nets ai

@seimitsukiki

カイト・イン・ザ・150K

「ほどく、伝えておくべきことがある」


「うん」


「父さんには、ずっと隠していたことがある」


その日父は、めずらしく私を名前で呼んだ。

7月の深夜である。翌朝のイスラエルでの配備に備えて、右足インジェクタの点検をしていた時だった。


「縊乃上 (いのうえ) ほどくは、壊れるのである」


うちの家には、LED、蛍光灯…あらゆる光源が存在しない。

みすぼらしい蝋燭だけがあり、ひたひた燃えている。


「新世紀、お前の体の活動は停止状態になるのである」

「シンプルな、プログラムの欠陥である」

「要件はそれだけである」


「うん」


「私は、次に、取り掛かるのである」


まるで通信のように無機的に、0と1のように明白に、私達は情報のみを、いつもそれだけを話している。


「うん」


「では。」


====


0メートル。


93年3月、国道を走行する運送トラックに轢き殺されたヒステリーの母の、

その信仰した宗教では、ハイテクが禁止されていた。

うちの家には電灯はなく、みすぼらしい蝋燭だけがある。


工学部を出て、単身インドネシアで自分を探した父の、

その体は生まれつき、子を作れぬものだった。

私に血液はなく、古くさいP.C.B.だけがある。


私はふと、ベランダに出て、ポストにすでに入っている新聞を取って、エンジンを点火した。


躰は、吹き荒れるように飛び上がる。


100メートル。

あたりは住宅ばかりで、大して私はこの辺りが好きではないことを思い出す。


300メートル。

ぽつぽつ航空障害灯の光る山々。


600メートル。

日本海に浮かぶ船。


3500メートル。

千島列島。


8100メートル。

青く光る。


15020メートル。

暗い。


89000メートル。

暗い。


120000メートル。

暗い。


昇っていく。ずっとずっと、昇っていく。


====


凧は昇っていく。風に揺られて、ずっとずっと、昇っていく。


ある瞬間、気を抜いていた。

私の手は糸から離れる。

それまでさんざん私の手を引いたくせに。


「こちらへどうぞ。」


と、誘っていたそれは、ひとりでに飛び始める。


====


150000メートル。


ヘミングウェイ曰く、

”あちこち旅をしてまわっても、自分自身から逃れられるものではない”。


持ってきた朝刊を開いてみるが、禄に読めやしない。

地上なら、どれだけの淋しい夜であっても光はあるものだ。が、大気のないこの空間で、太陽光は散乱することがない。


0と1のように明白に、暗闇はもっとも暗く、光がもっともまぶしい。


やはり、みすぼらしい蝋燭だけがある。

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