この世には属性というものがあってだね。①

「ありがとうございました。またお待ちしております」


 とある平日の昼下がり。

 4月も中旬を過ぎたとはいえ季節はまだ春。にもかかわらず、真上を少し過ぎたところにいる太陽が元気に我々を照らす。


 いや、暑過ぎない?今4月だぜ?


 喫茶店「pia」の玄関先。日陰とはいえ、例に漏れず暑さに見舞われている。

 ランチ営業の最後の客を見送った僕は、玄関のドアの看板を“close”に変えると冷房の効いた店内へと戻る。


「クローズしました。ノーゲスです」


「おかえり、藤代くん。ご苦労様」


 ドアについたベルがカランカランと鳴るやいなや、やる気を感じないハスキーボイスに出迎えられた。

 その音と声が響くほど静かな店内はやはり涼しくて、どこかからふわりとコーヒーの香りが薫る。

 どうやらマスター、というか店長が僕らのためにコーヒーを淹れてくれているようだ。


 少し外に出ただけなのに熱で火照った体を冷まそうと、僕は水を飲みにカウンターの中に入る。店長には申し訳ないが、今はとてもコーヒーの気分ではない。


「お疲れ様です、龍ヶ崎先輩」


 コップの水を一気に飲み干した僕は声の主、龍ヶ崎 りゅうがさき しん先輩からの労いに返事をする。



 彼女はここの喫茶店の従業員として、そして同じ大学の学生としての先輩だ。


 地元を離れて学生をしている僕は、大学入学を機に昨年から一人暮らしをしている。


 これまではある程度の貯金と両親からの仕送りでなんとか生活していたのだが、流石に苦しくなってきて昨年末からpiaでアルバイトを始めた。


 そこで出会ったのが彼女だった。


 そして僕は、彼女に心を奪われた。


 なぜかって?そりゃもう彼女を見ればわかるだろう。


 整った顔立ちに艶やかな黒のウルフカットのヘアスタイル。スラリと線の細い体は、その高い身長を強調するかのよう。口を開けばハスキーボイス。


 男の僕が見てもかっこいいと思うほど凛とした外見とは裏腹に、いつも眠そうな目ややる気のなさそうな喋り方。あっさりで淡白なその性格。


 どこか近寄りがたい雰囲気を醸し出すその“クール”さと、マイペースで独特な世界観に包まれた“ダウナー”さ。

 人間として完成されたその存在は、我が校では知らないものはいないほどだ。


 はっきりと確立した、人間としての『属性』。それを有するのが彼女の魅力の一つだ。

 しかし、それだけではない。



『属性』というのは、人間である以上誰しもがあるものだろう。

 何せ『属性』とは所詮、“他人から見る自分”を掲揚したものにしか過ぎない。


 すなわち、少なからず人と関わっている時点で『属性』を有していると言える。

 そして我々は、その属性というものを無意識のうちに、はたまた意識的に日々を生きている。


 こんな経験はないだろうか。

 何か物を買うときに、「これは俺のキャラじゃないな」「これは私っぽくはないな」という理由で購入を断念したことが。

 これは、潜在的な意識が『属性』を理解して上での行動なのだと思う。


 つまり、大体の人間が『属性』を意識した上で日々を送っている。


 じゃあお前の『属性』はなんなんだ?と思っただろう。

 僕の『属性』はズバリ“平凡”だ。


 特に何かが優れているわけではないが、何かが欠落しているわけでもない。

 至って普通。それが僕、藤代 爽ふじしろ そうという人間だ。


 これといった取り柄のないそんな僕はもちろん、自分の属性を理解した上でそれに合った生活を送っている。


 でしゃばり過ぎず、孤立し過ぎず。犯罪に手を染めるわけではないが、善行で徳を積むこともない。何事もそれなりでいるということを徹底している。


 しかし、彼女はどうもそうではないようだ。

 きっとあれが素なのだろう。そうとしか思えない。

 僕も彼女もそこそこシフトに出ているが故に、一緒にいる時間は結構長い。

 だからこそ思う。彼女は素の状態と『属性』が完璧に一致しているのだ。


 僕は意図的に『属性』を演じているというのに。


 そんな僕が、学内でも一目置かれる彼女と関わりを持とうと思ったのだ。

 これはとんでもないことだ。


“平凡”であることを望む以上、高嶺の花でもある彼女と関わることはしゃしゃり出るのもいい加減にしろと言えるほどだ。それでも彼女を知りたい。


 それほど憧れて、尊敬しているのだ。



 と自語りが長くなってしまったが、ここで時系列を戻そう。


 ランチタイムの営業が終わり軽く片付けを済ませた僕らは、店長の淹れてくれたコーヒーを片手に休憩へと入る。


「今日は大したことないねぇ。休日だというのに」


 隣で同じくコーヒーを啜る先輩がボソッと呟く。

 カウンターでコーヒーを飲むだけでこんなに絵になるんだからずるいなぁ。


「まぁ土曜日ですから。問題は夜ですよ」


 少し格好つけながら僕はそう返す。

 この店は昼は喫茶店、夜はBARのような形態で営業するため、実は金曜土曜

 の夜が忙しかったりする。


 バイト社畜と化した僕と、同じくバイト社畜の先輩は週末なんて大体出勤している。

 一緒にいる時間が増えるのは嬉しいが、仕事は仕事と割り切っているので素直に喜んでいる余裕もなかったりする。


「そうだねぇ。ま、なんとかなるよ」


 そんな呑気なことをいう先輩。実際まぁ仕事はできるわ、持ち前のビジュアルから客受はいいわと、何かとなんとかなってしまうからすごいものだ。


「そうですね。とりあえず、僕は夜に備えて一眠りでもしてきます」


「そうかい。その前に一緒に煙草でもどう?」


「いや、僕吸わないので」


 休憩もあと2時間ほどあるし寝ようかと思っていた僕を煙草に誘う先輩。

 愛用しているPeaceをフリフリと振りながら僕に問いかけてきた。


 実はしっかり喫煙者な彼女。彼女が煙草を吸うところを何度か見たことはあるが、いかんせん似合ってるもんだからこれまた流石としか言いようがない。


「そうかい。吸いたくなったらいつでも言ってね。じゃ、また後で〜」と言い残して去っていく先輩を見送りなが、僕は近くのソファ席へと向かっていと眠り決め込むことにした。



〜◇〜◇〜◇〜◇〜◇〜◇〜◇〜◇〜◇〜◇〜◇〜◇〜◇〜◇〜◇〜

一昨日ぶりです。海野です


いよいよ本編が始まります。楽しみですね

僕自身、プロットをかなり書き込むタイプですので、割と先までの展開が決まってます。

が、しかし。気分によって展開が変わったりもするので僕もまだわからない状態です。


小説自体何度か書いておりますが、ライトノベルも、長編作品も初めてでございます。

まだ右も左も分からない若輩者ですが、何卒よろしくお願いいたします。




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