第11話

橋本はしもとは、知っているかい。我らが美陰学苑みかげがくえんの姉妹校のことを」

 雪が舞っている。おか家からの帰り道。二人とも、手には沢山の土産。

月岡学園つきおかがくえんだろう。東のほうにある、女子校で…」

 俺は、俯く。

「あそこは、療育施設とされている。つまり、生徒は、皆、どこかがおかしい」

「それが、どうした」

 俺は、首を捻る。

「できたのは、あちらが先だそうだよ。つまり、元々は、美陰も同様の施設だったと思われる」

 いつになく、真剣に語る。嫌な気持ちがした。

「だからね、思うのだよ。我々は、皆、頭がおかしいのではないかと」

「確かに、明らかに不具合がある生徒というのは、各学年に数える程度だ」

 しかし、そういった身体的に重度なハンデを負った者は、大抵、個室から出ることも叶わずに亡くなってしまう。

「ならば、美陰は赤髪の千鳥ちどりや、六木むつき君のような生徒こそが、正当な利用者だったと言うのか。それでは、まるで…」

 恐ろしくて、口にできない。

「うん、私は思うのだよ。月岡が入学条件に生まれを課さないのであれば、美陰に求めるいわれもないだろう」

 そこで、道の石ころを蹴る。振り返り、国見くにみは笑ってみせる。

「我々は、尊い血筋などではありえない。有体に言えば、ルサンチマンだよ。ここは、脳病院ではなく、エリートを育成するための学校なのだ。そう思い込むことによって、なんとか先代の子供たちは生き抜いてきたのだ」

「それでも…」目を逸らす。「それでも、彼らは、本当にしてきたのだ。そうして、己の力で、名家に貰われていった」

 どうにか、顔を上げる。

「お前は、六木君の母親が頭のおかしかったことを知って、それで、あの子を軽蔑したか。親や、病は関係ない。それに、脳病院うんぬんは学校ができてすぐの話だろう。今では、日本のパブリックスクールとまで称されている。美陰生であることを誇りに思っても、恥じる必要はない」

 言っていて、眼球に涙が湧く。

「ああ、本当につまらないね…」

 あいつの言ったとおりだ。国見は、踵を返す。寂寥せきりょう。走り寄り、肩に腕を回す。

 元気を出さんか。馬鹿者。

 うん。

 鼻をすする音。

 しばらく歩いて、国見は溜息を吐いた。

「今なら、六木君の気持ちがよく解る」

 母親が会いに来てくれた。

 それが、たとえ、自分を殺すためであっても。

 やはり、微笑まずには居られないだろう。

 お母さん。

 お母さん、お母さん。

 ずっと…。

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六木君のこと 神逢坂鞠帆(かみをさか・まりほ) @kamiwosakamariho

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