この世には属性というものがあってだね。②
休憩時間で仮眠をとった僕は、更衣室で軽く身だしなみを整える。
今まで身なりには特に気をつけてなかったし、オシャレに頓着もなかった。
しかし、龍ヶ崎先輩といるからにはその辺りもしっかりしておかないと。
「おかえり藤代くん。よく眠れたかい?」
更衣室から出て店内に戻ると、先ほど同様にやる気のないハスキーボイスがお出迎えしてくる。
「ぼちぼちです」
つられて少し低めの声で答える僕。
男は意識している女性の前では声が低くなるらしい。気持ちは分からんでもない。
男は低い声をかっこいいと思ってしまうものだ。本能的にそういうもん。
そうなると、僕が先輩に憧れるのは必然。何もおかしいことではない。
眠気覚ましに入れたコーヒーを飲み干して、僕は開店の準備をする。
めんどくさそうな雰囲気を隠そうともしない先輩だが、仕事はテキパキとこなす。
やることはしっかりとやるあたり、人間性が良い。
そうして始まったディナー営業。
特にこれといったトラブルもなく時間は過ぎていった。
夜はお酒がメインのBARのような状態で営業するこの店だが、元は喫茶店だし客層は良い。
そのため、滅多なことがない限りは穏やかに働ける。そこが良くて僕はここでバイトをしているのだ。
まぁ先輩がいるというのもあるが。
そうしているうちに交代の従業員が出勤してきて僕は退勤する。
僕と先輩は昼前からシフトに入っているため、同じタイミングで上がる。
「お疲れ様です。先輩」
バックヤードで僕が声をかけると、先輩は少し目元を和らげて微笑む。
「藤代くんもお疲れ様」
できる男はここで気の利いた一言や食事の誘いでもするのだろうが、あいにく僕は“平凡”な男。ノーマルマンだ。
特にこれといった会話もなく僕らはそれぞれ更衣室へと向かい帰りの支度を始める。
ロッカーを開け帰り支度をしていると、置いておいたスマホがメッセージの受信を知らせる。
画面には「
バイトが終わったタイミングで着信してくるか。行動を把握されているみたいで少し怖いな。
『もしもし』
『爽先輩!お仕事でしたよね?お疲れ様でした!』
開口一番、元気な声が聞こえてくる。
もう夜だし、バイト終わりで疲れているんだから少し考えてほしい。
彼女––––––水戸那月は僕の高校時代の後輩だ。
部活動加入が強制だった母校で、僕は文芸部に所属していた。
といっても、特にやりたいことがなくて「楽そう」という理由で選んだだけなのだが。
他の部員も僕と同じようなもので、基本的には幽霊部員ばかり。
用事がない時は基本、放課後に部室で読書したり携帯をいじったりして時間を潰す。
活動してるのは僕1人。悲しいなぁ。
そんな中入部してきたのが水戸だった。
長く重めの前髪にメガネをかけた、いわゆる“陰キャ”を体現した彼女は読書が好きでこの部を選んだとか。
しかし残念なことにウチの部の現状はひどいものだった。
それでも構わないと入部した水戸は、僕同様毎日のように部室に来ては読書をしていた。
そんなこんなで、そこそこ長い時間を共にした僕らは当然仲良くなる。
最初は口数少ないおとなしい子だと思っていた水戸だが、実際はよく喋る明るい子だった。
ビジュアルが勿体無い。整った顔しているんだから容姿に気を配れば一気に“陽キャ”になれると思う。
どの口が言ってんだという話だが。
とにかく、毎日のように一緒にいた我々だが、それ以上のことはなかった。
仲の良い友達。その関係が居心地良くて、それ以上を求めようとは思わなかった。
そして僕が卒業して大学生になってしばらくした頃。
彼女が僕と同じ大学に合格したということを知らせてきた。
あれだけ仲良かった彼女とまた同じ学校になれるというのは普通に嬉しかった。
そんな彼女がこんな時間に電話してくるなんて。
『ありがとう。それで、何の用だ?』
『まさか忘れたんですか!?でもそんなことだろうと思って電話をしたのです!』
なんか約束してたっけ?なんて思ったがすぐ思い出した。
彼女とは入学後に会おうと約束していたのだが、新年度はやっぱり忙しくて気づいたら4月も後半になっていた。
そんな中で明日、昼飯がてら会うことになっていた。
『あぁ明日のことか?』
『そうですそうです。最初から忘れないでほしかったです』
それはすまない。楽しみにはしていたがいかんせん最近忙しくてさ。
その後、電話で集合場所や時間の確認をした僕たちは、明日会うのに今長話をするのも、ということで電話を終わらせる。
最後に電話を切る間際に「デート、楽しみです!」という言葉が聞こえた。
なんだろう。不思議と緊張してくる。
5分ほど電話していただろうか。更衣室を出ると、女子更衣室の電気は消えていたため先輩はもう帰ったのだろう。
最後に挨拶したかったなぁ、なんて思う。
というか、我々は家の方向が同じなのでせっかくなら一緒に帰りたかったが。
そんなことを考えながら帰路についている途中、小さな公園の前を通る。
昼間でも人がいないような寂れた公園。ちょっと怖いなぁなんて思っていると、中に人の気配を感じた。
え……
もしかしてオバケ……?
いやいや、まさかそんなことはないだろう。オバケなんて嘘さ。
自分を鼓舞していると中から何やら声が……
「あらねこちゃんどうした〜?こんなとこで寝ると風邪引くぞ〜」
聞こえたのは、聞き覚えのあるハスキーボイス……
の語尾に全部ハートマークがついたみたいな猫撫で声。
まさかと思って中を覗くとそこにいたのは予想通りの後ろ姿だった。
「り、龍ヶ崎……先輩……?」
バイト先のクールでダウナーな先輩が実はめちゃめちゃ可愛い 海野 鯵 @aji-umino
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