アルト。黒い星に照らされたとしても貴方の傍にいて一緒に笑ってくれるヒトを――それがあたしじゃないのが悔しいけれど――どうか大切に』
彼女の星詠みは当たる。
――だから。メルトリアやフォルクスが一緒なら、きっと大丈夫なのだろう。
俺は胸の奥に感じる温かさに微笑んで――これから革の手帳に書き足す文を決めた。
『俺が葬送する千の親しき者のひとり……スカーレット。彼女の笑顔を、俺は俺と一緒に遺していくことをここに記す。これは千葬勇者の千年紀行、その第一章である』
Fin
勇者、呪われました!~千葬勇者の千年紀行~ 奏 @kanade1122
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