別れのディナー

成阿 悟

別れのディナー

「おまちどうさま」

 祐介の前に、ライスとオニオンスープにハンバーグ、それにシーザーサラダを盛り付けた皿を並べる。

 この町に小さな洋食店を開いて一年。

 常連のお客さんもついて、どうにか軌道に乗った。

 アルバイトの女の子をふたり雇ってはいるけれど、厨房はほとんどひとりで切り盛りしている。

 経理や仕入れも自分でこなさないといけないので大変だ。

 それでも、子供の頃から憧れていた『町の洋食屋さん』を開くことができて、毎日が楽しい。

 「うん、すごくおいしい!」

 オニオンスープを少し飲んだ後、ハンバーグをひとくち頬張った祐介が、表情をほころばせながら言う。

 「どうもありがと。だって今日の料理は特別製だもん」

 お米、玉ねぎ、二種類のお肉とレタスにチーズ、どれも最高の食材を選んで、朝から仕込み、下ごしらえにも手間をかけ、彼のためだけに丹精込めて作ったのだから。 

 祐介に私の作った料理を食べてもらうのは、今日が最後。

 夜。外は雨——。

 定休日にふたりきりの店内で、別れのディナー。

 

 私が彼の浮気を知ったのが、二週間前。

 相手は私の親友の梨花だった。

 世間ではよく聞く話だけど、それがまさか自分の身に起きるとは思ってもみなかった。

 まだ浮気をしているだけなら良かったのだけれど、梨花の妊娠が分かったのだ。

 それで祐介は、私より梨花を選んだ。

 確かにこの一年、店のことで忙しすぎて、あまり彼との時間を持てなかった私にも責任はあると思う。

 祐介は、最後に私の作った料理が食べたいと言った。

 それは、男の身勝手な発言に聞こえるかもしれないけれど、私は了解した。

 だって、作った料理を祐介が美味しそうに食べてくれている時が、私の一番幸せな時間なのだから。

 今日のメニューは、全部彼のリクエスト。

 目の前でハンバーグを口に運ぶ彼を見ていると、いつも「おいしい、おいしい」と、嬉しそうに食べてくれた思い出ばかりが浮かぶ。

 それも今日が最後だと思うと、涙が溢れてくる。

 こうして店を出せたのも、祐介がいつも私の料理を褒めてくれたからだという事に、こんな時になってようやく気がついた。

 いくつもの涙がこぼれて、頬を伝い落ちた。

 雨はまだ降り続いている——。

 

「——最高においしかった」

 全部の料理を綺麗に食べ終えた祐介は、そっとナイフとフォークを置いた。

「今まで生きてきて食べた料理の中で、ダントツに一番おいしかったよ——これでもう君の作った料理を食べられないと思うと、やっぱ寂しいな……」

 私は俯いたまま、顔を上げられなかった。

 しばらくの沈黙の後、祐介は席を立つと、私を抱きしめた。

「今日まで本当に楽しかった……ありがとう」

 彼の体温が私を優しく包む。

「……私も、今までありがとう」

 涙声になるのをこらえながら、私はそれだけ言った。

 祐介はゆっくりと私から離れると、出会ってから今までの、私と過ごした時間を振り切るようにドアを開け、雨に霞む風景の中へと出て行った。

 ひとり残された私は、雨音だけを聴きながら泣いた。

 泣いて泣いて、涙のストックがなくなってしまった頃、心を引きずるように厨房に戻った。

 

 

 そうして私は——梨花だったものの残りも、ミンチ機にかけた。

 

 

 

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

別れのディナー 成阿 悟 @Naria_Satoru

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画

同じコレクションの次の小説