第8話 ほろ苦いデビュー

「さやかっ!!」


 わたしが体育館に行くと、星谷先輩があわてたようにかけよってきた。


「さやか、下は? 合わなかったの?」


 困ったように目線をそらしながら聞いてくる。


「はい。大きくて…」


 先輩に借りた上着が、スカートみたいにお尻を隠すから、その下は見せパンだけで来てしまった。


 だって、水着はもっときわどいでしょ?


「や、あのね。すごく似合うけど…ちょっと色っぽすぎるよ」


「え、着てるのはわたしだから、色っぽくないですよ?」


「いや、じゅうぶんだから…」


 いつの間にか星谷先輩だけでなく、他の三人の先輩もわたしを背にして囲んでいる。


 四方向から守られているみたいで、よけいに恥ずかしい!


「先輩、試合、はじまっちゃいますよ?」


「さやか、もう、今日はいいから洋館に戻ってて。ズボンは後で考えよ。柳田、送ってあげて」 


「え! まって! せっかくっ」


 また、わたし抜きでどんどん話をつけてしまう先輩達にあわてた。


 柳田先輩も、自分の上着を脱いでわたしの肩にかけようとする。


 だからわたし…。


 今日一日、一生懸命覚えたのにって、頭にきてしまったんだ。


 わたしが、女の子だから? 

 一年生だから?

 転校してきたばかりで、何もしらないから?


 だったらなんでっ、団長なんてやらせるの!


 もう、頭の中はぐちゃぐちゃだった。


 柳田先輩を押しのけたわたしは、二階の客席一番前に仁王立ちする。


 思いっきり息を吸い込んで頭の上で手を組んだ。

 そうすると、気持ちが落ち着く。


 覚えたばかりの伝統演舞『夢守ゆめもり』

 他には何もできない。でも、だからこそ、力いっぱい声を出して踊った。


 体育館に響く自分の声。

 コートでは、バスケットボールが飛び交っている。

 チョウチョみたいに、あっちに行ったり、こっちに来たり。


 ゴールネットにしずむと試合は止まる。だから、捕まりたくなくて逃げてるみたい。


 夢を…守る踊り。

 わたしは天窓の光りをあびながら、学ランのすそを跳ね上げ、長いハチマキをなびかせ、選手の夢を、勝利の夢を歌う。


 気がつけば先輩達も歌っていた。


 ただ…、その後は…けっきょくわたしは先輩の横で立ってるだけだったんだけど…。


(やっぱり、かっこ悪いな)


 でも、先輩たちはなんか嬉しそうだった。


 試合は無事終了。


 わたしの団長デビューは、やっぱりひどい見せ物で終わったんだと思う。


 体育館を出た時には、外はすっかり日が落ちていた。


「団長、寒くない? ぼくの使って」


 小原先輩が大きなタオルを肩にかけてくれた。寒くはなかったけど、大人しく身体を包む。


 そしたら柳田先輩が「ちっ」て舌打ちしたけど…、さっき上着を借りなかった事怒ってるのかな。


夢守ゆめもりの演舞えんぶ…。知ってたのか?」


 沖田先輩がボソって聞くから、教室での事を話てしまった。


「我々の団長を泣かすとは、沖田の弟には話をする必要がありそうだなっ」


 柳田先輩が怒ってくれるけど、沖田くんが映像見せてくれなかったら、本当になにもできなかった。


 だから…。


「わたしは、沖田くんに感謝してますよ?」


 そう言ったら、ぷいってすねちゃった。

 柳田先輩って以外にカワイイ?


 …人気ひとけがない校庭。不気味なほど静まり返っていて怖いはずなのに、先輩達がいるから安心してしまっている。


 空には星が出ていた。そういえば、この学園って星の名前だよね?


 わたしが空を見上げたから、みんなも止まって夜空を見上げる。


 一瞬だけ、輝いていた星が尾を引いてすっと消えた。


 星谷先輩が真剣な顔でわたしを見る。


「おれ達は、さやかという一等星を、全力で守るからね」


(えっ?)

 

 言葉が耳から入って頭で理解するまでのタイムラグ。


 月明かりに照らされてるわたしと、先輩達。


(わたし…今、お姫様みたいな事言われた?)


 とたん顔が赤くなったけど、これ以上かっこ悪いとこ見られたくないから、バレてないといいな。


 洋館につくと男の人が扉の前で待っていた。


「お帰りなさい。みなさん」


 黒髪に左の一房だけ銀髪の優しそうなこの人が、洋館の管理人だという夢咲ゆめざきさんだった。


「食事の用意ができていますから手を洗ってから食卓へ。今夜はシチューです。体が温ままって、ぐっすり眠れますよ」


 その日から、わたしは洋館での生活をはじめたの。

 夢咲さんの作るご飯は美味しいし、先輩達の賑やかなおしゃべりも楽しい。


 いつも穏やかな夢咲さんと、白黒のモクロの関係を知るのは…もう少しあとの事。


 色々あるけど充実していて、あんなに朝が苦手だったわたしが、毎日早起きしちゃってる。


 まだまだ新米団長だけど、わたし一生懸命頑張ってるよ!



     おわり…とりあえずね


 

 ―――バスケ部応援の後


『星谷、アイツが見てたの気づいたか?』


『…何かしかけてくると思うか?』


『たぶん』


『…おれ達で、さやかを守るぞ』


 ………


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さやかの団長日誌 〜バクは夜の守り神、今宵の夢をいただきます 高峠美那 @98seimei

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